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第三十一話_二 特訓

「ぜぇぜぇ、も、もう無理です。私はここまでです。先輩方、さようなら」

「終わったらすぐに座んなよ。しばらく歩いて、クールダウンしろ。水分補給も忘れずにな」


(ふー、こっちはまだ余力を残しているが、それにしてもな……)


 今俺たちは、採石場からそう遠くない北部の総合スポーツ公園にある体育館にいる。そこで俺たちは聞きたくない音楽ベストファイブに入るであろう音楽を聞かされていた。そうシャトルランである。

 今日は体育館を貸し切れたということで、中でできる体力測定方法であるシャトルランをやらされることになった。運動好きな烈火や星村でさえも露骨に嫌そうな顔をしていた。無論、俺と明良もである。

 それでも、霧生さんが俺たちの身体能力を見たいというのもあるが、異能戦線というのは遊びではないことを理解しているので、やるという選択しか残されていなかった。


「千代の結果は、ちょうど五十回か。まあ、平均ぐらいはあるんじゃねぇのか。お疲れさまだ」

「き、今日はこれで終わりです。はぁ、はぁ、帰ってマスターの作ったパフェを食べましょう。はぁ、私は十分頑張りました。とても偉いです」

「残念だな。このまま中でできる体力テストは全部すんぞ。諦めろ」

「ひ、酷いですよ! 鬼! 悪魔! うえーん、運動できない私はこうやって晒されるだけなんですよー!」

「これも必要なことなんだ。帰ったら、何でも好きなもの食っていいからよ。俺からマスターに連絡すっから」

「……嘘だったら、許しませんからね。はあー、今のうちにしっかり休憩しときますよ」


 真白は早々に諦めたみたいで、大人しくクールダウンをしている。今の回数は七十回ほど。学校でやったときは百三十手前で終わらされた気がするけど、今回はどこまでやるのだろうか。終わりが見えないのがとても怖い。

 ドレミファソラシドという淡々とした無慈悲な音声が延々と繰り返される。もし、これがずっと流れている部屋に閉じ込められたら発狂しそうだな。


「ああー! 駄目! 私も限界! これ以上は無理無理!」

「小鳥遊もクールダウンしろ。まあ、百回は超えんてんだから、上出来だろう」


 烈火は流石と言ったところか、百十手前でアウトとなった。普段は運動もせずに、遊びか勉強のどちらかだというのに、持ち前の運動神経が如何なく発揮されている。


(にしても、こっちも流石と言ったところだな)


 男子でも厳しいこの回数に星村は何とかついてきている。こっちもそろそろ厳しくなってきたが、星村にも明良にも負けるつもりはない。


「くっ! はぁ、はぁ。ここらが限界といったところかしら。……二人はまだ大丈夫なのね。これが、九十九日市高校のツートップと言ったところかしらね」


 星村はぎりぎり間に合わず、百二十過ぎでアウトとなった。これでも、体力テストであれば、満点はとれている。趣味が運動というのは本当なのだろうな。

 それよりも……。俺と明良は走りながら睨み合う。悪いが、こちらは負けるつもりはないんでね!

 あちらもここで決着をつけてやるという顔をしていた。学校では強制ストップがかかるが、ここでは制限はないはず。とことんやってやろうじゃないか!

 喋るとペースが乱れるため、俺たちは息を一定に保ちながら、ただひたすら走ることに集中する。


「いいねえ、これが男の負けられねぇ、戦いってやつよ!」

「二人とも、単に負けず嫌いなだけだと思うけど」

「私が言うのもなんですが、本当に二人とも帰宅部ですよね?」

「シャトルランの音楽ってここまで早くなるものなのね。知らなかったわ」


 しかし、テンポの速くなった音楽は想像以上に俺たちを苦しめる。早くも限界が近づいていた。


「駄目だ! もう限界!」「くそっ! ここまでか!」


 俺たちは同じところで次のラインに間に合わず、回数が同じになってしまった。


「記録は百六十回か。俺でもギリだせるかどうかのレベルだぞ。体力面ではこの二人は満点合格だな」

「明良、次は負けないよ」

「おう、望むところだ」


 俺たちは固い握手をして、お互いをたたえ合う。やはり、正々堂々勝負をするのは気持ちの良いものだ。


「女子メンバー、集合」

「何ですか、霧生さん」

「二人とも、あんだけ運動できて、頭良くて、モデル並みのスタイルと顔してたら、引く手あまただろうが? なのに、女性の気配がねぇし、部活もやってねぇんだろ。どうなってやがんだ?」

