第三十六話 摩擦
「それよりも千代。私からあなたに伝えたいことがある」
「な、なんですかそれは?」
「千代、あなたは異能戦線をやめて」
「えっ? ……それって、どういうことですか?」
「そのままの意味。あなたには異能戦線のメンバーから脱退してほしい」
真白のお姉さんは声色一つ変えず、無愛想に答える。この人も星村と同じように感情をあまり表に出さないタイプのようだ。
それより、いきなりやめてほしいとはどういう理由なのだろうか。
「そういうなよ真白、じゃねぇや。二人いるからな。千尋、別にそんなこと言わなくたっていいだろうが。千代は異能戦線のメンバーとして活躍してくれている」
「違う。そうじゃない。霧生が千代を誘ったのは、私の妹だと勘づいていたから。千代にも私のように異能力が宿る可能性が高いと考えたから」
「それは否定しない。確かに真白千代という名前を聞いたときにお前の妹かもしれねぇと思ったし、お前のような便利な異能力が発現するかもとは思っていたからな。ま、それも最初だけの話だ。今は立派な異能戦線のメンバーだと思ってる」
「便利な異能力? 千尋さん。私は雲雀湊と申します。その、千尋さんにも異能力があるんですよね? どんな異能力なのか伺ってもよろしいですか?」
「存じている。私も自己紹介が遅れた。私は真白千尋。そこにいる真白千代の姉。私の異能力はシンプル。相手の行動を制限する異能力。実際に見てもらった方が早い。凜、私のところまで来て」
「私のことも知っているということね。ええ、分かったわ。すぐそばでじっとしていればいいかしら?」
「それでお願い。それじゃあ接触する。これは命令。あなたの異能力を制限する」
「っ! これはなにかしら。体に何か不思議なものが広がるような感覚があったわ」
「凜、異能力を発動してみて」
「ええ、すうー」
星村が息を吸って異能力を発動しようとする。しかし、そよ風の一つも起こらない。
しばらく奮闘している星村であったが、ついには息を吐いて首をかしげるのであった。
「全然発動できないわね。これが千尋さんの異能力ということかしら」
「そう。相手に触れた状態で制限させる行動を命令する。これが発動条件。制限の持続時間は五分間。私が手を離してもその状態は続く」
これは確かに便利な異能力だ。触れてしまえば、実質的に相手を戦闘不能にできてしまう異能力。
そのために、霧生さんは俺たち五人の加入を許してくれたのか。真白に異能力が発現する見込みがあるなら、一般人と呼べるのは烈花だけだから。
「でも、それじゃあ危ないんじゃないかしら? このまま千尋さんに攻撃することはできるわよ」
パンチの構えをとる星村。確かに、相手が異能力だけでなく、体術を得意とする相手なら異能力の制限は意味をなさない。制限させる行動をもっと抽象的にしたほうがいいだろう。
「そのとおり。だからいつもは、これは命令。あなたの攻撃を制限する」
「あら? パンチを当てに行こうとしても途中で止まってしまうわね。すうー、……はあー。異能力も発動できないわ。これはいよいよもって、何もできなくなってしまったわね」
「千尋さん。私の感覚だと、攻撃はできなくても異能力は発動できると思うんだけど。発動できないってことは重ね掛けもできるってことですか?」
「もちろん。相手の異能力によってどちらから先に制限するかを決めている。この二つが決まれば、負けることはない」
「相手の異能力が絡めて寄りで、逃げることに使えそうなときは先に異能力を封じる。逆に異能力が攻撃的な場合は先に攻撃を封じるといった感じですか?」
「その認識で間違いない。どのみち、相手が驚いている間に二つの行動制限は決まることが多い。加えて、逃げることも制限すれば、私の勝ちは必然」
「これって、強制催眠や命令の類じゃないんですか? あくまで行動を制限するということでいいんですか?」
「それとは別物。五分間の間に何かの拍子で解けることはない。これは絶対。強靭な意思や催眠にかかりづらいという理由で異能力が不発することもない。ただ、嘘をつかないという制限をかけたとき、本当は嘘のことでも、相手が嘘だと思っていないことは口に出してしまえる。これが唯一の弱点」
「この状態でも攻撃の意思ではない行動ならできるということね。一度に二つのことを制限するのは無理なのかしら?」
「無理。攻撃と異能力を同時に制限はできない。従って、あまりにも抽象的な制限はできない」
なるほど。制限できる行動はある程度細かく指定する必要があり、制限はあくまで相手の認識に依存するのか。
なんだか、全然シンプルじゃないぞ。どっちかというと難しい異能力だな。少し頭がこんがらがってきた。
