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第四十二話 雲雀と真白

「今日も何も起きなかったわね」

「このまま大人しくしているはずはないと思うけどな」

「どちらにしろ、今日は終わりだ。夜は雲雀と星村は動かない。これは約束だろ?」


 いくら強大な異能力を有していても、俺たちは素人で子供。異能戦線のメンバーとはいえ、日が沈むまでには撤退することが霧生さんとの約束であった。

 曰く、夜はプロでも危険とのことだ。相手が銃を持っているならなおさらとのこと。この緊張感が明日も続くと思うと、本当に憂鬱になる。

 だが、みんなを守るために最後まで気を抜いてはならない。黒峰との戦いのように、一瞬の迷いが死を招くのだから。


「お前ら、今日はもうリラックスしとけ。こんな緊張状態が一週間続けば大人でも疲弊する。今日は警察に任せるしかねぇ。犯人が事件を起こすとしたら今日の夜中、人が少ない時間帯か、捕まることを割り切って人の多い明日の日中に暴れまわるかのどちらかだ。犯人がここまで潜伏していることと目的を考えると、明日の日中に暴れまわる可能性が高いけどな」

「一番最悪のパターンね。被害が出る前に捕まればいいのだけれど」

「今回の事件、どう転んでも九十九日市の印象は悪くなりそうだな。全くやってくれるよ」

「犯人の目的が最終的に異能主義の国家を作るためだと仮定すると、今回の事件が終わればここは安全になるはずだ。九十九日市にはあくまで人員を簡易的に補充しに来ただけの可能性が高いからな。最終的には首都に集まるんじゃないかと思うぞ。そうなったら俺たちの管轄を外れる。後は他のやつらに任せればいい。そこまでは手を回せん」


 これさえ終われば、平穏が訪れる。その言葉を聞くと、やる気が出てくるな。しかし、怖い。犯人の目的や犯罪集団の目的が不透明なのが怖い。本当に能力者を集めることだけが目的なのか?

 その先をもっと考えれば、何かが見えてくると気がする。だとしても今は考えるべきではないな。明日になれば決着がつく。

 俺たちが犯人と出会うとも限らない。適度に気を引きしめながら走り抜けるしかない。


「うし、着いたぞ。このまま小鳥遊と星村を送ってく。雲雀、小鳥遊を呼んできてもらってもいいか?」

「はい、分かりました」


 俺は烈花を呼びにカフェと入る。ただいまと言おうとして口をつぐんだ。俺は一瞬で異変に気付く。店内の様子がいつも違ってぴりついた雰囲気となっていた。

 どうしたもんかと思ったが、ひとまず烈花を呼ぶことにする。


「烈花、霧生さんが送っていくから車に来てほしいだって」

「え? うーん……。わ、分かったわ。今向かうね」


 帰るべきか悩んでいる烈花であったが、帰り支度をしてこちらへ向かってきた。そして、すれ違いざまに、


「千代を頼んだわ」


 それだけ言って外に出てしまった。とどのつまり、そういうことなのだろう。俺は近くの椅子に座り、できるだけ自然体を装い会話する。


「ただいま、今日も何もなかったよ。霧生さんが言うには今日の夜か明日の昼が山場だろうって。こっちは何も変わりなかったか?」

「……おかえりだ、湊。今日もご苦労様だな」

「なんにもなかったよ。三人は悪いが、何もすることがないからゆっくりさせてもらってたぜ」


 真白と千尋さんは何も答えない。状況は大体把握できた。……今から俺がすることは、犯人が捕まっていないこんな非常事態にやるべきではないだろう。

 それでも、この時は二度と来ないかもしれない。事件が解決すれば千尋さんはどこかへ行ってしまうかもしれない。それだけは阻止しなければならない。今やるべきだと俺の勘が告げていた。


