第二十四話 小山内迅の夢物語 (side明良)
異能力対策局、その存在を知ったのは、事件があった翌日のことだった。
「長谷部さん、ショッピングモールでの事件は特殊部隊が制圧したということになっていますが、その特殊部隊はどこに所属しているのですか?」
特殊部隊と言えば、陸上自衛隊に属しているイメージが大きい。だが、気になっているのはそこじゃない。この準備の良さ、異能力のための特殊部隊ではないのかと思ったのだ。
元来、三年前に異能力が消えるまでは、異能力がそのまま世界に根付くものとして考えられていたはず。となれば、異能力専用のチームが結成されていてもおかしくはない。
「僕も、今さっき聞いた話なんだけど、どうやら異能力対策局という大きな組織に属しているみたいなんだ。陸上自衛隊の特殊部隊ではあるものの、指揮権は異能力対策局の方に一任されているらしい」
「異能力対策局。それが西園寺家と政府の支援によって発足した組織ということですか? 異能力対策局はどこにあるんですか?」
「それ自体は中央、都市部にできるみたいだ。場所もすでに決まっているらしい。というよりは三年前にすでに仕事場自体はできていたんだ。そこが本格的に使われるようになるだけだから、スムーズな対応ができているらしいね」
準備ができていたと言っても、三年前の話だぞ。そこから今までその場所を崩さずにずっと置いていたと?
馬鹿言うな。そこを有効活用する方法はあっても、土地代だけでかなりの額になるぞ。こうなることが予想できていた。未來予知の能力者が湊以外にもいるってのか?
それなら、事件の発生もよめていただろう。これは、異能力が消えたことがイレギュラーで、復活する可能性は高かったということか?
「長谷部さん、異能力対策局の人と話がしたいです。アポイントメントをとって貰ってもよろしいですか?」
「お安い御用さ。案外、僕たち警察よりもスポンサーである西園寺家の方が色々な情報を掴めるかもしれないね。明良くんの都合のいい日時はいつだい?」
「そうですね、湊が病院に行く日がちょうど良いと思うので、その日にしてくださいませんか?」
「分かったよ。そうなると、今週の水曜日になるけど、問題ないかい?」
「ええ、大丈夫です。お願いします」
これが、今週の日曜日の話。そして今日は水曜日。湊が週に一回病院に行く日だ。まさか星村にも異能力が発現して、一緒に病院に行くことになるとは思わなかったが。
ひとまず、今日は異能力対策局に行って、色々と話を伺ってみるとするか。都市部に来た俺は異能力対策局を探す。長谷部さんに渡された住所によると、この辺りだな。
(おいおい、これは……)
住所を見たときから薄々勘づいていたが、駅から徒歩五分。人通りの多い、表通りの一等地のビル。よくもまあ、こんな場所をずっと押さえることができていたな。
いくら地方都市とはいえ、こんな豪勢な場所を三年間も保持していたのかよ。色々と気になることはあるが、全部聞けば判明するだろう。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「今日の午後にこちらで小山内迅さんと会う約束をしている、西園寺明良と申します」
「西園寺明良様ですね。お世話になっております。お待ちしておりました。お部屋までご案内いたします」
受付に案内されてたどり着いたのは、応接室だ。直接の支援者ではないが、俺も西園寺だ。無下にはできないはず。どこまで情報を与えてくれるだろうか。
「それでは、こちらになります。小山内はすでに在室しておりますので、どうぞお入りください。私はこれにて失礼いたします」
「ありがとうございます」
俺はドアをノックする。すると中から声が聞こえた。
「どうぞ」
「西園寺明良です。失礼します」
中に入ると、小山内さんがすでに座って待っていた。内装は普通の応接室と同じ。資料の置いてある棚が置いてあり、真ん中にある机を挟んでソファが置いてある。
俺は客用のソファに座る。机の上には何も置いていない。資料を使って説明するという感じではなさそうだな。
「今日は、お時間をとっていただきありがとうございます。こちらの目的としましては異能力対策局及び、異能力に関してお話を伺いたいと思っております」
「はい、存じておりますよ。長い話になりそうですので、まずはお茶でもいかがでしょうか?」
「すみません、お願いします」
そういうと、小山内さんは立ち上がり、奥の方に行ってしまう。ん?
