第三十七話 作戦会議
銃撃事件が起こった翌日。その情報は色々なメディアを通して九十九日市に発信された。犯人はまだ捕まっておらず、九十九日市に潜伏しているかもしれないということは多くの人に恐怖を与えた。
当然と言えば当然の話ではあるが、学校は休校となった。予定としては一週間ほど休校するらしい。それに伴って十月の中旬に行われる中間テストも延期することとなった。
それまでに犯人を捕まえることが、事件を解決することができるだろうか。
やることもない俺は必然的に異能戦線の拠点へと向かうしかないのだが、その前にやっておきたいことがあった。
「もしもし、羽場か」
「おっす、雲雀。どうした? 電話なんか珍しいじゃないか」
「いや、羽場も知っての通り、今、九十九日市は大変な状態じゃないか。だから、大丈夫かなってさ」
「おう、それはありがとな。確かに今はかなり物騒なことになってるからな。でも心配しなくてもいい。俺の住んでるところは九十九日市の西側、事件が起きた場所とは遠いからな」
「それでも、気を付けておいた方がいい。不用意な外出や夜遅くの外出、人通りの少ない場所に行くことは控えたほうがいいと思う」
「なんだ、この事件って、まだ続く可能性があるのか? もしかして西園寺の方から何か聞いてるってことか?」
「まあ、そんな感じだ。この事件は三年半前の連続失踪事件と銃撃事件に関わりがある事件かもしれない」
「おいおい! それマジなのかよ!? めちゃくちゃ有名な事件だろ!? ニュースじゃそんなこと一言も言ってなかったぞ!」
「昨今の異能力事情で九十九日市の評判は悪くなっている。九十九日市としては、外に人が流れるのは困るだろうから、隠しているのかもしれない。単純に事件の関連性が未確定な状態で発表したくないだけかもしれないけど」
俺もあれから家に帰って九十九日市の状況をニュースやSNSで確認してみた。すると、犯人が能力者である可能性どころか、例の事件との関連性も発表されてなかった。
九十九事件が起きてから、マスコミは九十九日市に注目している。情報をすべて隠すことなど、不可能に近い。
これは、異能力が当たり前の世界を目指す異能力対策局とその支援者である西園寺家や政府が介入している可能性が高いと思っている。異能力対策局としてはどうにかして能力者の線を断ち切りたいことだろう。
「市民の安全よりも、九十九日市への不満を減らしたいってことか。確かに、事件があってから俺の家は九十九日市外への移動をどうするか再び考え始めているからな。こうも立て続けに問題が起こっちゃ仕方がないとは思うが」
「……羽場は、移動する気はないのか? 正直、九十九日市で能力者が発生しているというより、九十九日市に能力者が集まってきているという筋も否定できないよ」
「何度も言うが、俺は彼女次第なんだ。昨日も話し合ったが、彼女の気持ちが変わることは無かった。どんなに危険でも俺はこの九十九日市でやっていく。雲雀もそうなんだろう?」
「ああ、そのとおりだよ。俺はみんなを守る。それはもちろん羽場たちもだ。俺は黒峰との戦いの中、これ以上俺たちが危ない目に合うなら、最悪殺してしまうかもしれないと思った。でも、実際にはできなかった。俺たちが殺されるかもしれない状況になっても俺はどちらかを選べなかった。愚かな行為かもしれないけど、今ではそれで良かったと思える。もう一度言う、俺はみんなを守って見せるよ」
「雲雀……。俺はその選択が間違っているとは思えない。それでも自分をもっと大切にしろよ。雲雀のことだ。選べなかったっていうのは自分を犠牲に両方を守ろうとしたってことだろ。申し訳ないが、俺が選ばなければならない場面になったら、雲雀たちを見捨てる。綾森や黒峰まで見捨てるかもしれない。そして、俺は俺と彼女が生き残る選択をとると思う。例え世界を敵に回したとしてもな」
俺と羽場の意見は真っ向から対立している。どちらかが正しいかは分からない。これにも答えがないからだ。だとしても……、
「……そうか。俺は羽場の意見に賛同はできないけど、尊重はするよ。その覚悟は多分俺にはないものだから」
「俺だって、みんなを守るために自分を犠牲にできる覚悟なんてない。俺も雲雀の意見を尊重する」
