第四十六話 本音で語れ (side明良)
今日の俺たちの役目は待機。昨日までの調査で俺たちにできることはほぼ終わったからだ。
異能力対策局や警察だけでなく、父さんとも会話を試みたが、今回の事件については何も知らないみたいでこれといった情報を得ることはできなかった。
この頃には千尋さんのとの接し方も大分心得ていて、友人といっていいほどの中を築けていた。
「湊や星村、霧生さんには悪いが、こっちはかなり楽になったな。この時間をもっと有効に使いたいところなんだが」
「頭脳労働は休むことも大事。ちょっとしたひらめきが大切になることもある。今は素直にスイーツでも食べておけばいい」
「そうと決まれば何にしようかな。おっ! アフォガードなんてあるんですね! マスター、アフォガードを一つ」
「……俺の正体がばれたから言うが、絶賛研究中の商品だ。忌憚のない意見を頼む」
「あ、そうなんですね。それじゃあ私も一つお願いします」
「マスター! 私も一つお願い!」
「……あいよ」
新作のスイーツだけあって皆がこぞって頼みだす。俺もここに通うようになってからは他の場所でスイーツを食べることは減った。まあ、朧珈琲の創設者が作ったコーヒーやスイーツに虜になっているというのが本音である。
その正体に気付く前からずっとはまっていたので、流石は士門さんだなと感心している。その士門さんに教えを乞うた霧生さんのコーヒーやスイーツも食べてみたいんだけどな。
……そういえばあのときか。湊の未来予知が視えるようになったのは。
「なあ千尋さん。湊の未来予知って少し違和感を感じませんか? 自分の命の危険が迫った時が発動条件って、あんな突然未来予知のイメージが流れ込んでくるものなのか?」
「私も不思議。どっちかというともっと別の発動条件があると思っている。湊は何か隠している。私たちが知らない発動条件を」
「確か、最初に未来が視えたときって、明良と静電気が発生したときよね。で、今回が転んだ時だとすると、何か衝撃が加わったときに未来予知ができるんじゃないの?」
「それは可能性としてありえますが、だとしても雲雀先輩に未来予知をさせるために衝撃を与えるようなことをするのは嫌ですよ」
俺も千代ちゃんの意見に賛成だ。いくら湊の未来予知が大事だからって、本人に痛みを与えてまでやることではない。そんなもの俺たちは誰一人として望んでいないだろう。
「千代は甘い。湊の未来予知は強大。湊に衝撃を与えてみる価値は十分にある」
「なっ! そんなことさせませんよ! いくら未来予知が大事だからって雲雀先輩にそんなことしてまで得る未来なんて必要ありません!」
「まあまあ、二人とも落ち着いてよ。まだ、湊の発動条件がそうだと決まったわけじゃないんだし。この話は湊を交えてからにしましょうよ、ね?」
前のめりになっていた千代は烈花さんの言葉に大人しくなる、千尋さんもこれ以上は何も言うつもりはないみたいだ。
千尋さん、普段はいい人なんだが、千代ちゃんのことが絡むと途端に攻撃的になるんだよな。今の発言も実際半分以上は本心ではないと思うしな。
「……全員、アフォガートができた。順々に注いでいくから待っていてくれ」
「おおー、待ってましたよマスター」
「スイーツのことになると明良はIQが下がる。それほどまでにスイーツが好物?」
「当たり前よ。好きなものの前ぐらいは馬鹿になってもいいんだよ。俺はスイーツの前では素直な自分でありたいと思っている」
「まあ明良のスイーツ狂いは今に始まったことじゃないから。私は通常運転だと思ってるけどね」
「好きなものの前ぐらい馬鹿になっても、素直になってもいい……」
「ん? どうかしたか千尋さん? そういえば千尋さんは頼んでいないな。スイーツ嫌いなのか?」
「何でもないし、そういうわけでもない。今は気が進まない。それだけ」
千尋さんは手元にあったドリンクに口をつける。しかし、その中身は空っぽであった。
(はあー、この人も好きなものの前ではもっと素直になってほしいものだ)
俺の思いも虚しく、今の空気はぴりついている。主に千代ちゃんが黙り込んでしまっているのが原因だ。
あれだけ詳細が分かる湊の未来予知でも自分に関係していない未来は視えないよな。この状況、なんとかできないものか。
「……小鳥遊、こんな時期に異能戦線でのあれこれをやらせてしまってすまないな。勉強は順調か?」
