第100話 また会う日まで
ここが、ウォルシュ候爵邸なのねと馬車から降りた私は邸宅を見上げる。陛下より闇の魔力に囚われた令嬢の浄化を依頼されたとお父様から聞き、私はウォルシュ候爵家にやって来ました。落ち着いた色合いの歴史を感じさせるウォルシュ候爵邸は名門と呼ばれるのに相応しい屋敷である。
屋敷の中から候爵と思われる男性と使用人が走ってくる。男性は令嬢とよく似ておりブロンドに青い瞳でお父様よりも少し年上に見える。
「お、お待ちしておりました。アイリーネ様、それからジョエル様」
「出迎えありがとうごさいます、さっそく案内していただいてよろしいですか?」
「は、はい」
ジョエル様に対応してもらい、後に続く。正確には私とジョエル様の他にはシリルとイザーク様もいるのだけど、候爵は動揺しているようで気づいていないようだ。候爵に案内され2階にある令嬢の部屋に着くと扉をノックする。
「誰?誰も入ってきては、ダメよ!」
「クラウディアもう大丈夫だよ。アイリーネ様が来てくださった。だから扉を開けなさい」
「………」
「クラウディア?クラウディア!」
候爵の呼びかけにも扉は開けられることなく、中にいる令嬢の反応もない。ジョエル様は闇の気配は確かに感じるということで、扉を壊してでも開けた方がいいのでは?などと会話をしていると、大きな物音が聞こえた。
ガラスが割れたような音に続き、令嬢の叫び声が聞こえた。
「待って!ティエル!どこに行くの?いってはダメ!」
令嬢は一人でいるのではなかったのだろうかと不思議に思っていると、シリルが呟いた。
「――ティエルだって!?」
顔色を変えたシリルは扉の取っ手を回すも、やはり鍵がかかっており扉は開かない。それならばとイザーク様が扉の取っ手を剣で壊すとようやく扉が開いた。
部屋の中は荒れ果てており、割れた窓を見つめながら呆然と立ち尽くしている令嬢、クラウディアがいた。
クラウディアは陛下から聞いていた闇を払うような状態ではなく、もしかしたら情報が間違っていたのかもと思うほどだ。しかし、王室の情報が間違っていることなどあるのだろうかとジョエル様を見ると何やら考えているようだ。
「ウォルシュ孃、先程ティエルと言いましたか?もしかして、僕とよく似た外見をしていませんでしたか?」
「……は、はい。そうです!よく似ておられます。お願いです、あの方を助けて下さい」
シリルに勢いよく声をかけられ驚いていた令嬢は、悲痛な表情でシリルに懇願した。
「ティエル様が私に纏わりついていた闇を自分に集めて――」
「闇を集める?危険な行為ですね、そんな事をすればその者も無事ではないでしょうね」
「そんな……」
「このまま放っておく訳にもいきませんし、追いかけましょう」
ジョエルの言葉にクラウディアは蒼白な顔でその場に座り込んでしまう。
追いかけようと判断した私達は、闇の魔力の気配を追って候爵邸から移動する。ジョエル様によると街外れの王家の森付近からとても強い闇の魔力を感じるそうで、馬車に乗り王家の森を目指した。
防御魔法がかけられている王家の森は闇の魔力が強いティエルは森の中には入れず仕方なく手間でうずくまる。
なんとか自我を保ってはいるが、時間の問題だ。
愛し子達が屋敷にやってきた為、思わず逃げてしまった、どこにも逃げ場などないというのに。
懐かしい気配を感じた、シルフィン……君もあの場にいたのだろう、もう一度会いたい。その一方でこんな姿を見られたくない、そう思う自分がいる。
僕が妖精王の側を離れるまで僕達はいつも一緒だった、あの時はこんな最後を迎えるなんて想像もつかなかった。
ティエルはそっと目を伏せて、過去を振り返った。
――帰りたい、あの場所へ
馬車を降りしばらく歩くと王家の森が見えてくる。
ジョエルを先頭とし、闇の魔力の痕跡を頼りに周辺を捜索するとうずくまる黒い物体があった。
「ティエル?ティエルなの?」
「シ……」
フラフラと吸い寄せられられるように、シリルは前に出るとティエルに話しかける。
もう言葉を口にするのも限界なのかティエルは会話も成り立たない。それでも、その瞳はシリルを捉えて離さない。