「実際、千尋の異能力は強力なものだ。三年前に異能力が消えるまで、かなりの功績をあげている。だから、この異能力の本拠地ともいえる九十九日市でも二人だけで活動できると考えた。それでも、できることは増やしておきたいから、お前らを勧誘したんだけどな。実際、鋼鉄化の異能力には千尋でも触れる前にやられるだろうし、ワープの異能力の事件もあそこまで上手くはいかなかっただろう」
「私はそんなへまをしない。その場で考えて自力でどうにかする。それはそうと、千代。もう一度言う。異能戦線をやめて」
「な、なんでですか。私だって、自分にできる限りのことはしています。これでも役に立っているんですからね!」
「それは嘘。あなたにできることは他の人にもできる。運動能力も勉強も得意じゃないあなたがやる意味はない。大人しく諦めて」
「っ!」
「おい千尋! それはひでぇんじゃねぇか? 千代は一生懸命仲間のために頑張ってる。それを馬鹿にすんのは、駄目じゃねぇのか?」
「……霧生さん。ありがとうございます。……もういいです。千尋姉なんて知りません!」
そう言い返して、千代は勢いよくカフェの扉を開けて外に出る。
「霧生さん、私が追いかけます!」
「ああ、頼んだ。小鳥遊」
烈花が続けて扉を開けて外に出る。まだそう遠くへいっていないはずだ。すぐに追いつけるだろう。俺たちはこの状況をなんとかしないといけない。
「おい千尋。お前ら姉妹に何があったかは知らねぇが、千代は異能戦線のメンバー、俺の仲間だ。お前は俺の仲間を馬鹿にした。それは許していいことじゃねぇ。今のはどう考えてもお前が悪い。次あったらちゃんと謝れ」
「別に間違ったことは言ってない。千代がわざわざやるべき仕事ではないからそう言っただけ。あなたの方こそ、千代に何を期待している? 霧生は、私のように有用な異能力が千代にも発現できると思っているだけ」
「最初はそうだったかもしれねぇ。打算的な目的はあった。だが、今は違う。俺のれっきとした仲間だ。それに、俺が何を考えていようと、千尋のやったことが正当化されるわけじゃねぇ。しっかりと自分でけじめをつけろ」
「……霧生の言う通りだ。どんな理由があるかは知らないが、今のお前は冷静じゃない。ここにテイクアウト用のホットカフェラテがある。パトロールがてら、頭を冷やしてこい」
「マスターまで霧生の味方をするの? ……分かった。外で頭を冷やしてくる」
ホットカフェラテをマスターから受け取った千尋さんは霧生さんを睨んだ後、外へ出て行った。
それにしてもマスターって、あれだけはっきりと物を言う人だったんだな。長いセリフを初めて聞いたから少し驚いてしまった。
「あの、霧生さん。千尋さんって普段からあんな風にきつい態度をとる人なんですか?」
「そんなことはねぇ。あの無表情っぷりと図々しさはいつものことだが、誰かを本気で貶すようなことをするのは初めて見る。そもそも異能力を持ちながらも、いい人間だと朧家の現当主、朧孝義さんに認められたからこそ異能戦線に入れたんだからな。それにこのチームにいるってことは俺も信頼している。……お前ら、二人の間に何があったか知らねぇか?」
「俺も湊も知っていますよ。ですが、千代ちゃんの許可なしに話はできませんよ」
「わりぃ、それもそうだな。今は小鳥遊と千代が帰ってくるのを待つしかねぇか。色々と考えが甘かったかもな。マスター、アイスコーヒーを一つ」
「……あいよ」
「俺たちも何か頼もうぜ。今は考えたって仕方がねぇよ」
「そう、だな。マスター、エスプレッソを一つお願いします」
「……あいよ」
こうして俺たちは二人が帰ってくるのを待つことにした。俺ははやる気持ちを抑えながら、カップに口を付けた。どれほど経過しただろうか。
一杯目のエスプレッソが無くなるころに扉が開いた。そこには、烈花と申し訳なさそうな表情で下を向く真白の姿があった。
「お帰り、烈花、真白。気持ちは落ち着いたか?」
「はい、いきなり飛び出して申し訳ありませんでした。大分気持ちの整理ができたので大丈夫だと思います」
「あれ、千尋さんはいらっしゃらないの?」
「ああ、今はちょっとパトロールに出てもらってる。気にしなくてもいい。外は寒かっただろ。まずは、座って何か注文しとけ」
霧生さんに促されて各々ドリンクを注文する。二人のもとにドリンクが届くと、口を開いたのは霧生さんだった。
「千代。今のやりとりを見るに、二人の間に何かあったのは明白だ。千代も千尋も異能戦線のメンバー、俺の仲間であり、このまま一緒に活動できればいいと考えている。できれば、二人の間に何があったのかを教えてもらってもいいか? 少しは手助けできるかもしれねぇ」