「はい、バッチリです。私の行きたい大学はずっと模試でA判定を出していますし、勉強のことでは誰にも文句は言わせませんから」
「烈花さんが行きたい大学ってかなり難しいところだろう? 本当尊敬するよ」
「明良に言われても嬉しくないってば。明良なんて、異能戦線のことやりながら、仕事しながら勉強でしょ。どんだけ超人なのよ」
「……二人ほどの能力があれば、俺も朧家に推薦するということもできる。流石に明良は家柄的に難しいがな」
「マスター、私は駄目ですか?」
「駄目なんてことはない。五人とも、ここに入るときに、家族の承諾込みで個人情報の入った用紙を書かせただろう。五人は気づいていないが、一応バイトということで雇っている形になっている。ここでの働きは実績になる上に、もう少しすれば給料も出るぞ」
「え? 本当に!? いいわね。給料が出たらみんなでまた買い物に行きましょう!」
「そうですね! 私もここで頑張っていれば、いずれは異能戦線で本格的に雇ってもらえるということもできるんですかね?」
「それは駄目! 千代は異能戦線にいるべきではないから。ただでさえ、今日までの活躍も価値あるものではなかったというのに、いつまで異能戦線にいるつもり?」
「そ、そんなことありません! 私だってちゃんと頑張ってますよ! どうして認めてくれないんですか?」
「まあまあ、千尋さん。落ち着いてよ。私たちが出した意見だって、千尋がいなかったらたどり着けなかったんだから」
「おいおい、さっきから突っかかりすぎだぜ、千尋さん。少しは認めてやってもいいんじゃないか?」
「……ふん、私が悪かった。もう私は何も言わない。これでいい?」
それから千尋さんはだんまりを決め込んでしまった。カフェの中の空気がさらに悪くなる。いっそのこと、千尋さんが全部をぶちまけるくらいのきっかけがあればいいかもしれないな。
どんな結果を生むかは分からないが、一度本音でぶつかった方がいい気もする。俺と雲雀みたいにそこから改めて始まる関係もあると思うから。
そんな俺の思いとは裏腹に場の空気は改善しないまま、いたずらに時間が過ぎていくのであった。
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カフェ内を支配するのはキーボードをたたく音、勉強の音、ゲームのボタンを押す音など、様々である。基本俺たちは星村がいなかった四人の時でも話題が尽きることはない。
かといって静かな時がないわけでもなく、その静かさも心地よいと思えるほどに仲が良いと思っている。けど、今は千代ちゃんと千尋さんの仲が悪いため、話をするような雰囲気ではなくなってる。
俺はノートパソコンでここでもできる仕事を、烈花さんと千代ちゃんはテストに向けた勉強を、千尋さんは持ち込んだゲーム機で遊んでいる。
一応、俺たちが異能戦線に入ってから約三週間。マスターや霧生さんの気遣いもあって、テレビを見るコーナーやテレビには家庭用ゲーム機が備え付けれられてある。
ここまでくると暇を持て余すことはないが、俺たちは今、各々の作業に集中している。雰囲気が悪いまま三時間くらいが経過していた。
「ふぅー、ちょっと休憩するか。そっちは今も忙しい感じか?」
「いや、ちょうど一息つこうと思ってたところ。というよりそろそろ湊たちも帰ってくるだろうし」
「はぁー、づかれましたー。もう勉強は無理ですー。ここまですれば赤点は回避できます」
「じゃあ湊たちが帰ってくるまでゲームでもするか。リラックスも兼ねてな」
「……悪い三人とも。霧生が今から帰ってくるみたいだ。小鳥遊は帰りの準備をしといたほうがいい」
「分かりました。霧生さんの邪魔になっちゃ悪いし、早めに帰れるように準備をしておきますか」
いくら俺たちの仕事は無いといえど、霧生さんや湊、星村はずっと頑張っている。リラックスするのもいいが、三人の邪魔にはならないようにしたい。俺も帰りの車を準備してもらうために、家の方に電話をかける。
「……全員よく聞いてくれ。明日の集合時間はいつもみんなが学校に行く時間くらいになるかもしれない。詳しい集合時間はまた霧生がグループの方で連絡する。夜更かしせずに、早めに寝るように心掛けておけ」
湊の未来予知を含めた明日の対応は霧生さんや警察に任せている。俺たちが考えるよりもずっと効果的な案を出してくれているはずだ。政府としても、ここは被害を無しに、最小限に抑えたいだろう。