「まずは、やっぱり西園寺の力ですね。うかつに誰も手を出せない状態になっています。そのおかげで、私たちも睨まれることがないですね」

「加えて、神聖視されている部分があるわ。あの二人は尊すぎて、手が届かない存在になっているということね」

「明良は自分の状況を理解してるけど、湊は全く気付いてないわ。ありえないほどの鈍感すぎて、天然女子キラー状態になってるから、ほんとに困りものよ」

「はーん、羨ましいことこの上ないぜ。とりあえず、そっちの方で面倒ごとにはならねぇということだな。雲雀の方は、まあ心中お察しするぜ。あんがとな。んじゃあ解散」


 俺たちが絆を確かめ合っている間に何か話していたみたいだ。一体何の話をしていたのだろうか。まあ、いっか。


「お前らの身体能力は良く分かった。息が整ったら、他のテストもパパっと終わらすぞ」

「「「はい!」」」「ええ」「……はーい」


 そうして俺たちは一時間もかからず全てのテストを終わらした。久々に激しい運動をしたからか、かなり疲労がたまっているな。


「よし! お前たちがどれだけできるかは分かったし、やるべきことも見えてきた。まずは雲雀と明良。お前ら二人は言うことがない。できすぎだ」

「ふうー」「うし!」

「次に星村、持久力も柔軟さもあるが、腹筋をもう少し鍛えたほうがいい。腹筋をわれとか言ってはいねぇが、ある程度は鍛えておけ。腹筋も体幹の一つ。鍛えれば、体の安定性の向上、円滑な動きができるようになる。異能力のことを考えるのであれば、肺活量はもっと鍛えたほうがいいかもな」

「意外と課題が多いわね。分かったわ」

「小鳥遊もそれなりにやれている。今のままを維持できれば、それでもいいが、できればさらなる向上を試みてくれ」

「はい! 分かりました!」

「真白も別に悪くはねぇ。平均ぐらいある。そう悲観しなくてもいい。ただ、異能戦線で活躍するからには持久力は鍛えておけ。何かあったときに自分だけでも逃げ切れるほどのスタミナが必要だ」

「はい、なんとか頑張ってみますよ」

「んじゃあ、このまま次に移るぞ。次は武器を持った相手への対処方法だ」


 かなり、実践向けなのが来たな。でも、これって必要あるのだろうか?


「霧生さん、異能戦線って基本的に能力者を相手にするんですよね? 武器を持った相手を想定する必要があるんですか?」

「念のためだ。どんな能力者がいるか分かったもんじゃねぇだろ。武器と組み合わせることで強くなる能力者もいるかもしれねぇ。それこそ、星村の異能力をナイフに纏わせれば、殺傷能力の高いナイフができあがんだろ」

「確かに一理あるかもな。せっかく霧生さんもいることだし、教えてもらっておいて損はないだろう」

「言っとくが、これは俺独自の経験によるものが多いからな。自分でもっといい方法を見つけたんなら、俺に相談してみろ。よし、はじめんぞ。まずは雲雀、俺の数メートル前に来い」

「はい、分かりました」


 この状況で武器を持っているということなら、持っているのはナイフだろうな。さて、どう対処したものか。間合いをはかりながら、いなすのが正解か?