「……そう言っていただけるのは嬉しいです。でも、千尋姉の言っていることも事実です。私は運動も勉強も得意じゃない。私のやっていることなんて他の人の方が上手にできます。私なんて皆さんの足を引っ張っているだけで、いない方がいいかもしれないですよ?」
「真白、それは違う。俺は真白に何かを成し遂げてほしいなんて思っていない。真白がいてくれるだけで俺たちは力をもらえるんだ。これは一方的な関係じゃない。真白からは元気を、勇気を、温かさを、楽しさを受け取っている。だから、俺は、俺たちはそれを守りたいだけなんだ。真白は誰かの代わりじゃないし、誰にも代われない。そんな悲しいことを言わないでくれよ」
「っ!!! ……雲雀、先輩。……ありがとう、ございます」
今にも泣きそうなくらい震えた声で真白が答える。真白と出会った日から半年以上。時間が解決してくれたと思っていた。
けど、この問題は、しっかり解決しないといけないかもしれない。
「……千代。異能戦線はお前を必要ないと思ったことはない。それは潜在能力に期待しているからではない。お前がいるからこそ、みんなは頑張れている。それに応えようと、みんなのために頑張ろうとできるのはお前しかないない。一方的な関係ではないというのなら、お前がそれを証明して見せろ。他の誰かに譲るんじゃない」
「マスター……。駄目ですよ皆さん。そんなに優しくしないでください。心が温かくて、……何も言えなくなっちゃうじゃないですか」
千代は真下を向いて顔を伏せた。その表情は見れなくても、床に落ちる雫が確認できる。
「千代、別に今日じゃなくてもいい。明日でも明後日でも、一か月後でも、一年後でもいい。お前の気持ちの整理ができたら、そんときに話してくれ。今日は解散にする。今事故現場に行っても、集中できねぇだろ。帰る奴がいたら、俺が送ってく」
「待ってください! ……話させてください。みなさんがよろしければ、私たちの間に何があったか、話させてください!」
「……無理はしていないな?」
「はい、マスター。これからも異能戦線のメンバーであるために、仲間である皆さんに聞いておいてほしいです」
真白が服の袖で目を拭いながらみんなの方向を向く。俺たちは真白が話始めるのを静かに見守っていた。
「私たち姉妹は九十九日市に生まれました。私と姉の歳は十歳差とかなり離れていましたが、近所でも仲睦まじい姉妹と噂されるぐらいにはいつも一緒にいました。私は姉のことが大好きでしたし、姉も私のことが大好きだったと思います。私に何かあったときはすぐに駆け付けてくれました。悩んでいたら一生懸命に話を聞いてくれました。そんな楽しい日々が私は毎日続くものだと思っていました。……のに、それなのに」
「千代、ゆっくりでいいの。急がなくていいから、自分の思いをしっかりと言葉にしてごらん」
「小鳥遊先輩、ありがとうございます。それなのに、私が中学生になってから態度が急変したんです。いつものように悩みを聞いてもらおうと姉に話しかけたら、冷たい態度をとられて軽くいなされたんです。最初は私がいけないことをしちゃったのか、偶然機嫌が悪かっただけなのかなと思いました。でも違ったんです。それからずっと、千尋姉はあんな感じなんです。私を見ると態度を変えて、冷たく接するようになったんです。ほどなくして、千尋姉は家を出ていきました。それまでは働きながらも実家にいたのに。千尋姉とはそれっきり連絡がつかなくて、今の状態まで続いています」
俺は真白の話を一言一句聞き逃さぬように耳を澄ましていた。俺が前に真白から聞いた話と同じであり、真白の辛そうな表情もまた、同じであった。
「……なるほどな。俺は異能戦線に入ってから千尋と話すことは結構あってな、妹がいるという話は聞いてたんだ。だが、仲が悪いという話は一度も聞いてねぇから、こんな状況になっているとは知らなかった。だから、あいつが素直に答えてくれるかは分からねぇが、千尋の話も聞いてみようと思う。ありがとな、千代。俺たちのために、辛いことを打ち明けてくれて」
「いえ、いいんです。私たちは仲間ですから」
「……千代が中学生になったあたりと言えば、三年と半年前くらいか。……霧生、千尋が異能力を発現したのもそれぐらいじゃなかったか?」
「確かにな。千尋が前の仕事を辞めて、異能戦線に入ったのも俺と同時期だからな。こりゃ、異能力が発現したことと何か関係あるかもしれねぇ。千代と千尋の二人きりで話をさせたらヒートアップしちまうかもしれねぇから、千尋の方は俺とマスターで話を伺ってみようと思う。マスターも加われば素直に話してくれると思うからな」