湊の未来予知では警察が正午に突入した時点で犯人はいなかった。作戦を前倒しにした上で、もっと大胆な作戦を取ってくるかもしれない。
「明日、千代はここへ来なくていい。来てもやることはない。それだったら、家で大人しくしてもらう方がマシ」
「何を言ってるんですか、私もここへ来ますよ。私も異能戦線のメンバーとして最後までことを見届ける義務があります」
ムッとした表情で言い返す千代ちゃん。全く、素直じゃないな千尋さんは。危ないから来るなと一言そういえばいいのに。
「私は異能戦線のメンバーだと認めていない。家で大人しく勉強でもしとけばいい」
「……千尋。千代が明日どうするかは異能戦線のリーダーである霧生が指示することだ。千尋が決める必要はない」
「……分かった。それじゃあ、霧生が帰ってきたら、霧生に打診する。ここではもう何も言わない」
いよいよもってカフェ内の雰囲気は最悪となった。ねっとりとまとわりつく重苦しい雰囲気が漂っている。俺が行動するべきかどうか悩んでいるとき、カフェの駐車場に車が帰ってくる音がした。
どうやら霧生さんたちが帰ってきたみたいだ。まいったな。三人には負担をかけたくないのに、雰囲気の悪さが一発で分かってしまう。俺がアクションを起こすべきだったか。扉が開くと同時に湊が顔を見せる。
「烈花、霧生さんが送っていくから車に来てほしいだって」
「え? うーん……。わ、分かったわ。今向かうね」
顔にこそ出さなかったものの、何かを感じとったらしく、一瞬烈花さんを呼ぶまでの反応が遅れたように見える。対して烈花さんもこの状況で家に帰るのは心配だという風な感じだった。
「千代を頼んだわ」
烈花さんはすれ違いざまに一言湊に声をかけていたが、ほんの一瞬だ。千代ちゃんのことを任せたのだろう。湊は近くの椅子に座り、いつものようにみんなへ話し始めた。
「ただいま、今日も何もなかったよ。霧生さんが言うには今日の夜か明日の昼が山場だろうって。俺の未来予知が正しければ、明日が山場だと思うけど。こっちは何も変わりなかったか?」
「……おかえりだ、湊。今日もご苦労様だな」
「何にもなかったよ。三人は悪いが、何もすることがないからゆっくりさせてもらってたぜ」
千代ちゃんと千尋さんは何も答えない。このやりとりで湊は今の状況を大体把握したようだ。……俺にはこの状況をどうにもできなかった。湊、お前ならどうする?
「それにしても、真白と千尋さんは何かあったんですか? ずっとしかめっ面していますよ」
「そ、それは……」
「私が千代に異能戦線を抜けろと再び言っただけ。今日までの様子を見たら分かる。別に千代はいなくてもいい。新たな危険を呼び寄せるだけ」
「そんなことありません。私だって頑張りました。何かあったって、私一人だけ逃げれるくらいのことできますよ!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて。大丈夫ですよ、千尋さん。……何かあったら、千代のことは俺が守りますから」
「っ!! 千代、あなたはここを離れて! この異能戦線に、九十九日市にいるべきではない! あなたの仲間は危険すぎる!」
「な、なんですかそれ! ……私のことを馬鹿にするのはいいですよ。ですが、いくら千尋姉と言えど、みんなを馬鹿にするのは許せません!!!」
「違う、仲間じゃない!! 千代は依存しているだけ! 一人じゃ何もできないあなたは私がいなくなって、他の依存先を見つけただけ! それだけの関係に過ぎない!!!」
千代ちゃんは言葉にならない声を出した後に口をつぐむ。その顔はみるみる歪んでいき、どうにもならならなくなって、ぐしゃぐしゃになっていく。千代ちゃんは何も言わずに、出口へ向かう。
「またそうやって逃げるの!?」
「……逃げる? 最初に何も言わずに逃げ出したのは千尋姉の方じゃないですか!!!」
そう言い放って外に飛び出す千代ちゃん。言い返された千尋さんはみるみる青ざめていき、口をわなわなとさせていた。
「ち、違う。逃げてない……。私は、私は……」
「俺が真白を追いかけます! こちらは頼みました!」
「……あいよ」
カフェを出る前に湊と目が合った。言葉にしなくても何を言っているのか分かる。あいつに伝わっているか分からないが、俺は内心呆れながらこう思った。
(全く、無茶苦茶やってくれるぜ湊! 流石、俺の親友だよ!)