「はあー、そんな選択を迫られる様な状況にはなってほしくないけどな」
「俺もだ。だからひとまず、事件が解決するまでは大人しくしておくよ。綾森にもそう言っておく」
「ありがとう、助かるよ。俺は俺で事件を解決できるように頑張ってみるからさ」
「なんだよそりゃ。っ! 雲雀、お前まさか! ……いや、詮索はよしとくぜ。事件が解決できるように祈っとく。それと、黒峰のことだが、徐々に異能力を制御できるようになっているみたいだ。まあ、この学校への復帰は難しいだろうがな。雲雀、お前の選択のおかげで黒峰の今がある。本当にありがとな。無理をするなとは言わんが、自分のことをもっと労れよ」
「黒峰が……。それは本当に良かったよ。分かってる。俺も死ぬ気はないからさ」
「だといいんだがな。俺たちのことを気にしてくれるのもありがたいが、雲雀は雲雀で自分の一番守りたいものを優先しろよな」
「……」
「いや、すまん。雲雀の意見を尊重するんだった。けどな、最後に言わせてくれ。お前が死んだら、俺は悲しいぞ。……じゃあな、また学校で会おう」
「……ああ、また学校で」
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羽場との電話の後、適当にインスタント食品で昼ご飯を済ませた俺は、一人で異能戦線の拠点であるカフェに向かっていた。俺の家からカフェまでは五分もかからない。近くのコンビニに行くほどの手軽さである。
よって、流石に車で送らなくても大丈夫だということになり、行くときと帰るときに霧生さんに連絡をして、到着したら再度連絡をするという形になった。
「……」
俺は羽場に言われたことをずっと考えていた。この話を異能力が復活してから何度考えたことだろう。
しかし、今は銃撃事件という命を落とす出来事に関わろうとしている。消しても消しても頭の中に浮かんでくるのであった。
(大丈夫、今は俺だけじゃない。霧生さんという頼れる大人がそばにいる)
カフェに到着する手前で、俺は無理やり考えるのをやめる。暗い顔をみんなに見せて心配させるわけにはいかない。今は銃撃事件や失踪事件のことに集中しよう。
「おじゃまします」
「やあ、湊くん。久しぶりだね」
「あれ、長谷部さん? どうしてここにいらっしゃるんですか?」
「それは、今回の事件で異能戦線と警察が協力することになったからだよ。数々の事件の記録は警察の方がしっかりとしているからね。つまるところ、情報を共有しに来たのさ」
意外なことにカフェにいたのは長谷部さんであった。どうやら一連の事件について警察が持っている情報を提供してくださるらしい。これは考察が捗りそうだな。
「マスター。霧生さんは迎えに行っているんですか?」
「……ああ、時期に帰ってくるだろう。雲雀、何か頼むか。長谷部さんも」
「じゃあ、エスプレッソを一つ。ミルクもお願いします」
「ではお言葉に甘えて、アメリカンコーヒーをお願いします」
「……あいよ」
俺たちはドリンクと霧生さんがやってくるのを待つ。せっかく長谷部さんがいるんだ。この機会に何か尋ねておきたいな。事件の情報はみんなが来てからだろうし、どうしようか。
「湊くん、最近の調子はどうだい?」
「え? ああ、調子ですか。全然元気ですよ。学校の事件での打撲も治りましたし、万全といった感じです」
「そうか、それならよかった。……湊くん、こんなことをいきなり聞くのはおかしいんだが、一つ質問をしてもいいかい?」
「あ、はい。なんでもどうぞ」
長谷部さんの方も俺に何か聞きたいことがあるのか。一体何だろう。
「君のお父」
「おーい、今帰ったぞ。っと、もう来てたんですか長谷部さん。今日はわざわざありがとうございます」
「いえ、こちらは協力をしてもらってる側だ。気にすることではないさ。見た感じ、全員揃ってるみたいだね。それでは、一回落ち着いたら件の話に移るとしようか」
何かを質問しようとしていた長谷部さんだったが、霧生さんが帰ってきたことで話がそれてしまった。途中で中断するぐらいなのだから、大した質問ではなかったのだろう。
