表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/56

第四十話 束の間の休息

「こんなことしていて本当にいいんだろうか……」

「気持ちは分かるけど、今は楽しむしかないんじゃない? もう来ちゃってるわけだし」

「悪い、俺のせいだな。俺の勝手な行いが霧生さんに気を遣わせてしまった」

「いえ、私も調べものばかりでへばってましたから、私のせいでもありますよ」

「せっかく遠くまで来て休養しているのだから、今は事件のことは考えないようにしましょう」


 俺たちは今、九十九日市の外に出て水族館まで足を運んでいる。なぜ事件で慌ただしい中、遠くまで遊びに来ているのかというと、昨日の夜遅くへ遡ることになる。

 それは異能戦線のグループに投下されたある一通のメッセージから始まる。


(「お前ら、明日の異能戦線の活動はなしだ。その代わり、隣の街にある水族館に行ってこい。お金は飯代も併せて明日の朝一に渡す」)

(「水族館に有用な情報でもあったんですか?」)

(「違う。素直に水族館を楽しんでこいってことだ」)

(「いやいや、霧生さん。この状況で楽しむってのは無理でしょ。次の犯行がいつ起こるかも分からないのに」)

(「だが、現状俺たちにできることはほぼやり尽くしている。小鳥遊や千代、明良の情報集めもこれ以上の進展はなく、俺たちも犯人が動くのを待つしかない状況だ」)

(「だからって、このまま何もしないというわけにはいかないわ。パトロールは続けてもいいんじゃないかしら」)

(「パトロールなら警察も厳重に行っている。それは俺たち見回り組が一番よく知っているだろ。常に気を張っておくのは疲れる。最悪犯人と対峙した場合、その疲れが判断を鈍らせる。素直にリフレッシュしてこい」)

(「俺は賛成だ。俺が言うのもなんだが、根詰めっぱなしだと見えてくるものも見えてこない。一回リフレッシュすれば、また違った考察がででくるかもしれないだろ?」)

(「明良の言うとおりだ。今は犯人も大人しくしているが、追いつめられれば追いつめられるほど、大胆な行動をとりかねない。その前に行動する可能性もあるが、今はまだその時じゃない。明日はリフレッシュして、週末まで頑張ればいい」)

(「霧生さんや千尋さんはどうするんですか?」)

(「明日は俺らも休憩する。一回情報を整理しときたいからな。大丈夫だ。こっちのことは気にせず、水族館を満喫しろ。いいな」)


 という感じで、半ば無理やり水族館に遊びに行く形になった。けど実際、ずっと気を張っていて疲れていたのも事実。昨日は家に着くなり寝てしまった。

 日付が変わる二時間前に起きて下に降りると、ラップされた夜ご飯と一通のメモが食卓の上に置いてあった。メモには体を壊さない程度に頑張ってといった、心配と応援のメッセージが書いてあった。

 そのメモを見て、昨日の羽場の心配する声を思い出したときに霧生さんのメッセージも送られてきたので、俺は素直に従うことにした。


「それにしても、ここまで遠出するのは久しぶりね。なんやかんや九十九日市内で遊ぶことが多かったから」

「夏休みですらそうだったからな。レジャー施設で言うと、あんまり九十九日市は充実していないが、その他は割かししっかりしてるからな」

「思えば海や山、スポーツできる場所とかは結構揃ってるからね。九十九日市外に出たのって遊園地やレジャープールに行った時ぐらいじゃないかな」

「花火大会にも行きましたし、夏休みを満喫したといってもいいぐらいですからね。とても疲れましたけど、今までで一番楽しい夏休みでしたよ」

「……羨ましいわね。私なんか、夏休みの課題をすぐに終わらせてから、家族とどこかへ行く以外代り映えのしない夏休みを送っていたもの」

「これから思い出を作っていけばいいでしょ? まだまだ時間はあるんだから」

「そうだね。どれだけ時間が過ぎても、俺たちはいつでも一緒に遊ぶことができるんだからさ」

「ふふっ、そうね。楽しみにしてるわ」

駄目だよな

 星村の笑顔、久しぶりに見たな。烈花も真白もそう。異能力が復活して事件に巻き込まれるようになってから、みんなの笑顔はあからさまに減っていた。今日の息抜きはちょうど良かったかもしれないな。