「どうして……こんな事……こんなに闇が濃いと浄化も出来ないじゃないか」
「……」
ティエルは目を閉じ、魔獣の様に討伐される最後の刻を待った。意識も朦朧として呼吸も苦しい、この苦しみもすぐに終わるはずだと最後の刻を待った。
「僕には出来ない……出来ないよ……」
シリルは涙を溜めてティエルと過ごした遠い過去を思い出すと、手をかざし浄化を試みる。
もう既に手遅れだとわたっているが、悪足掻きだとしても試さずにはいられなかった。
光がティエルの体を包んでもすぐに闇に呑まれた、神聖力の多いシリルでもどうすることも出来ない。
イザークは音をたてずに剣に手を触れると、いつでも抜刀できる体制をとる。イザークにはティエルがシリルが話していた闇の妖精になってしまった対の存在だとすぐにわかった。そして、もう助けることも出来ないということも。だから誰も手を下せないなら自分がやるしかない、そう思い剣に触れる。
シリルの浄化は効果なく急激にティエルに纏わりつく闇が炎の様に大きくなる。ティエルは苦しみ悶え、見ているシリルも顔を背けたくなるほどだ。もうこれ以上は無理だとイザークは抜刀した。
「待って下さい!」
アイリーネはそう叫ぶと一歩前に出る。
これが何なのかはわからないけど、胸の奥が熱くなり力が体中に満ちるようだ。今ならなんだって出来る、そんな風に思える程、力がみなぎってきた。
アイリーネは無心で駆け出した。ティエルの方へ駆け出すアイリーネは体全体が光に包まれて、眩しくて直視出来ない。
そのままティエルに抱きついたアイリーネは祈った。
これは私だけの力じゃない、イルバンディ様?あなたですか?あなたもこの人を助けたい、そうなのですか?
闇に包まれたティエルはアイリーネの光によって苦しみ暴れる、どれだけ暴れようとアイリーネは離すつもりはない。もっと力を、沢山の光をと祈ると光は大きく、強くなっていく。
「――う、うわ―――っ!!」
最後にティエルの叫び声が聞こえるとティエルの体から闇が失くなっていた。闇が消えた体は髪の色も瞳の色もシリルと同じ色に変わっていく。
「ア、アイリーネどうやって?こんな事って!」
安心したのもつかの間、今度はティエルの体は淡い光の粒子を纏っていく。光の粒子は体中を包むとティエルの体は半透明となっていく。
「そんな!」
失敗したというの、絶対に助けられるそう思ったのに。結局、間に合わなかったというの……
アイリーネの目から涙が溢れ落ちる。
「ごめんなさい、助けてあげられなかった」
「いや、ありがとう。ちゃんと助けてもらったよ」
「でも!」
ティエルは首を左右に振ると微笑んだ。
「僕は闇から開放された。だから、帰るんだよ。帰りたかったあの場所へ」
――イルバンディ様のいる、あの場所へ
光の粒子は大きく最後に輝くとティエルの半透明の体はゆっくりと薄くなっていく。
「ティエル!ごめん、君の気持ちわかってあげられなくて。だけど今ならわかる、君がどれだけ人間を好きだったか」
これが最後のチャンスだとシリルはティエルに自分の思いをぶつけた。昔ティエルのとった行動が理解できなかった、シルフィンはもういない。人として生きてきたシリルなら分かる、理解できるのだと。
ティエルはシリルを見つめると目を細めた。
「シルフィン……君が帰ってくるのを待ってるから」
最後にそう言い残したティエルは完全に消えていった。シリルはアイリーネにお礼を言うと興奮して抱きついていく。
「ありがとうアイリーネ!凄いよ、君の力は本当に凄い」
「いえ、私一人の力ではないと思います」
「どういうこと?」
「多分ですけどイルバンディ様が力を貸してくれた気がします」
「イルバンディ様が?」
「はい、持っている力以上出し切ったそんな感じです」
「そっか……でもやっぱりアイリーネは凄いありがとう」
シリルに褒められるとくすぐったくて、はにかんだ。
その後、調査があるのでと一旦王宮にむかうことになるが、力を使いすぎたのか歩くことが出来ずに、イザーク様に抱えられて恥ずかしい思いをしてしまった。
読んでいただきありがとうごさいます
100話目となりました。