「それにしても、真白と千尋さんは何かあったんですか? ずっとしかめっ面していますよ」

「そ、それは……」

「私が千代に異能戦線を抜けろと再び言っただけ。今日までの様子を見たら分かる。別に千代はいなくてもいい。新たな危険を呼び寄せるだけ」

「そんなことありません。私だって頑張りました。何かあったって、私一人だけ逃げれるくらいのことできますよ!」

「まあまあ、二人とも落ち着いて。大丈夫ですよ、千尋さん。……何かあったら、千代のことは俺が守りますから」

「っ!! 千代、あなたはここを離れて! この異能戦線に、九十九日市にいるべきではない! あなたの仲間は危険すぎる!」

「な、なんですかそれ! ……私のことを馬鹿にするのはいいですよ。ですが、いくら千尋姉と言えど、みんなを馬鹿にするのは許せません!!!」

「違う、仲間じゃない!! 千代は依存しているだけ! 一人じゃ何もできないあなたは私がいなくなって、他の依存先を見つけただけ! それだけの関係に過ぎない!!!」


 千代は言葉にならない声を出した後に口をつぐむ。その顔はみるみる歪んでいき、どうにもならならなくなって、ぐしゃぐしゃになっていく。千代は何も言わずに、出口へ向かう。


「またそうやって逃げるの!?」

「……逃げる? 最初に何も言わずに逃げ出したのは千尋姉の方じゃないですか!!!」


 溢れだした感情と共に外に飛び出す千代。言い返された千尋さんは顔面蒼白になって口をパクパクとさせていた。


「ち、違う。逃げてない……。私は、私は……」

「俺が真白を追いかけます! こちらは頼みました!」

「……あいよ」


 カフェを出る前に明良と目が合った。言葉にしなくても何を言っているのか分かる。俺はこの場を明良とマスターに任せて、真白を追いかけるのであった。


---


 外はすっかり薄暗くなっていて、真白がどこに行ったのか目視では確認できない。それでも、遠くには行っていない。なんなら真白が向かっている場所に心当たりがあった。

 俺は焦らず、ゆっくりと向かう。そして、いよいよ自分の家が見えそうになる直前で、その場所と真白を見つけることができた。


「そんなところで何してるんだ? 真白」

「雲雀……先輩」

「言ったじゃないか。真白がいなくなったら必ず探しに行くって。隣、座ってもいいか?」

「は、はい……」


 俺は真白が座っているブランコの隣のブランコに座る。俺は努めて優しく真白に話しかける。


「千尋さんの気持ちを代弁することはできないけどさ、千尋さんのさっきの発言は真白のことを気にかけているからこその発言だと思うんだ。それにしても、言い方っていうものがあると思うんだけどね」

「でも、千尋姉の言っていることは全部事実じゃないですか。何もできないのも、皆さんに依存しているのも、また逃げ出してしまったことも、全部が事実です。私がここを離れたくない理由は、皆さんに依存しているからです。覚えてますよね? 最初に私たちが出会った時もここに私がいたことを。その時も同じ理由ですよ。一人じゃ何もできなくて、友達も作れずにここで黄昏ていることしかできませんでした。千尋姉がいなくなって私は一人じゃ何もできなくなったんです。今だって同じです。先輩たちがいないと私は何もできないんですよ」

「依存、か。確かに真白は依存しているのかもしれない。でも、真白は自分が分かっていないだけで徐々に成長していってるよ。前に学校で真白を見たとき驚いたんだ。ああ、今の真白にはこれだけの友達がいるんだって。これは、真白が頑張ったからだよ。俺たちに依存していたとしても、真白が頑張ったからこそ得られたものなんだよ」

「それは先輩たちのおかげです。先輩たちが私のためにしっかりと考えてアドバイスしてくれたおかげじゃないですか」

「違う。それはきっかけに過ぎないよ。そこから頑張ったのは全部真白だ。真白自身の力だよ。……依存って難しいよな。これがないとやってられないっていうのは依存だけどさ。これがあるから頑張れるっていうのは依存なのかな? 俺は真白やみんながいるからこそ人生が楽しいし、こんな世界でも頑張っていけるんだよ。これが依存っていうなら、それでも俺はいいよ。だけどさ、何のために頑張ってるかも分からずに人生を過ごしていくのはさ、虚しいだけじゃないか。俺はどんな理不尽な世界でも、みんながいるからこそ頑張れる。俺の人生にとってかけがえのない存在だと思っている。それってとても素晴らしいことだと俺は思ってるよ。だから、真白にとっても俺たちがそんな存在であってくれたらとても嬉しいかな」


