第四話 違和感と選択
「それではHRを終わりにする。今週の学校は今日で終わりだ。良い休日を過ごしてくれ!」
先生の言葉を合図に多くの人が動き出す。一目散に教室を出る者、友達と話し合うもの。部活の準備をするもの、一気に教室が慌ただしくなる。
みんながみんな自分のやりたいことのために動き出す。金曜日というのもあるが、この瞬間、人は一週間の中で一番煌めいてるのではなかろうか。
これが青春ってやつなのかもしれないな……。
「全く元気なことで」
何気なく言葉をこぼすと、
「あなたは逆に元気がなさすぎるんじゃないって、これ昨日も言ったわよね?」
「確かに。デジャブを感じだと思ったんだよ」
意識していたわけではなく自然と口から出た。こんな口癖は無いのだけどな……。
「それより、これが青春ってやつなのかもなしれないなって、雲雀くん、意外と詩的な感性をお持ちのようね。そういうの悪くないと思うわ」
「え!? 聞いてたのっていうより、口に出てたのかよ! てか褒めるなよ恥ずかしい! こういうのはそれとなくスルーしといてくれよ」
「雲雀くんの口から出たということがあまりにも面白かったから、つい触れてしまったわ。恥ずかしがることは無いと思うけど、他の人には言うつもりはないから安心してもらって構わないわよ」
「そりゃどうもありがとう。でも昨日みたいにこのまま会話という風にはいかないけどね。星村はここで待っていてくれ。そろそろ他のクラスのHRも終わるはずだから」
「ああ、なるほどね。了解したわ」
俺は席を立ち、明良のもとに向かう。一緒に真白と烈花を呼びに行くためだ。
ちなみに明良には星村を交えて週末遊びに行く件に関して、すでに同意をもらっている。明良ももちろん快く承諾してくれた。
よって、後は実質的には真白の返答を聞くだけになっている。
「明良! 行けるか?」
「おう、ちょっと待ってな。すぐに終わるから」
どうやら明良は携帯のメッセンジャーアプリで返事をしているようだった。明良は高貴なオーラを放っているといったことがあるが、実際に良いところのお坊ちゃんだ。
九十九日市で西園寺と言えば、知らない人はほぼほぼいないといってても決して大げさな表現ではない。どころか日本中でも知らない人はいないかもしれないくらいだ。
言葉使いが荒く、性格がフランクな奴とはいっても、頭脳明晰、イケメンで運動神経抜群の超人でもある。
そんな明良となぜ親友なのかと言われれば、腐れ縁、意気投合したからとしか言えない。いつのまにやら親友になっていた。
今もこの後の話し合いの時間を作るために色々と手をまわしているのだろう。何かと大変な身の上ではあるからな。
「すまん、待たせたな。んじゃあ行きますか」
「大丈夫なのか? 連日時間をとっちゃってるけど」
「湊に言われなくても、やることはきちんとやってるさ。俺のせいでお前らまで文句を言われんのは嫌だからな」
「そいつはありがたいが、なんかあったら遠慮なく俺のせいにでもしとけよ」
「どうしようもなくなったら、そうさせてもらおうか。親友のせいなんですって。馬鹿言うな。できるかよ、んなこと。そも西園寺家がそれを理由に許してくれるとは思えんな」
「確かにイメージはあるかも。ご苦労様です」
「俺が好きでやってんだ、湊が気にすることじゃないさ。ほら、行くぞ」
立ち上がった明良とともに俺は二人を呼びに出かけるのであった。
「なあ、湊。場所とかって大体決まってんのか?」
「うーん、ショッピングモールかアウトレットモールのどっちかかな。基本的にはウィンドウショッピングでいいと思ってるけど」