 ショッピングモールの事件からずっと異能力のことだけ考えていたような毎日だった。俺は久しぶりに、今までどうやってみんなで楽しく過ごしてきたのかを思い出すができた。

 全てが終わった後でも、楽しく過ごす方法を忘れてちゃ駄目だよな。俺が目指している未来はこんな毎日なのだから。軽く息を吐くと、気持ちをしっかりと入れ替える。今日をとことん楽しんでやろう。


「ったく、ようやく気持ちを入れ替えたか。今日はこれでいいんだよ。事件の話はこれで最後にするが、今は四六時中警察が動いていて、徐々に九十九日市の包囲網を狭めている。小山内さんが言っていたが、事件はこの一週間で方が付く。それに俺の勘が今日は事件が起きらないと言っている。だから、今日は心配すんな。その代わり、明日からは気を引き締め直して頑張るぞ」

「明良がそういうなら、そうなんでしょうね。私は明良の勘を信じてるから」

「私もです。西園寺先輩、こういうときの勘はよく当たりますからね」

「そんなに凄いのかしら? 西園寺くんの勘というのは」

「百発百中といってもいいくらい。なんなら俺の未来予知よりも頼りになるよ」


 明良の勘はよく当たる。これは俺たち四人の中では言わずと知れた不思議だ。いつのことだか忘れたが、明良を強運の持ち主だっといったことがある。その最も足る所以が明良の勘である。

 本人曰く、中学生に入るくらいに目覚めたらしい。日常的に使われることは滅多になく、稀に閃く程度なのだが、驚くくらいによく当たる。俺や烈花、真白がこの状況下でも信頼を寄せるくらいに。

 西園寺家ともなれば、このような不思議なスキルくらい持っているものなのだろうか。


「ということで今日は水族館を楽しみつくしましょう! ほら、久しぶりに来ると全部が新鮮に感じない?」

「まー、そうだな。気分が上がるというより、ゆったりとした気持ちになるかもな」

「クラゲはいないのかしら? 私はクラゲが好きなのだけれど」

「クラゲは序盤にはいないイメージがありますから、まだ先じゃないですかね? それより、なぜでしょうか。星村先輩がクラゲ好きなの、イメージ通りな気がします」

「あらそう? ぽよぽよしていてかわいいと思うけど、少数派かしら?」

「そんなことないと思うよ。水中を漂っているあの感じが好きって人は結構いると思う。エチゼンクラゲサイズになったら可愛いとは思えないけど。確か、真白はペンギンが好きだったよね?」

「はい、そのとおりです。人間をペンギンと間違えたり、あのよちよち陸上を歩く姿がとってもかわいいんですよね」

「私はカワウソね。人々を魅了する何かがあの生き物には詰まってるわ」

「俺は特にないけど、しいて言うならシャチになるかな。やっぱりあのビジュアルは男心をくすぐるんだよね」

「ちなみに俺は……」

「ちょっと待った明良。凛、明良が好きな生き物は何だと思う?」

「西園寺くんの好きな生き物? 雲雀くんと同じシャチやイルカといいたいところだけど、質問されるということは違うということよね。実は淡水魚が好きで、中でもアロワナが好きだったりするんじゃないかしら?」

「いえ、違います。それでは西園寺先輩、答えをどうぞ」

「ああ、俺が好きな生き物は、ナマコだ」

「……ナマコ? ウミウシやアメフラシでもなくて?」

「そうナマコだ。どう見ても愛くるしい見た目とフォルムをしているだろうが」

「……そうね。好きな生き物は人それぞれだものね。素晴らしいと思う、わ」

「おい、なぜ目をそらす星村」

「あ、あっちのほうでウミガメが泳いでますよ」

「あ、本当ね。早くいきましょう」

「そうね。急ぎましょう」


 真白を筆頭に三人は大きな水槽の方へと駆け出して行ってしまった。明良はその背中を追いかけることができずにいた。


「明良」

「なんだ、湊」

「俺は可愛いと思うよ、ナマコ」

「……そうか。俺は全国のナマコ好きファンを代表してお前に感謝するよ」

「俺たちも行くか」

「おう!」


 この一言をきっかけに、明良のナマコ話を永遠と聞かされることになるのはまた別のお話である。


---


「いやー、なんやかんやで楽しかったわね。水族館、とっても良かったわ!」

「やっぱりリフレッシュは大事だもんな。俺もなんか久々に憩いのひと時を味わえた気がするぜ」

「グッズもこれだけあるとどれを買おうか悩ましいわね。クラゲの大きなぬいぐるみも気になるのだけれど、飾る場所があったかしら」

「割れ物だけど、シャチのガラス細工も捨てがたいな。ぬいぐるみもぬいぐるみでいいんだけど、前に来た時に買っちゃったからな」


 俺たちは一通り水族館を楽しんで、お土産ショップに来ていた。昼ご飯を水族館に来る前に食べてきていたのと、平日ということも相まって時間を気にせずゆっくりと堪能することができた。