「それで、今回九十九日市で起きた失踪事件と銃撃事件について説明しようと思う。まずは、失踪事件から。この事件は一昨日の夜、とある家から旦那が帰ってこず、音信不通であるという連絡があった。その日は土曜日で仕事もなく、夜に都市部へ買い物に行ったきり帰ってこなかったらしい。それで、事件性があるのかを判断していたのが昨日の銃撃事件が起こるまでの話だ」
「そういえばなのだけれど、関連性のある銃弾の痕跡というのはどうやって判断しているのかしら? 失踪事件なのだから、どこで失踪したのかも分からないわよね?」
「それが、失踪した人の目撃情報を整理して、最後に確認された都市部の裏通りを探していると、地面に銃痕があることが分かったんだ。これは三年半前の失踪事件と類似している」
「でも、銃弾で撃たれてるとしたら、血が出るはずよね? 血の痕跡は確認できなかったんですか?」
「それが不思議なんだ。失踪事件の方は血の痕跡が確認できない。だからこそ、本当に失踪事件と銃撃事件を結び付けていいのか悩んでいる。銃撃事件の方は被害者が撃たれた痕と、血が流れた痕跡があるからね。ただ、どちらも弾頭も薬莢もなく、銃痕しかないというのは類似しているんだ。普通は弾頭は残り、ライフルマークが確認できるはずなんだが、それも存在しない。これは犯人が回収しているからだと思われる。しかし、今回の失踪事件では銃声を聞いたという情報もあったんだ。これらのことから九十九日市の二つの事件は同一犯人の仕業だと考えている」
銃痕に加えて、今回は銃声の情報まであるのか。九十九日市の失踪事件と銃撃事件は関係ありそうだが、三年半前との事件の関連性は薄いかもしれないな。
「そして、銃撃事件の方の話だけど、今回は情報がある」
「ありゃ? 足取りがつかめてねぇという話だったんじゃないでしたっけ?」
「そうだね。今回も犯人の逃走経路は分からなかったが、調べていくうちにおかしな人物の目撃情報と銃声の情報はあったんだ。銃撃事件の方は昼間だけど、こちらも都市部の人気が少ない裏通りで起こった。銃痕と銃声。このことから一人は同一人物と思われる犯人がいるという可能性は非常に高くなっている」
「犯人の目撃情報っていうのはどんな感じなんでしょうか?」
「背丈が百七十センチはある黒ずくめの男が確認されたっていうことだね。だけど、目撃情報が途中でどこかに消えてしまい、足取りは掴めていない」
「一人はってことは、失踪事件の方は二人以上いるってことですか?」
「その可能性は高い。銃と失踪というのはどうしても結びつかないからね。失踪事件の方は二人いるんじゃないかというのが今の警察の見当になる」
「昨日の銃撃事件の被害者は容体はどうなんですか?」
「残念ながら、まだ目を覚ましていない。傷自体はかなり深いものだったからね。被害者の復活を待つのも大事だけど、その間に事件が起こるかもしれない。悠長にはしていられないよ」
「そもそも九十九日市の事件と三年半前の事件が関係していないかもしれないという可能性は?」
「こちらも難しい話だ。関係しているのは謎の銃痕だけ。三年半前の事件に至っては銃声が確認されていないからね。どうしたらいいものか悩ましいところではある」
「長谷部さん、この事件、犯人が能力者というのであればすべて解決するんじゃないですか? 何か特殊な能力を銃に付与する異能力があっても俺は不思議ではないですけどね」
「……ふうー、やはり、その線しかないのだろうか。僕もその可能性が一番高いと思っているよ。二つの事件は同一の能力者による事件だとね。全く頭を抱えるしかないよ」
この犯人が能力者である場合、異能力が復活してから一か月の間に同じ地域で異能力事件が三回も起こることとなる。
異能力を受け入れた世界を目指すうえで、さらなる向かい風となるだろうな。いよいよみんな、九十九日市外への移動を考えるかもしれない。自分の生まれ育った街が廃れていくとなると辛いものがある。
「とりあえず、九十九日市と三年半前の事件の関係性は置いといて、今ある目撃情報や銃声から捜査していくしかねぇかもな。こっちの問題さえ片付ければ、当面の九十九日市の安全は保障されるんだからよ」
