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第六話 VS能力者

「おらよぉ!」


 胴を狙ったストレート、体を横にずらして回避する。すかさず中段蹴りが飛んでくる。俺はバックステップで後ろに退く。

 体勢が崩れそうになるのを両足で踏ん張ってこらえる。

 男が足を踏み込み距離を縮める。合わせて俺は後ろに退く。体を揺らしながら相手の出方を待つ。

 男はストレートを選択。膝を使って上半身を屈める。間一髪で何とか避ける。

 男はパンチの反動で動きが鈍くなる。腹ががら空きだ。

 俺は拳を構えて反撃の姿勢を見せる。

 しかし、男は動かない。動く気がない。俺はいったん距離をとって、男から離れた。


「どうした、打ち込んでこねえのか? 絶好のチャンスだったじゃねぇか」


 避けてばかりじゃ倒せはしない。攻撃をしなければ勝つことはできない。

 パンチを打とうとするタイミングは悪くなかった。相手のどてっぱらに一発ぶち込めただろう。

 それでも、殴れない理由がある。


「お前の異能力、体を鋼鉄化するといったところだろう。なら、闇雲にやっても意味がないからな」

「ほおー、この喧嘩の中、いっちょ前に考察とはな。ご名答だ。んまあ、知られたところでこの鋼鉄の体には勝てねえだろうがよ」


 単純な超パワーかどっちかで悩んでいたが、どうやら正解みたいだな。俺の攻撃を避けようともしなかったところから推測したのだ。

 ま、どちらにしろこちらが殴ることはない。時間さえ稼げればそれでいいからな。ったく当たったら致命傷どころじゃないなありゃ。

 

 男は屈強な体つきをしており、全てが大振りではあるが、スピードだけはある。紙一重で避けると風圧で持っていかれそうになるほどだ。

 恵まれた体格と鍛えられた筋肉が鋼鉄となって襲い掛かってくる。一発でも当たれば、先ほど殺された人たちと同じ運命をたどるだろう。

 それにしたって、この一方的な戦い、命のやりとりを喧嘩呼ばわりか。何を楽しんでいるのやら。


「おいおい、かかってこねぇのかよ。結局口だけかこいつは。俺をもっと楽しませてくれよ!」

「は? 何を言っているんだ? 異能力を使ってもさっきから一撃も加えられないお前のどこが強いんだよ。おいおいはこっちのセリフだ。強い証拠を見せてくれんじゃなかったのか?」

「んだとこらぁ!」


 またストレート。早くはあるが、コンパクトではない。拳が放たれる前にどこを狙うのかが分かる。俺はすんでのところで体を横にずらし拳を交わした。

 男は自分の勢いのついたパンチを制御しきれていない。追撃が緩いのは助かるな。

 こいつ、細かい攻撃とかが嫌なのか、一発で思い切りぶん殴って気持ちよくなりたいんだろうな。喜びを最優先にしているのがひしひしと伝わってくる。

 けど、順調だ。挑発して相手が感情的になればなるほどすべての攻撃がより分かりやすくなる。これを後少しほど続ければ、後は逃げるだけだ。

 

 このショッピングモールから警察署は近い。烈花でなくても誰かが警察に電話しているのなら、こいつから逃げてショッピングモールを出るころには警察が到着しているだろう。

 気を付けないといけないのは後ろに回避できるスペースを用意すること、そして逃げるタイミングで俺の後ろが出口方向であることだ。バックステップとサイドステップ、相手との間合いを徹底的に管理すれば、いける。


「くそ野郎が! 大人しく殴られやがれ!」

「もっと強いパンチを打ってくれればな!」


 再度の挑発。男は思い切り腕をぶん回す。俺はまたも後ろに退き回避する。男が殴りたそうなぎりぎりの位置で挑発し、殴ってくれば後ろに避ける。

 ストレートのタイミングで体の位置を入れ替えて、壁際に詰められないようにする。勝つことはできないが、負けることもないだろう。

 この状態がどれほど続いただろうか、男は怒りでかなり興奮しているみたいだ。意地になっているのか攻めが単調になっている。あともう少しだな。


「おい、お前。どうやって能力者になったんだ。異能力は三年前を機に全て失われたはずだろう」

「そんなもん俺も知らねぇよ。気づいたら、使えてたんだ。体がうずいてしょうがなかったぜ。あー、この時代が戻ってきたんだってな」


 気づいたら使えていたか。五年前に初めて能力者が現れたときも同じような感じだったな。何かが原因かは推し量れない。この場でいきなり、都合よく使えなくなるってのは考えない方がよさそうだな。


「んなことよりよぉ、てめぇは異能力を持ってねぇのか? 持ってねぇんじゃあ、この勝負、どうにもなりゃしねぇだろうよ。どんな異能力でもいいぜ。俺を楽しませてくれるならさぁ」

「さあ、どうだろうか。俺はお前と違ってそう簡単に手の内を明かすタイプではないのでね。お前の方は手札晒しすぎて、底が見えたんじゃないのか?」

「言ってくれるじゃねぇか。俺を楽しませてくれなら、俺は何でもいい、ぜ!」


 話の途中で殴ってくる男、今度は下段蹴りのようだ。何をされようが基本はバックステップ、後ろに余裕があれば永遠に続けられる。大事なのは男から避けやすい攻撃を誘うこと。