 ここ最近で一番心を楽にして過ごせた気がする。水族館を勧めてくれた霧生さんには大感謝だな。


「あら? そういえば、真白さんが見当たらないわね?」

「ほんとだ。どこにいっちゃったんだ? そんな迷うこともないと思うが」

「お土産コーナーの奥の方にもいないし、お手洗いかも」

「……かもね。俺も今のうちに行ってくるよ」

「なら俺も……。いや、今は大丈夫だわ」

「そうか……。じゃあ、また後で」


 俺はそう告げて、お土産コーナーを離れる。少し長引いてしまうけど、一番大事なことだからな。


「……はぁ、ほんと、湊って感じね」

「だな。今回も湊に任せようぜ」

「やっぱり、そういうことなのね。……なんだか、少し妬いてしまうわ」


 お手洗いに行くと言っていなくなった俺だが、目指す場所は違った。だって、真白がいなくなったのはもっと別の理由だから。

 今回も前回と同じ、俺の予想が正しければ真白はあそこにいる。ここまでの道のりを逆走し、最後のエリアに堂々と構えている大水槽のエリアまで引き返す。

 そこにはガラスの近くで泳いでる魚たちをボーっと見つめている真白の姿があった。


「この水槽、本当に凄い迫力だよな」

「え? あ、え? 雲雀先輩!?  どうしてここに?」

「あの日と同じさ。真白を探しに来たんだ」

「あ……」


 ここで真白は気づく。この光景は前回水族館に来た時と同じであるということに。あの日と違って俺たちの絆は固く、深くなった。けれども、真白の気持ちは変わらない。

 事件のことを忘れるというのであれば、真白の頭に浮かんでくるのは千尋さんのこと。そんな真白が急にいなくなったのもあの日と同じ。


「前来たときは、俺と真白の関係はまだまだぎこちなかったよな。水族館に連れてきたのも無理やりだった覚えがあるよ」

「そうですね。ずっと、千尋姉のことを考えていましたから。それに、ここは千尋姉との関係が悪くなる前に最後に一緒に来たところでしたからね。あんまり気が進みませんでしたよ」

「水族館で印象に残っていたのが、この大水槽だったんだよな。目を光らせる真白とそれを見守る千尋さん。あの時の思い出がずっと心の中に残っているって言ってたよ」

「私の中の千尋姉のイメージはその時の優しい笑顔から変わっていないんです。久しぶりに会って、そのイメージが強くなったかもしれません。昔の幻影を私はずっと追っているんですよ」

「来れるよ」

「えっ?」

「また一緒にここへ来れるよ。前は言えなかったけど、今なら責任を持ってそう言える。数日しか会ってないけど、千尋さんは素晴らしい人だよ。冷たく接するようになったのも真白を思ってるからこその理由があると思う。前はさ、時間が解決するって思ってたけど、そんなことはないよな。俺だって未だに父さんの行方を追っている。楽しかった日々を追ってるんだよ。だから、両者の納得する形が、幸せな形になるように俺は頑張るよ。直接俺がどうにかすることはできないけどさ。真白がくじけそうになったら、支えてあげることはできる。真白がいなくなったら、必ず探しに行くし、歩けなくなったら、俺が背負って一緒に歩いていくよ。この先には色んな困難が待ち受けているかもしれない。それでも俺たちが一緒に頑張るからさ。何かあったらすぐに駆け付けるから。今は俺たちがいるってことをどうか忘れないでほしい」


 これが今の俺の率直な気持ち。前はずっと真白を見ているだけだった。真白が俺に気付くまで見ていることしかできなかった。励ましの言葉を一つも言えず、探したよとしか言えなった。

