第三十八話 異能力対策局への疑念 (side明良)
長谷部さんを交えた会議によって、俺たち異能戦線の方針は決まった。烈花さんと千代ちゃんはカフェで情報収集をしており、霧生さんと湊と星村は都市部でパトロールをしている。
九十九日市での事件の情報や被害者の容態に関しては長谷部さんに任せている。となると、今の俺ができることは異能力対策局との連携を強めることであろう。
今回の事件における情報規制やこれからの動きなど聞きたいことはたくさんある。これは他の人にはできない。スポンサーであり西園寺である俺だからこそできることだ。必ず皆の役に立つような情報を持って帰ってみせる。
「本当に高校生とは思えない。昨日の今日で異能力対策局の小山内にアポイントメントを取ることなんて普通はできない。さすがは西園寺。とても役に立つ」
「せっかく西園寺に生まれたんだからな。使えるものは使わせてもらうさ。西園寺の名前が役に立つことなんて早々ないからな」
俺は千尋さんと共に都市部の異能力対策局に向かっていた。ちなみに俺は千尋さんに敬語で話していたが、もっとフランクでいいと言われたので、友達に接するような態度になっている。
昨日、異能力対策局に行くということを霧生さんに伝えたら、千尋さんが今日は初めからカフェにいたのであった。今日からは霧生さんの負担を考えて、家が近い俺と千代ちゃんは西園寺の車で一緒にカフェへ行くことになったのだが、そうなると当然二人は顔を合わすこととなる。
二人はお互いの存在を確認すると、一気に動きがぎこちなくなり、不自然に距離を取り始める。千尋さんは事情を話してくれないというなら、こっちの問題は長引きそうだな。
「そういえば、千尋さんの異能力で一つ疑問がある。触れて命令しないと異能力が発動できないって結構条件厳しくないか? 昨日も話題に上がったが、鋼鉄化や獣化の異能力には触れる前にやられてしまう気がするし、今までどうやって来たんだ? そういう場面も少なからずあっただろう?」
俺が千尋さんに問いかけて瞬きをした。ん?
……消えた。瞬きをした瞬間、俺の目の前から千尋さんが消えた。どうなってるのかと状況確認をするために振り返ろうとする。
ムニっとした音と同時に俺のほほに何かが突き刺さる。よく見てみると千尋さんの人差し指であった。
「って何してんだよ!? てか、いつの間に移動したんだ!?」
「普通に。あなたが瞬きした瞬間に背後に隠れ、ゆっくりと反対側に回った」
「いや、全然気づかなったぞ! いくら俺が気を抜いてたとしても、そんなことできるものなのか?」
「できる。これが私の特技。異能力が発現してから気配を断つことができるようになった。これがあれば相手に気付かれることなく触れることができる。気づいた時にはもう遅い。私の異能力が発動している」
気配を遮断する方法というのは武術の一部としてあったような気がする。それを霧生さんのように元自衛隊員でもない千尋さんができるものなのか?
まさか、自分の気配を制限するように異能力を発動しているわけでもないだろう。異能力が発現してからというのが気になるが、とにかく素晴らしい特技であることに変わりはないか。
「驚いたぜ。流石だと褒めとくべきか?」
「構わない。これぐらい朝飯前。別に褒められるようなことではない」
そう言っている本人であったが、若干どや顔をしているのが分かる。マスターや霧生さんの言う通り、無表情、不愛想に見えて、そこには確かな感情があると俺にも分かる。ゆえに気になってしまう。
「千尋さんは千代ちゃんのことが嫌いなのか?」
「……嫌いではない。いきなりどうした? 千代に関する話はマスターで間に合っている。明良がすることではない」
「千代ちゃんは俺の方がマスターより付き合いの長い仲間なんだぞ。俺にだって聞く権利ぐらいはあるだろう」
「そう。付き合いが長くても、私には答える義務はない。そもそも、あなたと一緒にいるのは任務の一環。そうでなければ一人でパトロールしている」
「じゃあ、俺たちのことが、霧生さんが、マスターのことが嫌いなのか?」
「……嫌いではない。私にも色々とある。明良はさっきからうるさい。うるさい男はもてない。黙った方がいい」
「はいはい、分かりましたよ」
この感じだと、本当に気まぐれで突き放したってわけではなさそうだな。
(「あの、霧生さん。千尋さんって普段からあんな風にきつい態度をとる人なんですか?」)