 霧生さんが取り出したのは、俺の予想通り、ナイフであった。俺はじりじりと間合いを詰める。


「はい湊、失格だ」

「え? これじゃ駄目なんですか? まだ間合いをはかるぐらいしかしてないですよ」

「それが駄目だって言ってんだろ。相手は元自衛隊員で体術もできる。そんな相手がナイフを持ってんだぞ。挑むんじゃあねぇよ。逃げることを真っ先に考えろ」

「でも、もし他に人がいたらどうしますか? 赤の他人ならまだしも、ここにいるみんなの内誰か一人でもいるなら逃げられませんよ」

「そのために、自分だけでも逃げ切れるように体力をつけとけとみんなに言ってんだ。まあ、どうしても逃がす時間を稼ぐ必要が出てくるだろうが、湊の行動は悪手すぎる。靴でも何でも投げつけて相手を怯ませることを考えろ。逃げ切れば勝ちなんだからよ」

「素手での対処はまずなしってことなのかしらね。相手が素人でも同じ対応をしたほうがいいのかしら?」

「素人の方が攻撃を避けやすいってことはあるだろうが、それでも組技や近接戦闘は危険だ。一朝一夕でできることじゃない。なんでもいいから、投擲しながら逃げるのがいいんじゃないかと思ってる。それか長物を持って対応に当たるかのどっちかだな。雲雀、一回お前がやろとしたことをやってみろ」

「はい、分かりました。やってみます」


 俺はもう一度じりじりと距離を詰める。それは相手が踏み込んでも避けれる距離。しっかりと間合いと腕のリーチを予測する。俺は霧生さんの一挙手一投足を見逃さない。


(来る!)


 フェンシングのような踏み込みと同時にナイフを突き刺してくる。思ったよりリーチが長い。かろうじで俺はバックステップで避ける。


(っ! 早い!)


 凄まじい追撃に俺は退くことしかできずにいた。手でいなそうものなら、確実に手を刺される。俺はどんどん壁際へ追いつめられる。


(選択肢が減る前に、どこかで位置を入れ替えるしかない!)


 俺は霧生さんが踏み込もうとして足が浮かんだ一瞬を狙い、横方向に体をずらす。しかし、


「逃がすかよ」


 霧生さんは再び照準を俺に合わせると、隙を逃さず、猛攻撃を仕掛けてくる。俺は足がもつれそうになりながらも全力で後退するが、ドンとという音と一緒に背中が壁につく。俺は両手を挙げて降参の合図をする。


「狙いは悪くねぇし、動体視力も動きもいい。あん中で、こんだけやれたら上出来だ。だが、相手だけが武器を持っていると一方的になる。雲雀が武器を持っていたら、また違った結果になったと思うぜ」

「どう見ても、霧生さんが強すぎなだけでしょこれ……」

「あんなに早い攻防初めて見ましたよ……」

「俺でも無理だなありゃ。やっぱ、刃物より長い棒とか持たないとむずくないか? 本業相手に投擲で時間稼げねぇだろ」

「私なら異能力で一発だから。あんまり気にしない方がいいわね」

「当たり前だ。あんなのぶっ放されたら、大抵のやつは無理だ。んじゃ次、銃行くぞ」

「いや、霧生さん。銃は無理でしょ。湊も明良も凜でさえ無理だと思うけど」

「そう、無理だ。自分が狙われていたら間違いなく終わる。ジグザグに動いたりして致命傷を外す手段もあるが、大抵は無理だな。だから、銃を取り出そうとする構えを見せたら、すぐさま物陰に隠れたほうがいい。伏せるにしても、体をガードできるくらいの遮蔽物がないと厳しいぞ」


 霧生さんでも無理だと言っているのだから、本当に無理なんだろうな。銃をこっちも持っていたら差し違えることもできるだろうけど、霧生さんが持っているのはゴム弾だ。撃たれないように斜線を切るしかないのか。それで、リロードのタイミングを見て距離をとるって感じかな。


「っても、流石に日本で銃を持ってんのは警察や自衛隊くらいだからな。こっちはあんまり深く考えんでいいぞ。ということで今日はここまでにして、マスターのスイーツでも食うか」

「はあー、やっとですか。待ちに待ちましたよ」

「運動した後のスイーツは格段においしいからな。楽しみだぜ」

「うーん」

「湊は何を悩んでるのよ?」

「いや、さっきの霧生さんとの戦い、どうにかできなかったかなって」

「雲雀くんはストイックなのね。でも、今日はもう終わりなのだから、次の日にでもしましょうよ」

「それもそうだな。よし、今日は俺もパフェを頼むか!」


 今日は模擬練習。誰も死ぬことなんてない。だけど、これがもし現実になるならば、俺は対応できる方法を考えとないといけない。俺の大事なみんなを守るために。

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