 人間が頑張っていけるのは何か理由があるからだ。理由もなく頑張っているだけじゃ心が疲弊してしまう。頑張れる理由があるっていうのは、人生で一番大事なことじゃないだろうか。

 かけがえのないのものを得るための人生なんじゃないだろうか。


「私も! 同じです! みんながいるから頑張れるんです! どれだけ不安なことがあっても、辛いことがあっても、みんながいるから乗り越えられます! みんながいるからこそ人生が楽しいんですよ!」

「なら、それでいいじゃないか。俺たちはずっと一緒にいることはできなくても、いつでもまた集まることはできる。離れていたって俺たちが仲間なことには変わりないんだからさ。それに真白は成長してるよ。異能戦線を通してどんどん成長してる。いずれは俺たちが傍にいなくても、自分の力で未来を切り開けるようになる。俺は心配していないんだ。だって真白はもう自分の足で歩き始めているんだから。このまま続けていけば千尋さんも分かってくれるよ。真白が立派に成長してるんだってこと」


 今までだったら心配だったかもしれない。烈花が卒業して、俺たち三人が卒業して、真白はやがて一人になる。それでも今の真白なら、これからの真白なら大丈夫だと思っている。

 異能力が復活して大変なことしかなかったけれど、逆に気づかされたこともある。真白はもう俺たちがいなくても大丈夫なんだって。明良を窘めるぐらいに成長している。

 危険だと分かってても、異能戦線で頑張ってくれている。真白はもうあの頃の真白じゃないんだ。


「雲雀先輩、ありがとうございます。なんかすっきりした気がします。千尋姉に依存しているって指摘されたときは、心が苦しくなったんです。だって、私もそう思っていましたから。けど、雲雀先輩が大丈夫だって言ってくれて、心が軽くなりました。いけませんね、私は雲雀先輩に依存しているかもしれません」

「大丈夫だよ。依存だとしても、心が辛いときに励まし合える仲間がいないよりかはいいじゃないか。どんな理由があろうと、俺が真白を突き放すことはないんだからさ」

「……そう、ですね。そうだと嬉しいです」

「少しは落ち着いたか」

「はい。もう戻っても大丈夫だと思います。私が千尋姉から逃げることはもうありません」

「そっか、じゃあ行こうか。俺たちの異能戦線に」

「はい! ……雲雀先輩」

「うん? どうした?」

「……大好きですよ」

「……ははっ! そんなこと言われると照れちゃうって! 他のみんなにも千尋さんにもしっかりと伝えておくんだよ」

「はぁー、そうだと思いました。分かってますよ! みんな大好きですから!」


 ……ごめん。真白、明良。俺は駄目駄目野郎だな。やっぱり俺がちゃんとした男になるのはずっと遠い未来の話のようだ。


---


「千代、ごめんなさい。私が悪かった。あなたに理由も告げずに冷たくしたこと。あなたを貶したこと。あなたの仲間を悪くいったこと。全てを謝罪する。本当にごめんなさい!」

言ってくれた

 カフェに帰った俺たちを見るや否や、千尋さんが深々とお辞儀をして謝罪をした。俺は明良をちらりとみる。俺たちはお互いに頷き合う。どうやら、こちらも上手くいったみたいだ。


「いいんですよ千尋姉。さっきは逃げちゃいましたけど、私は千尋姉がはっきりと言ってくれただけで満足ですから。でも、これからはしっかりと向き合って頑張っていきます。私が成長してるってことをちゃんと見せようと思います」

「……強くなったのね千代。きちんと向き合えていないのは私の方だった。いつも慕ってくれるあなたに本心を言えなくて、何も言わずに逃げてしまった。その、私は」

「言わなくても大丈夫です。今は言わなくても大丈夫です。その代わり、今度一緒に水族館に行きませんか? そのときにゆっくりと千尋姉と話し合いたいです」

「千代、あなた……。分かった。そうすることにする。お互いに積もる話もあると思う。今度ゆっくり話すことに賛成する。千代の大好きなペンギンの話を聞きながら、あの大水槽の前で話すことにする」

