第三十九話 異能力友好派 (side明良)
異能力友好派を名乗る時枝隼人という男。勧誘であることは間違っていなかったものの、俺が思っているものとは全く別のものであった。
孝義さんが警告してくれていたからいつかは来ると思っていたが、このタイミングとはな。
「明良! 話を聞く必要はない。一旦持ち帰って霧生に報告するべき!」
「そう言うなよ。同じ異能戦線のメンバーだろう? 西園寺明良、話だけでも聞いてくれないか? あんたのためにきっとなるはずだ」
「同じ異能戦線のメンバーというなら霧生に話を通すべき。直接明良を引き抜きに来ている時点で怪しい」
「そりゃあ、霧生は忙しい上に、異能力友好派のことを信用していないだろう。だから、西園寺明良へ直接交渉しに来たんだ。それで、西園寺明良はどうする? 俺はあんたの意見を聞きたいんだがな」
「俺は……」
このまま霧生さんに話を持ち帰ったとしても、霧生さんの負担を増やすだけになる。俺は西園寺家の人間。その名に従い、成長していくと俺は誓った。
そもそもこの問題は異能戦線の問題ではなく、俺が呼び込んでしまった問題だ。であれば、これくらいのこと、俺一人で解決しないといけない。それに異能力友好派だけが持っている情報を引き出せるかもしれない。
「いいですよ。話をするだけですよね。だったら、問題ないです。ここは人が多い。話し合いの場所だけ変えましょう」
「明良! 思い直せ! これは明らかに怪しい!」
「千尋。明良が大丈夫だって言ってるんだからいいじゃないか。あんたが口を出すことじゃないだろう。取引の交渉をするだけだ。物騒なことにはならないさ。とりあえず場所を変えよう。近くにカラオケ店がある。少し騒がしくなるが、ゆっくりと話はできるはずだ」
「分かりました。その場所まで連れて行ってください。千尋さん、俺一人でも大丈夫だ。このまま帰ってもらっても構わない。あれ? 千尋さん?」
千尋さんの姿が消えている。気配を遮断したのか。今どこにいるんだ。
「ストップだ。千尋! 俺は穏便に済ませたいと思っている。しかし、そっちがその気なら話は変わってくるぞ。異能力を使って俺の行動を制限しようとするのはやめてくれ」
男が俺に伝わるぐらいの声で叫ぶと、俺の隣に千尋さんが姿を現した。本当に、いきなりやられると分からないな。
「……その言葉。私は信じている。ただし、私も同行する。明良を護衛するのが私の役目」
「……いいだろう。どうせ、西園寺家の護衛が数人はいると思っていた。あんた一人なら、想定内の範疇だ。それじゃあ、二人とも俺についてきてくれ」
俺たちは時枝さんの言葉に従い、カラオケ店までついていく。千尋さんは不満そうな顔をしていたが、それ以上文句を言うことはなかった。
すまない、千尋さん。これは俺が西園寺として解決しないといけない問題なんだ。
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カラオケ店についた俺たちは入口から一番遠い個室を選んだ。騒がしくなると言っていたが、逆にこちらの声が誰かに聞かれることもない。
何か異常があれば監視カメラで店員が気づいてくれる。危ないことにはならないだろう。
「よし、それじゃあ改めて自己紹介をする。俺は時枝隼人。異能力友好派における異能戦線のメンバーだ。主に朧家がいる場所を中心に活動している」
「俺は西園寺明良、九十九日市の異能戦線のメンバーです。俺自身は派閥に属しているつもりはないですが、一応異能力静観派ということになると思います」
「そのとおり、この九十九日市における異能戦線のメンバーというだけで派閥に属してしまう。あんたが静観派に入ったことで、パワーバランスが崩れようとしているのは自分でも分かってるだろう」
「はい、分かっています。そうなると、異能力静観派がより自由に動けてしまい、次期社長に一歩近づいてしまうことを他の派閥の偉い人が懸念しているということですね」
「正解だ。よく状況を把握している。さっきも言った通り、あんたをこちらに勧誘したいというのが今日の交渉内容だ。あんたが従ってくれれば、それに見合った報酬は必ず用意する」
「西園寺家相手にどんな報酬を用意してくれるのかは気になるところですが、まずはあなたが信頼できる人だということを証明してもらいたい。あなたが異能戦線のメンバーであるというなら、当然異能力も持っていますよね? どんな異能力なのか説明してもらっても構いませんか?」