(「そんなことはねぇ。あの無表情っぷりと図々しさはいつものことだが、誰かを本気で貶すようなことをするのは初めて見る。そもそも異能力を持ちながらも、いい人間だと朧家の現当主、朧孝義さんに認められたからこそ異能戦線に入れたんだからな。それにこのチームにいるってことは俺も信頼している」)
俺から見ると、千尋さんは優しい部類の人だ。本気で誰かを貶すことができるような人じゃない。理由は多分、俺たちが思ってるよりも単純なことだ。それを本人が話してくれないと始まらないんだが。
なんていうか、九十九事件の時の俺と湊のようだ。みんな、不器用なんだな。不器用なりにその人のことが大切で、一生懸命なんだろうな。
(時間が解決してくれる、か)
そんな時間を待たなくても、何かきっかけさえあれば解決するはずだ。これからも千尋さんとは一緒に行動することが多いだろう。どうにかできればいいな。
「明良。黙れと言って、本気で黙るやつがどこにいる。到着するまでの暇つぶしはない? 話題のない男はもてない。喋った方がいい」
「聞き上手の方がもてるんじゃないか。ま、俺はどっちでももてるから構わんがな」
「うざい。事実っぽいのが余計にうざい」
「そうか? もててもいいことなんてそんなにないぞ? それこそこの前なんて……」
千尋さん、黙ってと言って雰囲気を悪くしたことを後悔してるんだろうな。はぁ、本当に不器用な人だな。少し魅力的なくらいに。
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「本来ならこちらから出向くべきだったのですが、今日はここまでご足労いただきありがとうございます」
「いえ、事件のこと以外にも質問したいことがありましたので、全然構わないですよ。むしろ、急な連絡に対応していただきましてありがとうございます」
異能力対策局に到着した俺たちは前回のように受付の人に応接室へ案内された。そこにはすでに小山内さんが座っており、お茶を飲みながら俺たちのことを待っていた。
「お二方とも、お茶はいかがですか? 前回と同じものになりますが」
「いえ、結構です。時間は一刻を争うかもしれないので」
「私も同意。遠慮する」
「そうでございますか。では、今回の話し合いを始めるとしましょう。まずは、九十九日市における失踪事件と銃撃事件からでよろしいでしょうか?」
「はい。そちらが一番大切なので、そこからお願いします。長谷部さんの方から大体の事件の記録は伺いました。異能力対策局の方針はどうなっているのでしょうか?」
「そうですね……。まず、私たちとしては、今回の事件は三年半前の事件とは関係していない上に、能力者によるものだと判断しています。そうでなければ説明できないことが多いですからね。かといって、市民にそれを公表する必要性があるとは思っておりません。能力者であれ、非能力者であれ、銃を使った事件であることは確実です。であれば、余計な心配事を増やさないのも一つの手段であると考えております」
「本当にですか? 犯人が能力者ということは市民の警戒度を一段階上げると思いますよ。異能力対策局はこれ以上異能力による事件を増やしたくないだけじゃないですか? 犯人が捕まって能力者だということが分かっても、世間に発表する気はないんじゃないですか? 向かい風をより強くしないためにはその方が都合がいいでしょう」
「いえ、そのような考えは微塵もございません。ひとえに市民が混乱しないための策なのです。私たち異能力対策局は九十九日市外への移動を推奨しております。都合が悪いのはどちらかというと九十九日市の役所の方たちでしょう。私たちは最終的に異能力を受け入れた世界が実現できるのであればそれでいいのです。それまでは、市民の皆様から批判されようと市民の皆様の安全が最優先だと考えております」
言っていることは理解できる。これからも能力者が増え続けていく時代。どんなことがあったとしても異能力を受け入れざるを得ない状況になることだろう。もちろん厄介な出来事も増えていくが、対応手段も増えていく。
体制が盤石なものになるまで、市民の安全はできる限り守っていくが、ある程度の犠牲も仕方ないという風にも聞こえる。
「なるほど。では、犯人が捕まるまでの間、異能力対策局は具体的にどのような対策を取っていくのでしょうか? 情報収集は警察の方々が行うとしても、実際に能力者と戦うのであれば、対能力者部隊は必須なはずです。防弾チョッキを着ていたとしても、どんな異能力かも分からないなら警察が戦わない方がいいのではないですか?」