湊が取った行動は無理やり二人の本心を引き出した。あんな真正面から地雷をぶち抜いていくとはな。おかしくて笑っちまうよ。
しかし、どれだけ強引でもきっかけが作れた。千代ちゃんは湊がどうにかしてくれる。だから、千尋さんは俺がどうにかして見せる。
「違う、違うの、私はそんなつもりじゃなくて、千代、千代、ごめん、ごめんなさい……」
「……千尋、お前なあ」
「どうして、それを本人に直接言ってやらないんだ?」
「えっ? ど、どうしてって、それは……」
「千尋さんが千代ちゃんのことを思って遠ざけているのは千代ちゃん以外みんな分かってる。それでも当事者になると分からないこともあるんだ。どうして、あなたのことが心配だからと、本心を言ってやらないんだ?」
千尋さんがさっき千代ちゃんに言い放ったことはあながち間違ってはいない。千代ちゃんは千尋さんや俺たちがいないと何もできない、依存した関係が始まりではあった。でも今は違う。
千代ちゃんは、俺たちがいないとダメなんじゃなくて、俺たちのために頑張ろうとしている。似ているようで二つは違う。後者に関して、俺は依存ではないと思っている。
何かを頑張れる理由があるというのは素晴らしいことだと思う。千代ちゃんにとっての俺たちは依存する相手から、頑張れる理由に変わったのだ。
それは、複雑な感情ではあるが、異能力が、この異能戦線が成長させた。だから、千代ちゃんはもう大丈夫。後は湊がそれを伝えてくれるだけでいいから。問題なのは……。
「だ、だって、私がそう言ったら、千代はその通りにしちゃうから! ずっと一人で生きていく事を選ぶと思うから! あの子は素直だから、私の命令のままに生きる人形になってしまう!」
「違うね! あんたに言う度胸がなかったからだ! しっかりと面を向って、突き放すことができなかったからだ! 全部の気持ちを含めてしっかりと素直に言ってやれば、千代ちゃんは素直だから分かってくれただろうに!!」
「うるさい!! 明良はだまれ!! そんなことは私が一番理解している! 私が千代とは違って素直じゃないことも全部! 全部分かってるからだまれ!」
「いいや、だまらないね!! あんたはいいのか? 自分の気持ちを素直に伝えられず、それで千代ちゃんが死んでも、あんたは後悔しないのか? 今はどこで何が起きるか分からない。いつどこで危ない目にあってもおかしくないんだぞ! せっかくもう一度会えたんだろう! 同じ場所で過ごせていけるんだろう! こんなチャンスは二度こない。あんたは本当にこのままで後悔しないのかって言ってるんだよ!!!」
普段とは違い、色んな感情を顔に出す千尋さんだったが、ついには辛そうな表情をして黙り込んでしまった。九十九事件の後、俺は湊と本音でぶつかれてよかったと断言できる。
あの日があったからこそ、信頼して湊を送り出せる。例え、湊が無茶やって、最悪死んでしまったとしても、あいつはやることをやったんだと納得できる。仲間のためにひたすら走る湊のことを応援できる。
「しない……。後悔しないわけない……! 私だって昔のように戻りたい。でも明良も言った。異能力が現れてから、いつどこで危ない目に合ってもおかしくないって。それは私も同じ。異能力を発現して、私は思った。ああ、こんなことが起こるのだから、いつ死んでもおかしくないって。そんな世界でも少しは千代が安全な世界を生きられるように、私は異能戦線へ入った。私がいなくなったら千代は駄目になる。だから、遠ざける必要があった。ただ、私には言えなかった。あんなに慕ってくれる千代が眩しくて、面と向かって話せなかった。……後悔するに決まっている!! 私は今でも千代のことが大好きだから!!!」
「それを千代ちゃんに言ってくれよ。それだけで、あんたの思うような昔の関係に戻れると思うぞ。だって、俺には分かるからな。今でも千代ちゃんは千尋さんのことが大好きだって」
「そんなこと私だって知っている。私が一番千代のことを理解しているから!」
千尋さんの顔に徐々に笑みが戻っていく。俺の仕事は終わったってことかな。しばらくすれば湊と千代ちゃんも帰ってくるだろうし、今は千尋さんをそっとしておくか。俺は千尋さんの元を離れ、マスターの元に向かう。
「マスター。マスターの言いたいことはこれで合ってましたか?」
「……ふっ」
「どうしたんですか、マスター? 何かおかしなところがありましたか?」
「……いや、何もおかしなことはない。ただ、雲雀の未来予知で俺がお前たちに正体を明かした理由がはっきりと分かっただけだ。だから、もう一度言っておく。俺の名前は朧士門。俺はお前たち五人を異能戦線のメンバーとして認める」




