第101話 友達
昔は憧れていた王宮も今のわたくしにとっては苦痛でしかない。闇の魔力から開放された後、わたくしは王宮でお父様と一緒に取り調べられた。どのようにして、指輪を使う経緯に至ったのかなどわたくしの内面を削るような時間であった。自分の気持ちを暴かれるのが恥ずかしくて、俯いたまま前を向くことができなかった。
そして王宮魔術師であるジョエル様の診察を受け問題がないと判断されたわたくしは王宮を散策してお父様を待っている。
薔薇宮に差し掛かると沢山の種類の薔薇が咲いており、今までのわたくしのなら喜んで愛でただろうが、踵を返し背をむける。
わたくしは薔薇が好きだった。だから赤いドレスを好み、大輪の薔薇のようだと称されることに誇りを持っていた。けれど全て過去のこと、今回のような事件をおこしたわたくしには、貴族令嬢としての未来はないだろう。
わたくしは早足で薔薇宮から遠ざかると人気のない場所を目指す。外廊に沿って歩んでいくと小さな白い花のアルアリア・ローズが咲いているのが目に入った。
風をうけアルアリア・ローズはその花を揺らしており、花から香る爽やかな匂いに思わず足を止めた。
わたくしは静かに目を閉じると深呼吸をした。
神聖力があると言われているのがわかる、こうしていると気持ちも落ち着いて癒やされていくようだ。
「あれ?君はウォルシュ孃だね。こんな所でどうしたの」
振り返ると帯剣しているクリストファー殿下が立っていた。殿下の歩んできた方角には王太子殿下の近衛騎士達が剣の訓練をしているのが見える。
「あっ、殿下。王太子殿下に――」
「畏まった挨拶はいいよ、正式な場所でもないしね」
「は、はい。わたくしは……その……」
わたくしは狼狽えた、クリストファー殿下がどこまで指輪の件を知っているのだろうか、またわたくしの愚かな行いをどのように思っているのだろうか。
それに今のわたくしは王宮に登城する姿ではない。家からそのままやって来たため、髪も巻いておらず簡易なワンピース姿だ。
「申し訳ありません、このような姿で……」
「いつもの令嬢らしくはないけれど、別におかしくないよ。自然な感じでいいんじゃないかな?」
「あ、はい。ありがとうごさいます」
するべき話しもなく、わたくしは会話を続けることが出来ない。視線が定まらず、ソワソワしていると、ふと殿下が笑い声をあげた。
「ごめん、笑ったりして。いつもの感じと違うから、いつもならもっと隙がないと言うのか、まず会話が途切れたり下をむいたりしないよね?」
「………」
それは今までのわたくしは自信があったから。
マナーだって有名な先生に教えを請い合格点をもらった。
学園の成績だって上位で、流行にも遅れないように情報を仕入れていた。
その努力の全てが自分の浅はかな行動により、無駄となった。
泣くつもりなんてなかったのに、わたくしの頬には涙が伝っていた。
「えっ、ごめんね。傷つけてしまったかな?」
慌てふためく殿下に涙を拭いながら、首を横に振る。
わたくしは今回わたくしが侵した過ちを辿々しく殿下に話した。真剣な顔で話しを聞いて下さった殿下は話しを聞き終えると、腕を組みしばらくの間考え込んでいた。
「私もね、過ちを犯したんだ……」
「えっ?」
「ある人をね、凄く傷つけた。取り返しがつかないほどの事をしたんだ。だけど、その人は覚えていないから、いつも笑顔で接してくれるんだ、それが初めは凄く辛かった、罪悪感に押し潰されそうだった」
「………」
「だけど気付いたんだ。もちろん自分のしたことを忘れてはいけない、だけど一番大事なのは同じ過ちを繰り返さないことだってね」
「同じ過ちは繰り返さない……」
「だからね、ウォルシュ孃も今回の事を教訓として前に進まなきゃ駄目だよ」
「……はい」
優しい殿下はそう言ってくださるが、どのような罰が与えられるかわからない。学園も辞めることになるだろう……思わずまた下を向いてしまう。
「君が思うほど重い罪にはならないと思うよ?」
「えっ?」
「確かに建物とかの被害はあったけど、被害者がいたわけじゃないでしょう?」
被害者?誰かに助けられた気もするが思い出せない。
ジョエル様の診察を受けた後から、指輪の闇に囚われてからの記憶が曖昧だ。
思い出そうとしても思い出せない。
「そうだ、私達、友達になろうよ」
殿下の急な提案にわたくしは驚いた。
殿下は笑顔で頷きながらいい案だと言っている。
「そうしよう、駄目かな?」
「いえ、駄目ではありませんが……」
「では、はい。手を出して?」
殿下は手を差し出すと握手を求める。
わたくしはおそるおそると、手を前に伸ばすと殿下の手を握り握手する。
「これで私と君は友達だ。だから君が社交する際には私の名を出してもいいよ、友達だとね」
「えっ?」
「そうすれば、君の事を軽んじる人はいないだろう?それから渾名でクリスと呼んでもかまわないよ」
「そんな!」
「君の事もクラウディア孃と呼ぶよ。それならお互い様だろう」
殿下の手が温かくて、殿下の笑顔が眩しくて、殿下の優しさが嬉しくて、わたくしは胸が一杯になった。
「よろしいのですか?」
「ああ、かまわない」
「では、クリス様……」
「うん」
まだまだ問題は山積みだけれど、こうしてわたくしはクリス様のおかげで心が軽くなった。
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