「私もそう思っております。よって対能力者部隊には都市部と東西南北の五つに拠点を構えてもらい、九十九日市のどこで事件が起こっても早急に対応ができるようにしてもらっています」
「九十九日市の事件は三年半前の事件とは関係ないということにしたと先ほどおっしゃいましたよね。俺もそう思います。ですが、異能戦線や警察、異能力対策局の対応も含め、次に事件が起こることを予見していると思います。これは理由があったうえでの単一の犯行ではなく、三年半前の事件を踏まえた連続事件に発展すると考えていますよね。それはなぜでしょうか?」
「いえ、そういうわけではありません。単純に犯人の動機が分かっていないからです。今回失踪した人物と銃で撃たれた人物に関係性は特にないというのが今朝、警察が出した結論です。よって今のところ無差別な犯行であり、これからも続く可能性が高いと考えております。九十九日市の全勢力が事件解決のために動いていますが、犯人の情報は銃を持っていることと、能力者であること、身長が百七十センチもある黒ずくめの男ということだけです。犯人がすぐさま行動するのであれば、事件を未然に防ぐのは難しいでしょう。しかし今、九十九日市では県全体の警察が協力して九十九日市全域を調査しています。時間が経てば経つほど追いつめられるのはあちらです。一週間以内には解決できるのではないかと考えております」
「そうであるならば、なおさら能力者であることを公表した方が良いのでは? 皆がもっと気を付けるようになれば犯人は動きづらくなるでしょう。そこをじりじりと追い詰めていけばいいのではないですか?」
「……明良様。ここから先は私個人の見解になります。今回の二つの事件。共通しているのは一発の銃弾だけなのです。犯人はそれ以上撃つことをしていないのです。犯人はこの一発で何かを見極めているのだと考えています。それは何だと思われますか?」
「見極める? 犯人が一発しか撃たないのは残りの弾数に限りがあるからか、銃の能力者で異能力を使うたびに異能物質を消費するからではないですか? どちらにしろ無駄遣いをしないためであって、見極めているというのは感覚と違う気がします」
「確かにその説も十分に考えられます。ならば、そこの異能戦線の方に質問をします。何を見極めているのだと思われますか?」
「私? 今日の話し合いは西園寺と異能力対策局のもの。私が答えるべきではない」
今回は俺と小山内さんの対談。千尋さんはずっと黙っていた。いや、自分の立場的に話すべきではないと考えていたのか。
「いや、千尋さん。異能戦線であるあんたなら、別に意見を出してもいいと思うぜ。ですよね? 小山内さん」
「はい。私としては異能戦線での評判が高いあなたの話も聞いてみたいと思いました。よろしければ答えていただけないでしょうか?」
「二人がそういうのであれば、承知。犯人が見極めているのは恐らく、能力者かどうかということ。才能のあるものは命の危機に瀕して異能力を発現することがあると聞いている。恐らく、失踪しているのは能力者ではないかと考えられる。犯人は特殊なことのできる銃使いの能力者だと考えるのが妥当」
「なっ! それが本当ならなおさらやばいじゃないですか! 犯人は能力者を使って何かしようと考えているということですよね? やはり、犯人が能力者であることは伝えるべきです。こんなのまるで……」
「多分誘っている。今回の被害者は全員生きている可能性が高い。だから、最終的に解決するのであればいいと考えているかもしれない」
「いえ、そんなことはありません。何事もなく、事件を解決できるに越したことはないでしょう。ただ。事件を未然に防ぐうえでも犯人が動きやすい環境を作り、そこを押さえたほうがいいのではないかという案もあります。最初に言った通り、当初の目的は混乱を避けるためであります」
おいおい、それは警察側の意見だろうよ。異能力対策局は誘ってるってことじゃないのか。この方針、俺の方でどうにかできないのか。
「どう考えてもこれは危ないことです。スポンサーである西園寺として能力者であることを公表するよう異能力対策局に打診します。異論はありますか?」
「明良様、残念ながら、これは同じスポンサーである政府の意見でもあります。この意味がお分かりですか?」
今の異能力対策局を支援しているのは与党である政府。どちらにせよ荒れるのであれば、しっかりと犯人を捕まえろということ。万が一ここで犯人を取り逃せば、追及は免れない。
他の派閥が一気に押し寄せるであろう。日本全体での混乱を避けるためにも今はこれがベターな解答ということなのかよ!