「もちろんだ。同じ異能戦線のメンバー、隠すこともない。俺の異能力は創造だ。発動条件は創造したいものの材料を用意すること。いわゆる等価交換だな。材料さえ揃っていれば作り方を知る必要はないが、細かな構造や実際にその材料から創造物をつくりだす想像力が必要だ。気軽にできることでもないし、集中力も使うから、便利な異能力ではあるが、簡単に扱える異能力ではないな」
創造。かなり危険な異能力だな。直接的には攻撃できる手段はないが、攻撃できる武器は創造することができる。もちろん、銃も作れるだろう。
「先に言っておくが、今回の銃撃事件と俺は無関係だからな。俺の異能力は危険だから、異能力対策局や朧家に管理されている。銃なんかは構造も分からないから造ることはできん」
「なるほど。異能力友好派ということは異能力対策局とも連携を強めているんですか? その割には九十九日市の事件に干渉することがないみたいですが」
「まあ、異能力友好派といっても名ばかりみたいなものだ。要は異能力撲滅派と違って、異能力を肯定したうえで、異能力を有用に扱いたいだけなんだよ。俺たちは矛盾したことしてませんってね。撲滅派は引くに引けないところまで来ているから、俺たちと同じスタンスには今更なれないだろうがね」
「詰まるところ、異能力の甘い汁を吸いたいだけで、厄介ごとには関わるつもりがないと、そういう理解でよろしいでしょうか?」
「手厳しいが、間違ってはいない。朧家のほとんどは次期社長になりたいだけなんだよ。異能力の問題は全部、異能力対策局がなんとかしてくれるだろうってな」
大体の状況は理解した。別に友好派の方針が悪いとは決めつけられないが、俺に利益があるとも思えない。俺は俺たち五人が一番大事なだけだ。
他の人の意見を考えるのであれば、あちら側に移るという選択肢はないな。湊や星村は異能力を使って、仲間全員を守りたいだろうし、千代ちゃんは離れ離れになりたくない。
烈花さんは微妙なところだが、今の異能戦線を大事に思っているはず。俺の答えは決まったな。
「ちなみに、どんな報酬を用意するつもりだったのか聞いてもよろしいでしょうか?」
「それは、あんたが大事に思っている人たちの安全と将来の安泰を約束しよう。このまま皆が友好派に加わるなら、うちのトップが次期社長になる確率は高い。普通では得られないそれ相応のポストを用意しておこうというのが俺たちのトップにおける意向だ。悪い話ではないと思っているが、その様子だと交渉は決裂しそうだよな」
「そうですね。西園寺である俺を引き抜く方法はそんなところだと思っていましたよ。ですが、あなたの言っていることは西園寺でもできる。安全も将来の安泰も西園寺である俺なら実現できます。俺はその上で、仲間の意思を尊重しているんですよ。俺の仲間は九十九日市から離れたくない。みんなで一緒にいたい。自分の仲間たちを守りたい。そのためにあえて危険に突っ込んでいる仲間もいる。そんな仲間の意思を尊重したうえで、俺は仲間を守りたいんですよ。それに、信頼という観点から見ても、あなたたちに俺たちの人生を預けられない。これで話は終わりです。ここの料金は俺が払っておきますので、先に出てもらっても構いませんよ」
「まあ、そうなるとは思っていたよ。西園寺相手に今の俺たちが交渉できる手札なんてないっていうのにさ。でもよ明良。俺もこのまま引き下がれっていう命令はされてないんだわ。何としてでも引き入れろっていうのがトップの命令なのでね」
「まさか、西園寺相手に脅しをかけるつもりですか? 俺みたいなものでも圧力ぐらいかけられますよ」
「だろうな。だから、こういう手段を取れと言われている。もし、西園寺明良との交渉が決裂した場合、小鳥遊烈花と真白千代を連れて来いという風にな」
「おい! お前、何をするつもりだ! 彼女たちに指一本触れてみろ、その後の人生は保障しないぞ!!!」
「それはこっちも同じ。大人しく、私たちに加わるのであれば、彼女たちの人生は保障しよう。それに今、彼女たちに何かあったとしても、連続失踪事件のせいということにもできるからな。おっと、電話をかけるのはやめてもらおうか。判断は今ここでしてもらう。こちらに来るんだ西園寺明良!」
この時間、霧生さんたちはパトロールから戻ってきていない。マスターや二人が危ない状況にある可能性は非常に高い。
しかし、電話をかけさせないということはブラフの可能性もある。俺も甘い汁だけ吸おうと、判断を誤ったか。どうする。一体どうすればいい!?