奥に台所があるのか、珍しい。二分ぐらい経つと、小山内さんが茶たくと茶碗を二つずつ持ってきた。
「わざわざ小山内さんがお茶を入れられるんですね。こだわりがあるんですか?」
「そうですね。こだわりというよりは私が飲みたいお茶があるのでございます。仕事場に持参してくるくらいには好きなもので。特別なものではありませんが、よければお飲みください」
俺はお茶を飲む。さわやかな渋みとほのかな甘み。すっきりとした味が口の中に広がる。確かに、これは普通のお茶よりもおいしい。
「このお茶、おいしいですね。スイーツの一つでもあれば、またよりよくなると思います」
「そういっていただき何よりです。そして、申し訳ありません。お茶菓子の一つでもあればよかったのですが、明良さ様のお口に合うものが分かりませんでしたので、今回は控えさせていただきました」
「いや、違います。そういう意味で言ったのではなく、単に感想として述べただけです。勘違いをさせてしまって申し訳ありません。小山内さんはスイーツは好きなんですか?」
「いえ、私はお茶が好きなだけでございます。この職に就いてから、とても忙しいものでして。私にとって目まぐるしい日々の中、心を落ち着かせるためには、お茶が必要なのです」
一種のルーティンみたいなものか。今もそうだが、小山内さんはテレビなどのメディアにも出演している。総務課と言っているが、実際は広報活動、異能力対策局の顔として知られている。色々と大変な身ではあるのだろう。
「そうとなれば、すぐに本題に入ったほうが良さそうですね。まずは、異能力対策局の詳しい成り立ちからお伺いしてもよろしいですか?」
「はい、構いませんよ。まず、異能力対策局の話が出てきたのは、最初に能力者が現れてから半年ごろのことです。能力者の数が増えていき、異能力というもの自体がただのイレギュラーではないという結論に至りました。そして、これから増えていくであろう能力者を放っておくことはできないということで生まれたのが、異能力対策局という構想です。そのときにはまだ、対能力者部隊というのは考えられていませんでした」
「最初は異能力を管理するためだけの組織だったということですね。ということは対能力者部隊の構想は、最初の異能力事件の後にできたということでしょうか?」
「素晴らしいですね。ご名答です。あの悲惨な事件によって、今までとは打って変わり、能力者を対策する方針が強まりました。ですが、学校で説明した通り、異能力対策局の下地には異能力を受け入れた世界というものが存在します。私たちは能力者が増えていくのを受け入れるしかありませんからね」
成り立ちは大体予想通り、後はそこに西園寺家が、朧家がどう関わってくるかという話になってくる。
「西園寺家はいつの段階で関わっていたのですか? 私自体は異能力が現れて一年半ごろのときに警察の方から連絡をいただきました。それよりも前ということですよね?」
「はい、西園寺家現当主、西園寺豪徳様が支援するように政府へ打診したのも、ちょうど能力者が現れてから半年ごろ、異能力対策局の構想が上がったときと同じでございます。そこから隕石や異能力への研究が活発になりました。あの頃の九十九日市隕石の賑わいは凄まじいものでしたでしょう?」
「そうですね。当時は隕石の話題で持ちきりでした。異能力との関係自体は明確にされていなかったので、そちらの方は噂程度のものでしたが」
「異能力の話題が一段と盛り上がるようになったのは異能力事件の後ですからね。あれから異能力が消える半年間、異能力への関心は一気に高まりました。私としては、能力者が増えていき、異能力というものが受け入れられるようになっていた時期でしたので、あまりにも残念で悲惨な事件としか言いようがありませんでした」
そう。あのときは一部で危険視されていた異能力もようやく受け入れられるようになって、次は自分ではないかと待ち望まれるようになった時期だ。
そんなみんなの希望を砕くかのように起こった異能力事件。世界ではそこまで騒ぎにならなかったものの、日本では異能力がマイナスなイメージに変わった。
あれからネガティブな話題ばかりになり、ことさら異能力の発現を願う人が増えた。異能力というものに対抗する手段として。誰もが憧れるようになった。
「なぜ、異能力の詳細な研究結果を異能力が消える前に発表しなかったのですか? 学校でもありましたが、今になって全てを公開するというのは違和感があります。異能力が消えた後だったとしても発表するべきだったのではないしょうか?」
「それは至って簡単です。異能力対策局の体制が整うのと同時に、情報を発表したかったからです。明良様もご存じの通り、異能力事件が起こってからは、異能力に関する出来事はネガティブなものばかりとなりました。それに対して、しっかりと私たちも対策をしているという姿勢を見せたかったのです。いきなり異能力の情報だけ与えては、さらなる混乱を招き、異能力に対する不安はもっと増大なものになっていたことでしょう」
「では、消えた後に発表しなかった理由は?」
「はっきりと申しますと、近い将来異能力が復活することが予見されていたからです。差し当たって、能力者と非能力者の違い、異能器官と異能物質について説明いたしましょう」