 しかし、今回は違う。異能力が復活した世界で、この先何が起こるかは分からない。言いたいことはしっかりと言っておこうと決めたから。恥ずかしい言葉でも今ははっきりと言うことができる。


「……雲雀先輩は本当に変わらないですね」

「どこがだよ。仲良くなるまでの俺は酷かったと思うぞ」

「いえ、そんなことはありません。言葉にしてくれることはありませんでしたが、私がいなくなったらいつも探してくれましたし、悲しいときは私が雲雀先輩のことを愚痴っても何も言い返さずに傍にいてくれました。前回ここへ来た時だって、最後にお土産コーナーでペンギンのぬいぐるみを買ってくれたじゃないですか。ちゃんと部屋の中央に飾ってあるんですからね。雲雀先輩のその優しさはずっと変わっていないですよ」

「そうだったけな、あんまり覚えてないや」

「嘘つきですね。先輩は物覚えがとてもいいこと知ってるんですから。だから、円満な形で解決しようとか思わなくていいんですよ。私はただ、理由が知れればそれでいいんですから。それに、千尋姉と一緒に来れなくても、また雲雀先輩と一緒に来れるのなら、私は満足ですよ」

「そういってくれると嬉しいよ。さ、みんなが待ってる。戻ろうか」

「はい!」


 俺たちは歩いていく。まだ見ぬ困難にぶち当たろうと幸せを探して歩いていく。ハッピーエンドを目指してひたすらに歩いていく。


---


 夕方、揺れる電車の中、俺たちは九十九日市に戻っていく。楽しかったことが終われば辛いことがやってくる。だけども今日だけはこの幸せに浸らせてほしい。今だけは余韻に浸ることを許してほしいものだ。


「明良、起きてるか?」

「起きてるよ。他のみんなは寝てるみたいだがな」


 俺が前方を見ると、三人はぐっすりと寝ているみたいだ。無理もない。張りつめていた気をいったん緩ませて思い切り楽しんだんだ。体力がある星村でさえ寝ている。

 この車両には俺たち以外に人がいない。俺は明良に聞こえるぐらいの声で話を続ける。


「なあ明良。明良の勘は俺たちを安心させるための嘘じゃないよな?」

「嘘じゃねぇって。確かに今日は起きないと感じたんだよ。勘だから理由はないけどな。今日くらいはいいだろうよ。これが俺たちの目指している日常なんだから」

「そうだね。じゃあ、しっかりとこの幸せを噛みしめさせてもらうよ」

「俺も堪能させてもらうぜ。明日からは気を引き締め直さないといけないからな」


 俺たちは揃って前方の席で寝ている三人を見る。これが、みんなの笑顔が、俺の守りたいものだと改めて実感する。


「明良はさ、千尋さんのことどう思う?」

「どう思うって、この場合は千代ちゃんのことか? だとしたら、多分俺たちの考えている理由であってると思うぜ」

「だよね。……俺たちもこのままでいいんだろうか?」

「……前までだったら良くなかったかもしれない。でもよ、今は異能戦線が、頼りになる大人が周りにいる。辛いことはあっても、みんな成長していってるはずだぜ」

「ははっ、明良にそう言ってもらえると、俺も自分の選択に自信が持てるよ。俺もこのままでいいと思う。時間じゃなく、異能戦線での活動の日々が解決してくれると思うから」

「そういうこった。今は事の成り行きを見守るしかないだろうな。それよりも、お前は千代ちゃんを大事にしろよ。俺たちの可愛い後輩なんだからよ」

「分かってる。分かってるよ。明良の言いたいことは全部さ」

「湊、お前……。なんだよ、俺の杞憂だったのか全部。そうならそうともっと早めに言っといてくれよな」

「分かってるだけだよ。俺がちゃんとした男になるのはずっとずっと未来の話だと思うから」

「それで十分だぜ。にしても悪い男だな湊は。今回もプレゼントしたじゃないか」

「本当だよ。罪悪感でいっぱいだ」

「ったく、そんなこと言っても、ちゃんと千代ちゃんのことを考えての行動だろうが。誰も責められないというよりは許してくれると思うぞ」

「そうだといいな。そのためにもしっかりと頑張らないとな」

「おうよ。一緒に頑張ろうぜ」


 偽っても、騙しても、欺けても、誤魔化しきれないこの思いにはいずれけじめをつけなければならない。それがどんな未来を生んだとしても。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