みんなで遊ぶのは二回目だし、まずはお互いのことを知ることが大事なはず。
それなら喋りながら楽しめるウィンドウショッピングが良いかなと思ったのだ。
水族館や動物園なんて場所もあるにはあるが、九十九日市からは少し距離が遠いのが難点だ。
しかも星村が生き物好きとは限らない。何が好きかも手探りな状態だしな。
「無難だな、っても俺でもその二択にはなると思うがな」
「だよなぁ、後はみんなの意見次第ってところかな」
高校生が遊べる場所って何気に少ないんだよな。全然周りに何もない地域を除けば、結局遊ぶ場所なんて、都会だろうと田舎だろうと同じになってくると個人的には思っている。
共通の趣味とか持っていれば、また違った選択肢もあるかもな。
とりあえず映画を見るという選択肢を入れるのであれば、ショッピングモールになるな。映画館はショッピングモールにしかないし。
そうやって色々なパターンを考えながら歩いていると、ふいに俺の手が明良に当たった。
「「痛っ!」」
瞬間声が重なる。どうやら静電気が発生したようだ。
と同時にぼやけたイメージが流れ込んできた。なんだこれは、イメージが淡すぎて何も分からないぞ。
「痛かったなあー、湊は大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だよ! なんか悪かったね」
俺は一瞬戸惑いながらもすぐに答える。流れ込んできたイメージはぼやけていて良く分からない。
何かは気になったが、良く分からないし深く考える必要もないだろう。
「全く、怪我無くてよかったよ。かの西園寺家のお坊ちゃまに傷をつけたとなったら、どう責任を取ったらいいか」
「そのときは、お前が責任を取ってくれればいいだろう、湊?」
馬鹿野郎、冗談でも身の毛がよだつぞと言おうとしたのだが、その前に
「なに学校の廊下でいちゃいちゃしているのよ」
振り向くと虚ろな目で烈花がこちらを見ていた。これはまずい予感がする。
「んな訳ねえだろぉ! どう考えたらいちゃいちゃしているように見えんだよ!」
「だって、お互いの手が触れて、相手を気遣う感じの後に責任をとるとかどうとかって話してたじゃない!」
言われてみればそう見えないこともないかと感心した。視点によって見え方が違うとはこういうことなのだろうな。
「なに感心してんだよ! お前も否定しろ!」
「烈花、落ち着いて聞いてくれ。さっきのは静電気が発生しただけだ。烈花が考えてるようなことは何もないからな」
「本当に? 責任をとるっていうのはどういうことよ?」
「どっちもちょっとしたジョークのつもりだったんだよ。それより烈花はどうしてここに?」
「週末の件があるかもしれないから千代のところに行こうとしてたんだけど?」
なるほど、俺たちはみんなで集まるとき、たいてい真白のところに行ってから烈花の教室に行く。用事があると分かっていれば、真白の教室に行くのは至極当然のことだ。
「それより本当にそれだけだったの?」
訝しそうに烈花がこちらを見てくる。何をそんなに気にしているのやら。
「本当の本当。さっき話した通りだよ」
「そう、分かったわ。ただちゃんと事情があるなら私にも説明してよね……」
説明とはどういうことだと思いながら、俺はしっかりと頷いておいた。頷いたのはいいものも、やばい、本当に何のことかわからんぞ。
「湊、お前はもうちっと頭を鍛えたほうがいい。こればっかりは俺にもどうにもできん。くっ、数ある長所の代償がこれと思えば仕方がないか」
「どういうことだよ。ちっとも意味が分からんぞ」