 男との距離を一定に保つ。追撃のストレート。これはサイドステップで回避し、男との位置関係を変える。

 そして今の俺の背後は出口方向。これなら行ける。俺は仕掛ける。

 先ほどまでとは違い、ぎりぎりの間合いの一歩先に踏み込む。


「やっとやる気になったか! なあ!」


 男が両拳を振り上げる。ここだ。男の間合いに入った俺は身を翻し、男を背にして走り出す。

 力任せな男の攻撃はそう簡単に止めることができない。このまま空振りに終わる。

 時間稼ぎはここまでだ。烈花や明良も十分に逃げているはず。警察もそろそろ到着する頃合い、後は全力で出口まで逃げるだけでいい。

 俺は逃走経路の最短距離を導き出し、男との距離が離れるのを感じながら、勝ちを密かに確信す、

 瞬間、すさまじい衝撃と何かが衝突したような重たい音がした。なんだ何をした?


「なっ!!!」


 地面が揺れて衝撃が足に伝わる。俺は軸足に力を入れ、辛うじでバランスが崩れるのを防ぐ。いけない。何をしたかなんて気にするべきではない。

 逃げ切れば勝ちなんだ。俺が軸足とは反対の足で地面を捉え、次の一歩を踏み出そうとした時だった。

 一瞬何が起きたのか分からなかった。

 だが、すぐに気づいた。ショッピングモールの床の破片が俺の右足に衝突していた。


「いっ、ぐああああああっ!!!」


 悲鳴を合図に大小様々な破片が次々と体に飛んでくる。


「っつ、あぁぁ……!」


 俺は声にもならない声を上げながら再度踏ん張ろうとする。

 しかし、右足が思うように動かない。先ほどの衝突で筋を痛めたのか、思うように力が伝わらない。

 この足じゃ、いずれ追いつかれる。男から逃げ切るというプランは完全に破綻した。


「っくっそ野郎がああ……!」


 周りを見てみる。下の階に落ちないように、ストリート沿いに設置された落下防止のガラスはとこどころ砕けており、当の男はしゃがんだ姿勢で地面に拳を打ち付けていた。

 男が拳を打ち付けた地面は粉々になって、隕石でも衝突したような地形に変貌していた。

 

 やられた!

 俺が狙っていたようにあいつもまた狙っていた!

 俺が逃げようとするその瞬間を!

 

 どうやら振り上げた拳は俺に当てるためではなく、地面を砕くために使われたようだ。その破片は鋼鉄の体なら防げるため、相手だけがダメージを受ける。

 中々クレバー、いや冷静だったということか。誘われていた。逃げることだけを考えた俺、倒すことだけを考えた男、敗因は勝ち筋を限定しすぎたことか!

 俺は次の足を前に出せず、片膝をつく。


「残念だったなあ! 俺がそうやすやすと逃がすわけがないだろうが! でも良かったぜ。骨のあるやつだ。お前が能力者だったらもっといい勝負ができたかもなあ」


 このままじゃやられる。かといってもう逃げられない。なら、倒すしかない、あいつを! 

 逃げることを優先しただけで、倒す方法は頭の中にある!


 俺は床の破片を男へばれないように拾ってから左足を前に出す。

 さらに、痛みをこらえながら右足を踏み出すことはせず、左足を軸に急旋回、何とか右足を出し、逆に男との距離を詰める。

 敗因といったが、それはあくまで俺が逃げ切るという勝負の上での話だ!

 俺の予想が正しければ、鋼鉄化するのは体の表面、皮膚。それなら!


 男との距離は一メートル、男のパンチが放たれる。詰めてくることが予想外だったのか、今までのキレはない。

 俺は体をひねってかわし、男の眼球目掛けて床の破片を突き刺そうとする。男の弱点、それは眼球。

 そこまでは硬くできねぇだろうがよぉ!

 眼球まで数センチ、これなら回避はない!


(えっ……)


 しかし、俺の攻撃はわずかに下にずれ、男のほほをかすめていた。男は流石に分かっていたのだ。自分の弱点を。

 男は当たる直前で瞼を閉じ、顔を上方向に少しだけ向けた。よって俺の攻撃は下にずれ、ほほをかすめることになった。あの状況でできうる中での完璧な回答だ。

 俺は攻撃の勢いを殺せずにその場に転ぶ。見上げると男が拳を振り上げていた。


「良い狙いだなあ。だが、俺も自分のよえーところぐらいは把握してるさ。クソむかつくやつだったが、最後はいい勝負が出来て良かったぜ。最後に言い残すことはあるか?」


 男は獲物を前に舌なめずりをした。俺は歯を食いしばって睨むことしか、この運命を呪うことしかできずにいた。


「何にもねぇのか……、それもそれでいいか。ってことで、じゃあもう、……終わりだな」


 そうして、男は拳を振り下ろし始めた。


 俺は瞬間思う。

 なぜ、今日この場所に来たのか。

 あいつらは無事に逃げ切れただろうか。

 どうして再び能力者が現れたのか。

 

 そんな疑問を打ち砕くかのように、暴力の権化とも呼べる異能力が俺目掛けて振り下ろされた。

 だけど、俺は死ぬ間際に見たのだ。男のほほから血が流れているのを。

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