それから、小山内さんが話した内容はどれもが非現実なこと。しかし、異能力という特殊な現象を説明するためには、納得せざるを得なかった。
「研究チームからすれば、異能力が発現したことよりも、異能力が突然失われたことの方が不思議なことなのです。異能器官と異能物質を持ちながら、なぜ異能力を使えなくなったのか。仮説としては異能器官の機能が衰退しているのではないかということでした。そうであるならば、また機能が元に戻ることがあるのではないかという仮説がその上に成り立ったのです。仮説に仮説を重ねることは信用度が落ちるため、よろしくありません。ですが、研究を、対策を続けろとおっしゃったのは西園寺豪徳様なのです」
「父が、ですか?」
「はい、明良様の父上がです。よって、このビルのように異能力対策局の本部はずっと残すことが可能でしたし、研究を続けることができたのです。また、研究を続けた結果、異能物質が活発な状態と思わしき動きを見せたとの報告がありました。それがつい最近、警察に能力者が再び現れたという情報が入ってくる前日のことになります。あくまで仮説でしたので、能力者が再び現れるとまではいかずとも、何かしらが起こる前兆だろうということで、私たちは準備をしておりました。流石に九十九事件が起こるとまでは思いませんでしたが」
だから、思ったよりも数倍に準備が整っていたのか。だが、父さんはどういうつもりなんだ。せめて、家族にぐらい話してもいいだろうがよ。
「豪徳様のこと、奇妙に思われるでしょうか?」
「いえ、それこそ小山内さんもご存じでしょう。父には先見の明があります。会社を大きくすることができたのも、そのおかげですから。ただ俺は、なぜ俺に話してくれなかったのかが気になっただけです」
「いやはや、それこそ先見の明でございましょう。最近の豪徳様はお忙しいと伺っていますが、お時間があるときにでも、一度会話を交えてみてはいかがでしょうか。正直なところ、私でも豪徳様の考えは推し量れません。ですが、息子であるあなたであれば、分かることもあるのではないでしょうか?」
「……そうですね。そうしてみます」
ただでさえ寡黙で秘密主義な父。俺へそう簡単に情報をくれるだろうか。危ないことや犯罪をする人ではないと思っている。一回、アポイントメントをとってみるか。
俺は再度茶碗に手を付ける。なるほど、確かに心が落ち着いていく感覚がする。さあ、聞きたいことは終わっていない。質問を再開しようじゃないか。
「次の質問です。異能力というものに対する小山内さん自身の考えをお伺いしたいです。異能力を受け入れた世界というのは異能力対策局自体の考えですよね? 小山内さんはどう思っているかを知りたいです」
「ふむ、私自身の考えですか。基本的には異能力対策局と同じですが、さらに一歩進んでいるかもしれませんね。あえていうのであれば、異能力が当たり前な世界ということになるでしょうか」
「それは、異能力の発動に制限はなく自由に使える世界ということですか?」
「まさに、そのとおりです。明良様は異能力がもたらす人類の発展とは何かを考えたことはありますか? 異能力は凶器のようなもの。本来なら正しく管理されるのが当たり前のことです。すると、異能力はスポーツの発展や新たな競技の確立といったところが限界でしょう。ですが、私はそうは思いません。漫画やアニメなどで見るような異世界のように、魔法が生活の根幹にある、それが当たり前の世界にしたいのです。せっかく、異能力というものを人類が手にしたのですよ。抑圧されることはもったいないとは思いませんか?」
言いたいことは分からんこともないが、この人の理想はあまりにも不安定だ。そんな時代になるためには、地球にいるすべての人類の考え方を根底から覆さないといけない。無謀すぎる。
「危険ではないですか? 異世界にある魔法というのは、人類が生まれたときから、既に存在していたのです。それが当たり前の世界で文明は発展しているから、大丈夫なんですよ。この地球でやるには難しすぎる」
「では、技術革新はどうでしょうか。人類は初めから文明の利器を手に入れていたわけではありません。それでも今は、こうして日常の中に根付いております。異能力もこれと同じように、私たちの生活と共生することが出来ると私は思っております。それは歴史が証明しているのではありませんか?」
「それでも、事件は増えるのではないですか? 小山内さんの言った通り、誰もが凶器を持っているのと同じことなんじゃないですか? それは並外れて危険なことだと思います」
「凶器と言っても全ての人が銃を持っているわけではありません。それに規制したところで起こるときには事件は起こります。従って、事件を未然に防ぐために、起こってしまった事件を安全に解決するために異能力対策局があるのです。そこは私たちを信じていただくしかありません」
「……」
異能力は止められない。これからも能力者は増え続ける。俺も分かっている。
小山内さんの言ってることは説得力もあり、間違っているとは感じない。この人はいつからこんな大それたことを考えているんだ……。
「小山内さんが異能力対策局に配属されたのはいつのことなのですか?」
「私がいつ配属されたかですか? 何か違和感を感じたということでしょうか?」