「時間はあと十秒にしてもらおう。霧生が帰ってくることを考えればこちらも時間はないのでね。それじゃあカウントする。十、九……」
くそったれ!
西園寺だから、やらなければならないと事を急ぎすぎた。千尋さんの言うことを素直に聞くべきだった。
違うそうじゃない。今はこの場を切り抜ける方法を考えつかないと。……駄目だ。時間が足りなすぎる!
「三、二、一、……ぜ」
「……そこまでだ。時枝隼人!」
「あれ? メニューなんて頼んでいないぜ。誰だよあんたは、って。おいおい! なんであなたがここにいる!?」
時枝の言葉に反応するように俺は出口にいる人物を見る。そこには、異能戦線のカフェでしか見かけたことがないマスターが仁王立ちしていた。
「マスター、どうしてここへ? それより二人は大丈夫なんですか?」
「……二人? 何のことか分からんが、小鳥遊と千代なら今はスイーツを食べて休憩中だ。それよりも時枝、これはどういうことだ?」
「マスター、ね。マスターと呼ばれる人物が異能戦線のカフェにいるとは聞いていたが、あなただったとは思わなかった。それよりもどうしてここが分かったんですか?」
「それは私が連絡したから。ここに来る前気配を消したのは、あなたに異能力を発動するためではない。マスターに連絡するため。どのみちあなたは詰んでいた」
「……そうか。なるほど。いや良かったよ。あなたがここへ来てくれて。俺はどうやら異能戦線を辞めなくてもいいらしい」
「どういうことだ?」
「俺はあくまで上の命令に従っただけ。本当は子供を人質に脅しなんてしたくないんだよ。だから、明良が了承してくれなかった場合は任務に失敗したとして、その責任を取るつもりだった。それでも、あなたが介入してきたというなら十分な理由づけになる。俺はもうちょっとだけ、異能戦線には用事があるんでね。ひとまず俺は退散しましょう。この借りはいつか必ず返します。明良、心配しなくてもいい。俺は彼女たちに手を出すつもりは一切なかったからな。それでは失礼するよ」
そういって、ここを利用するには十分すぎるほどの金を置いて、時枝は出て行った。……色んなことがありすぎて正直、事の成り行きが呑み込めていない。でも、何より一番大事なことは、
「マスター、あなたは一体何者なんですか? 彼の反応はあまりにも異常だった。ただのマスターというわけではないんですよね?」
「……ああ、俺の名前は朧士門。朧孝義の次男だ」
「朧! 士門だって! それじゃあ、あなたは朧家の次期社長候補じゃないですか!? それよりも朧士門と言ったら、朧珈琲の店長どころの話じゃない。朧珈琲の創立者じゃないですか? なんでそんな方が異能戦線のマスターをやっているんですか!?」
「……色々あったんだ。色々な。今日は疲れただろう。カフェに帰ったら何か作ってやる。話は帰りながらにでも聞こう」
俺は呆然としながら、士門さんに導かれるままに移動するのであった。
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「……明良、今日はどうして異能力友好派の誘いに乗ったんだ? 一度持ち帰るという手段もあっただろう」
「それは……。俺は西園寺としてもっと功績を上げなければならないと思ったから。みんな自分の大切なものを守るために頑張っています。それなのに西園寺である俺はめぼしい活躍はできていない。俺は西園寺から逃げないって決めたんです。もっと西園寺に相応しい人物になると決めたんです。そのために、この問題は俺が一人で解決しないといけないって思ったんですよ。その結果がこれなんですがね……」
「……その意気込みは悪くない。だがな、俺だって朧家の人間として功績を積んできたが、一人で成し遂げたわけではない。西園寺を背負うというのは、何も一人で全てをやるってことではないんだ。お前も雲雀と同じ。他人をもっと頼るべきだ。……明良は朧珈琲がどんなものか知っているか?」
「朧珈琲は世代を超えて人気なカフェです。誰もが親しみやすいながらも、モダンな雰囲気が特徴の……。あれ? 異能戦線のカフェはレトロな雰囲気ですよね?」