「僕もそう思う。あちらの事件とは切り離して考えたほうがいいと考えている。この事件が解決できれば、自ずとあちらの事件も解決できるかもしれないからね」
「それにしても失踪事件と銃撃事件のどちらもを可能にする異能力ってなんなのかしらね。そもそも目的が分からないわ」
「それだけのことをできるってことは、犯人の異能力における才能はとても高いのかも。本当に霧生さんも凜も湊も捜査に当たるの? 私たちと同じ情報収集と考察だけでいいんじゃない?」
「僕も小鳥遊さんに賛成だ。霧生さんはまだしも、二人は参加するべきではないと思っている。君たちは異能戦線のメンバーだとしても、そこまで責任があるわけではないだろう。これは大人の仕事だ。君たちが危険に巻き込まれる理由は無い」
長谷部さんの言う通りではある。相手は霧生さんでも無理だと言わせた銃を扱っている。その上、どんな異能力を持っているかも分からない。だけど、俺は羽場に警告したように俺の大切な人は全員守りたい。
「長谷部さん。お言葉はありがたいですが、私は霧生さんと一緒に捜査にあたります。九十九事件のように私の異能力が多くの命、大切な人の命を救えるかもしれないから。それをできるかもしれないのに、黙って誰かが被害にあったら私は絶対に後悔します。だから、私にやらせてください」
「私も雲雀くんと同じよ。このままじゃ霧生さんの命が危ないわ。それでも、私と雲雀くんの異能力があれば、無事に事件を解決できるかもしれないもの。ここで何もしないという選択肢は私にもないわ」
「……はあー、お前らの決意は固いんだな。だそうだ長谷部さん。俺が責任を持って守るから、どうか捜査に当たるのを許してくれねぇか? 俺もこの二人がいれば救える命があると思ってる。長谷部さんも自己犠牲の精神は嫌いじゃねぇだろう?」
「……その言葉は僕には効くね。分かったよ、霧生くん。二人のこと任せたよ」
「おう、絶対に守って見せるぜ」
「ったく、ここまでくると、俺の方も何も言えないな。ただこれだけは約束してくれよ。絶対にみんなここへ戻ってくると」
「おう!」「当たり前だよ!」「当然ね!」
「そうとなれば、私と小鳥遊先輩は頑張って情報を集めましょうか」
「それもそうだけど、千代。あなた勉強の方は大丈夫なの? 中間試験が近いわよね?」
「しー! それは言わない約束ですよ。こんなの千尋姉に聞かれたらなんて言われるか分かったもんじゃ、ってあれ? そういえば千尋姉がいないですね」
言われて回りを見ると、確かに千尋さんがいない。一昨日まではこのメンバーで全員だったから、すっかりこれで全員いると思い込んでしまっていたな。千尋さんはどうしたんだろう。
「……昨日、お前らが帰った後に、俺と千尋で話し合いをしたんだが、思った以上に頑固でな。何も答えてくれず、千代を脱退させての一点張りだ。挙句の果てには私がいなければいいんでしょと、今日もずっとパトロールに出ている。全く、こっちの方も困ったものだ」
「……そう、ですか。それは残念ですね……」
「千代、落ち込むことはねぇ。千尋にも何かしらの考えがあると思う。あっちの方も話してくれまでは時間をかけていこうと考えている。あいつもいつか話してくれる時が来ると信じているからな」
「千尋さんか。彼女は一人で行動させても大丈夫なのかい?」
「大丈夫だ。千尋はああ見えて、独自の生存技術を持っている。本人も言ってたが、そう簡単に失敗をするようなやつではねぇからな」
「そうなんですよ。千尋姉は私とは違って完璧ですから」
「おいおい、そう卑屈になんなよ。千代には千代の良さがあんだからよ」
「……そのとおりだ。あまり気にするな。話の結論としては、霧生と雲雀と星村はパトロールをしながら情報収集。明良と千尋が独自のルートで情報収集。小鳥遊と千代がここでできることをやるということで変わりないな?」
「「「はい!」」」「「おう!」」「ええ」
「それじゃあ、僕は僕の方で情報を集めてみる。今日の話し合いはこれで終わりしよう。マスター、おいしいコーヒーをありがとうございました」
「……気にするな。これが俺の仕事だからな」
こうして俺たちのこれからの方針が本格的に決まった。無事にみんなが生き残ることを祈るばかりである。