「いえ、純粋にいつからそのような目標を掲げるようになったのか気になっただけです。何か特別な出来事でもあったのですか?」
「……なんてことのない話です。異能力に魅せられたのですよ。子供がSF作品に出てくる、遠い未来の世界に憧れように。私も異能力の世界に憧れたのです。私はただのしがない一研究員でしたが、異能力対策局の構想が出来上がったときに、私のこの手で、世界を、未来を、変えていきたいと思ったのです。そこから努力に努力を重ねて、今の地位があります。私は信じているのです。異能力がこの世界にとって良い影響をもたらせてくれることを。綺麗ごとだと、子供の夢だと、君は笑われますか?」
「笑いませんよ。一生懸命自分のやりたいことに向かって努力している人のことを俺は笑いません。小山内さんの意見に全て賛同することはできませんが、異能力によってより良い未来が訪れることを祈っていますよ」
「はい、ありがとうございます。そのための私たちです。明良様、これからもよろしくお願いいたします」
他にも異能力に関する話を伺ったり、今後の展望も踏まえて会話をした。今日の会議はお互いに有意義なものだと感じた。俺が目指すものと小山内さんが視ているところは違うのかもしれない。
俺、西園寺明良と小山内迅という人物の交わりがどのような影響を与えるのか。これからに期待である。
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「ふうー、中々に有意義な会話をすることができましたね」
迅はお茶をすすりながら、今日を振り返る。西園寺明良という人間、彼はやはり、西園寺家の中でも豪徳様に並んで素晴らしい逸材だと思った。
気が付けば夕日も沈み、夜になろうとしている。しかし、今日の予定はこれで終わりではない。ドアをノックする音が聞こえる。どうやらやってきたみたいだ。
「どうぞ」
「長谷部景義です。失礼します」
入室してきたのは長谷部景義、警察署の人間だった。明良との会議が終わった後、本人から連絡が来たのだ。
「こんばんは、小山内くん。こんな時間に申し訳ないね。ちょっと聞きたいことがあったもので」
「ええ、構いませんよ。別にまだ帰る時間ではありませんから。まずはお茶でもいかがでしょうか?」
「相変わらず大変そうだね。いや、結構。手短に済ませようか。君は雲雀湊くんをどうしたいのかい?」
迅は顎に手を当て、考える。心当たりがあるとすれば、学校の説明会後のことだろう。少し軽はずみだったかなと眉をひそめる。
「私はですね、雲雀湊くんに期待をしております。彼はこれからの未来に必要な人間となるでしょう。いずれは明良様から情報が伝わると思われます。遅かれ、早かれと言ったところではないでしょうか?」
「伝えるかどうかを判断するのは明良くんであり、君ではない。そして、湊くんが未来に必要な人間になるべきかを選ぶのも君ではない」
静かでありながら、はっきりとしたプレッシャーを感じる。景義は真剣なまなざしで、一瞬たりとも目を逸らさずに迅を見つめていた。
「ですが、すでに運命という歯車は動き始めています。彼の異能力によって、大勢の命が救われている。それはあなたもですよね? 長谷部さん?」
「だとしても、彼に背負わすべきではない。そのための異能力対策局じゃないのかい?」
「もちろんですよ。何度も言いますが、歯車は動き始めています。未來予知という異能力を朧家が放っておくとでもお思いですか?」
「何度も言うが、そのための異能力対策局ではないのかと聞いている。三年前に異能力対策局の準備が整っていながら、協力体制に入ったのは異能力が復活してから。さらには異能力が復活する予見もあったというのに。一体、異能力対策局は何を企んでいるんだい?」
「……未來予知という強力な異能力を手にした雲雀湊くん。西園寺家の中でもトップに立つほどの才覚を持つ明良様。おかしなものですよね。どちらも未來を大きく変えてしまうほどの力を持っている。これから二人がどうされるかは、二人が決めることです。私はただ、必要な情報を渡しているだけにすぎません」
「……確かにそれは君の言う通りだな。二人の未来は二人が決めることだ。私は彼らを守るために動く。命を助けられたものとして、西園寺家に関わったものとして」
「それだけでございますか? 長谷部さん、あなたは、雲雀湊くんのことをずっと前からご存じでしたよね?」
「っ! だとしたら、問題があるのかい?」
「いえ、ただお互い、腹に一物を抱えている者同士、詮索はよしましょうということです。それにこちらの意思は何も私たちだけではありません。スポンサーである西園寺豪徳様の意思でもあるのですから」
「……分かりました。それではお互いに頑張りましょうか。二人を見守る者として」
「ええ、長谷部さん。共に頑張りましょう」
景義は応接室を後にする。とりあえず、牽制はしておいた。後は二人次第といったところだろうか。
「本当にお二方とも、息子に似て背負いたがる人たちだ。一体何を考えているのですか豪徳さん? 今、どこにいらっしゃるんですか春人さん? ぜひとも、教えていただきたいものだ」
自動販売機でコーヒーを買う景義。ほろ苦い味わいが口の中に広がるのであった。