「……そうだ。今度は親しみやすいレトロなカフェを展開しようと研究中だ。経営などは信頼できるものに任せて、俺は研究をしている。それも一人じゃない。他にも研究を任せているものがいる。全てを一人ではやってはいない。中でも俺は自由にやっている方だ。店のことや異能力のこと。俺の気になることに向かって俺は自由に進んでいる。トップになるといっても、色々な人間がいる。大事なのは人を惹きつける力だ。それはお前が自由にやっているからこそ出せるものじゃないのか? 成果を出すことも大事だが、自分を見失うな。自分をしっかりと貫いたうえで西園寺の名を背負って見せろ」
……これは霧生さんや千尋さんが従うのも納得だ。霧生さんもトップだから、最終判断を任せているわけではない。信頼しているからこそ、判断を仰いでいるんだ。
「士門さんはどうして異能力静観派のトップになったんですか?」
「……異能力のせいで朧家は友好派と撲滅派に別れた。俺は判断するのは時期尚早と、どっちつかずの姿勢を見せていたら、いつのまにか静観派と呼ばれ、そのトップになっていた。俺はそのまま異能力というものが気になり、この九十九日市に居を構えることにした。だから、実際には俺が最初で霧生が後だ。俺が朧であることを隠してもらうためにいつもは順序を逆にしてもらっている。そして、俺は異能力静観派のトップ兼雇われマスターとして霧生にカフェの経営やコーヒーの淹れ方を教えていた。異能力が消えたままであったら、霧生にはレトロカフェの店長を務めてもらいたかったんだがな」
「そういう経緯だったんですか。どうして朧を隠すような真似をしているのですか?」
「……朧という名前を抜きにして俺の元に派遣される人物の人となりを見極めるためだ。俺にとっても信頼できる仲間についてきてほしいものだからな」
そういう面では、時枝という人物が仲間でないことは良かったのか?
でも、あの人も事を荒立てることは望んでいなかった。どうなっているんだろうか。
「時枝さんも異能戦線のメンバーであるというなら、孝義さんに認められた人ですよね? どうしてあんなことをしているのですか?」
「それは私が答える。基本的に派遣された派閥のトップに従えというのが孝義さんの意向。どうしても受け入れられないようなことがあれば、拒否をしろとも言っていた。中には孝義さんを上手く騙して異能戦線に入ったやつもいるかもしれないと思ったが、考えすぎだった。時枝はいいやつだったということ。私はマスターの元で良かった。ガチャでトップレアを引けたから」
「……親父が何を考えているのかは知らないが、俺たち兄弟を試すためだと思っている。俺は朧気の社長の椅子に興味はないが、他のやつらがなるくらいなら俺がなっても構わないと思ってはいる」
今日時枝さんに指示を出したのは異能力友好派のトップ、士門さんの兄弟だもんな。撲滅派も性根が腐っている人が多いと聞く。
俺が静観派に居続けることを進めたように、孝義さん的には士門さんに次いでほしいと思っているのかもな。
「それにしても、マスターが士門さんだとは思いませんでしたよ。士門さんは子供もいらっしゃるっという記事を読んだことがありましたので」
「……俺は表舞台にもパーティーにも顔を出さないからな。息子はちょうど今年大学生になったな。俺とは違い、朧家を背負っていける素質がある。俺は自分が社長になることよりも育成することに力を入れたいと思っている。そういうわけで、今日は助かった、千尋」
「へっ?」
「……千尋は多分、明良に教訓として学ばすために、あえて行かせたんじゃないかと思う。千尋が本気でやばいと思っていたら、異能力を使って明良を止めたはずだ。ほとんどの人は事件のことで手一杯で気づかなかっただろうが、傍から見れば、明良が意気込みすぎているのは明白だったからな」
「今日の発言を訂正する。明良はまだまだ高校生。地に足がついていないものは失敗する。気を付けるがいい」
「……ははっ。ふははははははははははははははははは!」
「マスター、明良がおかしくなった」
「……明良はまた一つ成長したってことだ」
なんだよ、全ては手のひらの上だったってことかよ。俺は本当に甘ったれだ。でも、これからもこの人たちの元で活動できることが何よりも嬉しい。
それに、本当に千尋さんは面白い人だな。かなり魅力的なくらいに。