「千尋……姉!!!」


 ぱあっと顔を明るくした千代が千尋さんの元に飛び込む。千尋さんは驚いた顔をしていたが、黙って受け止めることにしたようだ。

 この状態はしばらく続き、状況を把握していない霧生さんが帰ってきて、首をかしげるところまで続いた。


「それじゃあ、私たちは帰りますね」

「ああ、お疲れさまだ。明日が山場になってくるからな、今日は早めに寝るんだぞ」


 明良と千代と千尋さんがカフェを出ていく。すっかりと日も沈み、夜になってしまった。今日は母さんが遅くなるからと、お金をもらっているし、適当にコンビニでも寄って帰るか。


「……雲雀。今から時間あるか?」

「マスター? はい、大丈夫ですよ」

「……じゃあ、何か頼め。ドリンク一杯分くらいの話をする」

「分かりました。それじゃあ、カフェオレのホットを一つ」

「……あいよ」


 このタイミングでのマスターからの話。想像がつかないな。普段のマスターは寡黙で職人肌なイメージがある。自分から誘ったということは、何か大事なことを話してくださるのだろうか。


「……ホットカフェオレだ」

「ありがとうございます」

「……まずは、今日の千尋と千代のこと、礼を言う。雲雀は分かってて、千尋の本音を引き出しただろう」

「あはは、露骨すぎましたかね。こんな状況でしたが、この機会を逃すと、千尋さんがどこかへ行ってしまいそうな気がしたので」

「……俺もそう思う。本人からはまだ何も言われていないが、ギスギスした雰囲気を解消するために自分が離れていくことを選んだはずだ。あいつはそういう奴だからな」

「本当にうまくいってよかったですよ。このまま離れ離れっていうのが一番最悪でしたから」

「……雲雀は凄い奴だな。例え、未来予知の異能力を持っていなかったとしても、お前は未来を変えることができる人物だ。もっと誇っていい」

「いやいや、そんなことないですよ。俺はただ自分にできることを一生懸命やっているだけです」

「……そうか。雲雀、お前に言っておかなければならないことを言っておく」

「なんでしょうか?」

「……俺の名前は朧士門という。分かりやすく言えば、異能力静観派のトップで朧家の次期社長候補ということになる」

「はい!? え? マスターが朧家の人間で次期社長候補?」


 な、なんだそれは!

 ただならぬ人物だと思っていたが、まさかそこまで凄い人物だったとは。なんでそんな偉い人がここにいるというよりは、


「どうして今、正体を明かしたんですか?」

「……それは、俺が雲雀を、お前たちを異能戦線のメンバーとして、いや、一人の人間として認めたからだ。これは今だから話しておかなければならないことだ。雲雀、お前は九十九事件でも高校の事件でも無茶を通したと聞いている。もし今回も同じようなことがあれば無茶をするのだろう。だが、それは駄目だ。お前がよければ、これからも異能戦線で活躍していってほしいと願っている。高校を卒業しても、大学に通いながら異能戦線のメンバーとして働いてもらいたいと思っている。雲雀はこれからの世界に必要な人材だ。死んでもらっては困るし、俺は悲しい」

「マスター……」

「だから生きて帰ってこい。これは命令だ。ここにいるみんながお前を必要としている。必ず生きて帰ってこい。分かったな」

「……はい!」

「……ふっ、いい返事だ。明日で決着がつく。苦しいだろうが、最後まで気を抜かずに頑張ってくれ」

「雲雀、そういうこった。明日、みんなにも話すが、俺たちは都市部には行かねぇ。そこから離れた場所で他の警察官と一緒に待機する。くれぐれも自分から危険に突っ込むんじゃねぇぞ」

「はい、了解しました!」


 真白と千尋さんの問題も解決して、マスターもとい士門さんにも認められた。そのことが嬉しくて、俺は弾む気持ちを抑えながら家に帰っていった。明日の事件もうまく解決できると信じて。

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