「くっ! ……本当に未然に防げるんですよね? 俺は信じますよ。異能力対策局を!」
「明良様はこの他にも話があるとおっしゃっていました。どうやら異能力対策局に疑問を感じられているのではないですか? 答えられることであるならば、他にもお答えしますよ」
「異能力対策局は異能差別や異能格差をどう考えているんですか? この前の獣化の能力者は学校で差別を受けていました。もっと対策をするべきではないですか?」
「その問題は非常に難しい問題です。差別や格差というのは異能力に限らず解決できていない問題の一つなのですから。明良様のお仲間である雲雀くんと星村さんもそうですが、もっと異能力が受け入れられるようになるまでは学校側にも能力者であることは隠しております。また、能力者は異能力対策局でもきちんと管理されております。学校における説明会での通り、異能力による犯罪の罰則は重たくしております。今はこれが精一杯なのです。今回の事件のように重い罰則があると知っていても事件を起こすものもいます。新時代を目指すうえでイレギュラーは必須。まずはそちらを順調に片付けるのも仕事の一つだと考えております」
「だからといって、異能差別や異能格差を置いといていい話でもないですよね? もし、二人が能力者であることがばれた場合はどうするんですか?」
「そのことによって生活に支障がでた場合は、最大限の支援をさせていただきます。高校をきちんと卒業できるように致しますし、あなた方が離れ離れにならないようにも致します。異能差別や異能格差自体をどうにかすることは現状では難しいのです」
「……そうですか。ならばひとまずは、それでいいです。俺はただ異能力対策局がよく分からないんですよ。父さんと同じでどこを見据えているのか分からないんです」
「明良様、それは簡単なことです。異能力が当たり前の世界を実現するために一番大事なことは、世界に受け入れられることです。私たちの最終的に受け入れられればいいというのは世界のことを指しているのです。よって、能力者が増えるにつれて、色々な問題が起き、それを一つずつ解決していかなければならないと思っております。その中でも、異能差別と異能格差は能力者がもっと増えるまで様子を見ていたいのです。そうすれば、変化することもあると私は考えております」
朧孝義さんのことが頭に浮かぶ。今の状態は不安定。世界に異能力が危険だとされれば、日本がどうなるかは分からない。だから、そっちの方にリソースを割きたいというのが異能力対策局の方針なのか。
「分かりました。事件のことも今はそうするしかないということを理解しました。この事件が無事に解決できることを願っていますよ」
「はい、私もです。それでは、気を付けてお帰りください。今は犯人がいつ動くのかは分かりませんから」
俺と千尋さんは異能力対策局のビルを後にする。俺は果たして西園寺として活躍することができただろうか。小山内さんの私見ではあったが、重要な情報は手に入れた。異能力対策局の具体的な考えも聞けた。
いや、まだまだだ。みんな危険を顧みずに頑張っている。俺ももっともっと頑張らないと。
「それにしても千尋さん。さっきの話、おかしくないか? 一発の弾丸で判断しているのなら、どうして失踪事件では血の痕跡がなく、銃撃事件では血が流れるんだ? 銃痕はどちらも一発しかないんだろう? 一発目で判断して、二発目で特殊な異能力を発揮するというのなら分かるんだが」
「それは私も疑問に思ってる。でも、能力者の判別をしているのは合っているはず。そこからどうやって連れ去っているのかは疑問。どんな異能力なのか全然分からない」
「犯人は身長が百七十センチぐらいある黒ずくめの男ということしか確認できていないしな。二人組って線もないのか。うーん、難しいな」
「とりあえず、今日は帰って情報共有すればいい。全員で考えれば何か思いつくかも知れない」
「そうだな。異能戦線は一人ではないからな。みんなでなら、どうにかなるか」
今日は話し合いで疲れたから、マスターのスイーツでも食べてから帰るか。運動後もそうだが、頭を使った後のスイーツもまた格別だからな。
「そこの二人。ちょっとすまない、止まってくれないか。少し、話がしたくてさ」
「あん? なんですか、こんなところで。変な勧誘はお断りですよ。行こう、千尋さん……。千尋、さん?」
見ると、千尋さんは話しかけてきた相手を警戒している。一体どうしたんだ?
「千尋さん、流石にこんな人の多いところで犯人が事件を起こすとは思えない。目撃情報とも違う背丈と恰好をしている。この人は一般人ですよ」
「違う! こいつは犯人でもなければ、一般人でもない! こいつは! 異能力友好派の人間!」
「なにっ!」
「久しぶりだな、真白千尋。俺は異能力友好派の時枝隼人だ。西園寺明良。今日は異能力静観派である、あんたを誘いに来た。よろしく頼むよ」