不思議に思いながら俺は首を傾げた。とりあえず、真白のところに行かないと。
なんか反省している烈花、呆れている様子の明良、頭を鍛えるために脳を稼働させる俺の三人は再び真白の教室に向かっていった。
紆余曲折有りながらも真白の教室にたどり着いた。俺は教室を覗く。そこには数人の友達と思わしき女子と会話をしている真白の姿があった。
いつも俺が真白の教室に行くことは少ないから驚いた。
けど良かった、教室でもみんなと仲良くできているんだな。真白もあれから成長している。
この光景は当たり前じゃない。真白が一生懸命頑張った証拠だろう。
俺が真白を呼び出そうとすると、一人の女子と目が合った。
すると途端に騒がしくなる。ひそひそと会話をしながら何やら盛り上がっているようだ。
と思ったら真白が照れくさそうにしながらそそくさとこちらにやってきた。
「ひ、雲雀先輩! 何か用ですか!?」
「いつもと同じような話なんだけど、今は都合が悪かったかな?」
どことなく勢いのある呼びかけだったので何かやらかしてしまったのかと聞いてみたのだが、
「いえ、全然大丈夫です。少し待っててください」
いたって普通の返答だった。それにしてもどこか引っかかるな。俺は背後の二人に向き直って問う。
「女子たちもなんだか騒いでいるみたいだし、俺はなにかやっちゃたのかな?」
「湊、お前は全力で頭を鍛えたほうがいい。すでに手遅れかもしれないが、この先苦労する人たちのことを思うと親友として心が痛い」
「私と出会ったときには完成していたから確実に手遅れ。どうしてこんな風になっちゃったのやら。自覚がないのはやっぱりいけないことだと思うの私」
「おいおい、どういうことだよ。分かってるならはっきり言ってくれよ」
「雲雀先輩、準備できました」
話を終わらせてくれたのか彼女たちは散り散りになって帰りや部活の準備をしていた。
「悪かったな、談笑しているところを無理に終了させたみたいで」
「問題ないです。どうせ、頃合いでしたから」
そうかと頷き合流する。そして、俺たちの教室に戻りながら、週末の遊びについて真白に説明した。
「私は構いませんよ。他のみなさんが問題なければですけれど」
「分かった。もうみんなから同意は得ているからこれで決定だな」
後は日時と場所を決めるだけだ。良い感じに話が纏まればいいんだけどな。
ふと教室に戻る前に先の話を思い出した。
「なあ真白、さっき女子たちが騒がしかっただろう。俺、何かまずいことしちゃったかな」
再度脳をフル稼働させても分からなかったので、直接本人に聞いてみることにした。
あれ、真白がわなわなと震えているぞ。
「あ、あれは、その……」
「その?」
「だ、だから……」
「だから?」
「せ、先輩がだらしなさそうって、話題になっただけです!」
「なっ、何だと……!」
だらしなそうだって!?
これでも身だしなみには気を付けているぞ!
でも指摘されるということは、そういうことなのだ。これからはもっと気をつけないと。
うっ、思ったよりダメ―ジが。後輩に言われるとさらに言葉が重くのしかかるな。
「おーい、湊ぉー、戻ってこーい。千代ちゃん見てみろよ。湊、自分の世界に入っちまったじゃねえか」
「だってだって、雲雀先輩が意地悪なんですもん」
「これは本当に一度話あう必要があるかもね。被害が拡大する前に」
「こっちに戻ってきて早々何があったのよ、あなたたち」
教室に戻ってきた俺たちに、気づいた星村が駆け寄ってきた。ナイスタイミングだ。日が浅い星村の方が、むしろはっきりと教えてくれるんじゃないか?