「これからの異能戦線の集まりはどうするのかしら? 二人ともメンバーである以上、必ず顔を合わせることにはなるはずよね?」
「……俺から、千尋に変なことをしないように言い聞かせておこう。それでも、多少は雰囲気がギスギスしてしまうが、全員構わないか?」
「みんなで活動していくためには仕方がないことでしょ。それに、友達としては、解決できる機会ができたのなら、どんな結末になったとしても、両者が納得した形で終わってほしいかな」
烈花の言葉にみんなが賛同する。俺も二人には元の仲睦まじい姉妹に戻ってほしい。理由も分からず、ただ昔の幻影を追うだけというのは非常に辛いことだから。
「こっちも千尋さんがどんな人なのか、どういう経緯でここへ加わったのか話を聞いてもよろしいですか?」
「別に本人がいないところで話しちゃいけねぇ話題とかはねぇしな。いいだろう、俺たちが知っている千尋のことを話してやる。まず、俺が異能戦線のメンバーとして九十九日市に配属されることとなった」
「……そこに、俺が霧生へカフェの経営の仕方やコーヒーの淹れ方、料理の仕方などを鍛える目的で配属された。俺は朧家が経営している朧珈琲で店主を務めていたことがあったからな」
「朧珈琲って、日本で一番有名なカフェのチェーン店じゃない! やっぱり、マスターは凄い人だったのね!」
「しかも、海外にまで出店しているからな。西園寺もこの分野では朧家には負けているぐらいだ」
「……そんなに褒めるな。そして、その後に配属されてきたのが千尋だった。千尋がなぜここへ配属されたかは本人の希望だったと聞いている。今思えば、出身地だったからだろうな」
「こっちに帰ってきたということは、しばらくはどこかへ行っていたのですよね? 何をされていたんですか?」
「お前らは知らねぇだろうが、朧家の異能力友好派と撲滅派は異能力が消える前からずっと、魔道具の異能力バージョン、いわば異能具の開発に取り組んでいた。これが成功すれば立派なビジネスになる、次期社長になれるってな。そんで、どんな異能力を発動できるようにするかという話になり、注目を集めたのが、千尋と柏原だった」
「柏原さんというのは一体誰なのかしら?」
「異能力撲滅派における要人警護のSP的存在だな。バリアを張る異能力を持っていて、ほとんどの攻撃は防がれちまう。異能力を破んなら、ロケットランチャーでも持って来いと言われるほどだ。まあ、こいつを筆頭に能力者をそばへ置いているから、異能力撲滅派(笑)状態になってんだけどな。おまけに異能具で儲けようとしてるし、異能力撲滅派は性根が腐った奴らばっかだぜ」
どちらかというと、千尋さん以外の情報をたくさん手に入れちゃってるな。けど、ここまで聞いた感じ、仲が悪くような出来事は何一つ無さそうなんだよな……。
「千尋さんが家を出て行ったのは仕事が理由ということなんですね。もしかしたら、異能力を発現した千尋さんに何か心境の変化があったんじゃないですか? 少なくとも、理由もなしに誰かを突き放すような人ではないと感じました」
話が途切れないように即座に質問をする。理由もなしに嫌われているかもしれないという可能性を千代に考えさせないためだ。
そんなのは考えるだけでも胸が締め付けられるだろう。今は推測だっとしても、何か理由をつけておくことが大切なはずだ。
「……俺もそう思う。千尋のことを千代よりは短いが、ちゃんと見てきたつもりだ。彼女は淡々としているが、そこには感情が確かにある。今まで大切にしてきた妹を気まぐれで冷たく当たるような奴では決してない。これが、俺と霧生の千尋に対するイメージだ。やはり、一度俺が千尋とさしで話しあってみよう」
マスターも俺の発言の意図を汲んでくれたのか、続けて真白を励ます。
「ひとまず、千尋から事情を聴くしかなさそうだな。千代、今更だが、お節介を焼いても構わねぇか? 何もしなければ状態が解決することはねぇが、これ以上辛くなることもねぇ。千代はどうしたい?」
「……私は、千尋姉にどう思われていようと、千尋姉のことが、好きです。仲直りしたいです。だからっ! 皆さんがもしよろしければ、仲直りをする手助けをしてほしいです!」
「……任せろ」
「任せときな!」
「任せてくれ!」
「任されたぜ!」
「任せて!」
「任せて頂戴!」
俺たちは満面の笑みで答える。千代が頼ってくれたのなら、俺たちはそれに答えるのみ。失踪事件やら銃撃事件やら、問題はたくさんあるが、一つ一つ確実に解決して見せる。
俺たちの絆は異能力研究会のときよりも、より強固により大きくなっていた。