「なあ、聞いてくれ星村。俺ってそんなにだらしなさそうに見えるのか?」
「いきなりどうしたのよ。なんのことかしら?」
「さっき真白の友達に噂されていたみたいなんだ。俺って締まりがないように見える?」
怪訝そうに俺を見つめる星村。その後、みんなと目くばせした後、
「それよりも、みんな私を含めての外出で大丈夫なのかしら?」
無視された。思いっ切り無視された。日が浅い分だけ逆にじわじわと効いてくるわ。
やめよう、これ以上はより傷つくだけだ。その上しつこかったらさらにうざがられてしまう。
「うん、大丈夫だよ。これから、みんなで日時と場所を決めていく」
満面の笑みで俺は答えた。あまりの切り替えにか、みんながびっくりした表情をしているが、気にせず話を進めていく。
「最初に日時を決めるか。特に何もなければ明日にしようと思っている」
呆気に取られていたみんなもすぐに正気に戻ったみたいだ。これにはみんな異論がないみたいで、日時は土曜日の十時半集合ということになった。
ショッピングモールもアウトレットも開店時間は十時。開店時間から三十分後に集合は結構早いと思われがちだが、一部の女性の買い物の長さをなめてはいけない。俺と明良は身にしみて感じている。
しかし、それはオシャレ、自分磨きのために頑張っているということでもある。何時間でも付き合うのが紳士というものだ。
「でもって、場所は大体絞ったんだけど、ショッピングモールかアウトレットモールのどちらかにしようと思ってる」
「まあ、そうなりますよね」
「水族館や動物園っていう手はないの? 集合時間をずらせばワンちゃんありじゃない?」
「雲雀くんの言ってた二つのうちのどちらかでいいんじゃないかしら? 移動時間が長いと、現地でゆっくりできる時間も少ないと思うわ。私、まだみんなのこと何も知らないもの」
「だな。まずは話しあえる時間が多いほうがいいんじゃないか。何かあったら、カフェとかで休憩すればいいしな。水族館や動物園だと人が多すぎて休憩どころじゃないかもしれないぜ」
「OK、選択肢はこの二つのどちらかにしよう。とりあえず、どちらかで多数決をとるのが手っ取り早いと思うからみんな、どっちが良いか決めてくれ」
意外や意外、いうが否や、いの一番に手を挙げたのは烈花だった。
「私はアウトレット一択。ちょうど見たい服があるから」
さっきは水族館や動物園を提案していたが、見たい服があったんだな。ちょうどウィンドウショッピングだし、ついでに誰かの目的がある方が良いか。
「他はどうだ?」
「見たい服で思い出したが、俺は見たい映画があるわ。だからショッピングモールだな」
次に意見を出したのは明良だった。映画は時間を指定されるため少し動きを制限されるが、悪くない選択だろう。
映画を見ることで話す時間が少なくなっても、それをきっかけに話題が盛り上がるのはいいことだ。
それでも映画の好みは人それぞれだ。馴染みがないものはとことん興味がない人も多い。
どうしようかなと悩んでいると、
「私は正直どっちでもいいです。特に見たいものもないので」
「真白さんに同意見ね」
真白と星村は特に目的があるわけではなく、決まったほうで大丈夫というスタンスだった。
となると、俺の意見が決め手になるが……。
「明良、ちなみに映画ってどれのことだ?」
「えーっと、あれだよ。アクションシーンが激しくて面白いやつ」
「あー、あれか。う~ん」
アクションシーンが激しくて面白い奴と言えば、今上映している中だとあれだろうな。
明良が見たがっているのは最近流行っているアクションシーンが激しく、爽快さとある種のカッコよさを重視したインド映画のことだ。
女性よりも男性に好まれそうな映画ではあるが、このメンバーだと割かし見に行くことはあるんだよなあ。
「星村はアクション系の映画とか見る?」
「結構何でも見るわよ。どの映画のことを指しているのかも分かっているし、私は構わないわよ」
「これだけでどの映画か分かるのか。映画とか結構見る感じ?」
「いいえ、とりわけ好きというわけでもないわ。ちょっと興味があるくらいで全てを把握してはいないもの。でもその作品が今人気っていうのは聞いたことがあったの」
烈花も真白もこの手の映画はどっちかというと好みの方だろうと思う。
だったら、俺の意見は、
「ちょっと待って! 明日みんなと一緒に服見てもらって感想が欲しいんだけど、駄目かな?」
ここで烈花が食い気味に待ったをかけた。どうやらアウトレットの方に行きたいらしい。
烈花はたまにこうして一緒に自分の買い物に付き合わすことがあるのでおかしいことはないのだが、どうしてか何かが引っ掛かった。
映画は来週にでもずらせれるとかそんな単純なことではない。根本的にもっと違う問題だ。
映画、ショッピングモール、アウトレット、この選択がとても重要なことであるかのように感じる。
「湊、お前はどうするよ?」
意味も分からず悩んでいる中、そう聞かれた俺は、なぜだか分からない。自分でもおかしいと思う言葉を口から発した。
「ごめん、みんな。俺土曜日は用事があったから無理だわ」