第二十三話 能力者と非能力者
母さんと話し合った翌日。俺はみんなに九十九日市に残れる許可が得られたことを言った。みんなも同様らしく、なんとか全員が九十九日市に残るという選択をすることができた。
せっかく昨日、異能力研究会なるものを結成したので活動を始めたかったところだったが、今日は一週間に一度俺と星村が病院で検査を受ける日だった。
俺と星村は三人に別れを告げ、さっそく病院に向かうことにした。
「雲雀湊様と星村凜様ですね。しばらくお待ちください」
予定より早く病院へ着いてしまった俺と星村は、人気の少ない待合室でしばらくの間待たされることとなった。
「そういえば星村はさあ、異能力を持っているということを学校側に知られてるの?」
「いえ、知られていないわよ。とりあえず、異能力対策局が管理できていれば、それでいいという話みたいね。雲雀くんも同じようなものでしょう」
「確かに。俺の異能力も学校側には知られていないな」
俺の嘘の異能力、未來予知は知られたら危ないという理由があるから、隠されているのは分かる。でもそれ以外の能力者の扱いはどうなるのだろうか。機会があったら長谷部さんにでも聞いてみるか。
長谷部さんとは事件のときに連絡先を交換している。時間があるときであれば、対応してくださるという風におっしゃってくれた。事情を知ってくれている上に、頼りになる大人と繋がりが持てたのはいいことである。
「それにしても星村の異能力は強くていいよな。空気を操るって使い勝手もよさそうだし」
「そうね。戦闘力の高い異能力という点では、私の欲しかった異能力ではあるわね。今はまだ力加減が調節できないのだけれど、必ず自分のものにして見せるわ」
「……星村は俺に無茶をさせる気はないって言ってたけど、それって星村が代わりに無茶するってことではないよな?」
俺はずっと気になっていた。星村から出た昨日の発言を、
(「いざとなったら無茶をするのでしょうけれど、今は納得するしか無さそうね。ふうー、……そうさせないためにも私も頑張るしかないわね」)
これは自分に戦闘系の異能力があるから、今度からは自分が無茶をするという意味に聞こえた。それが本当なら、そんなことはさせない。
「……別に私一人で全部やるとか、そんなことではないわ。けど、この異能力があれば、雲雀くんも私を頼ってくれるでしょう?」
「そう、だな。そのときは多分、星村の方が前線に出そうだな。そんな事態にならないことを祈ってるよ」
「私もよ。私は雲雀くんが危険な状況にさらされていたとき、自分には何もできないということを嫌というほど思い知らされたの。あんなものは、何度も味わいたいものじゃないわ」
星村は俺と同じだ。父さんが出て行ったあの日のように、何の力も持たず、黙って見届けることしかできない自分が嫌なんだ。
何度も味わいたいものじゃないというのが何度目なのか。それが、星村の抱えている事情。まだ俺は靴を履いたまま。踏み入ることはできない。
「まあ、この地には対能力者部隊もいるんだ、大丈夫だろうさ。それよか九十九事件のせいで悪いイメージが先行してるな。もっと異能力がもたらすポジティブな出来事でも考えようよ」
意表を突かれたのか、星村は目を丸くして俺を見る。
「雲雀くんの言うとおりね。もし、異能力によるスポーツが開催されれば、私の異能力で陸上競技における世界一も夢じゃないわ。追い風を吹かせれば、誰よりも早く走れるものね」
「上手く扱えないと、みんなが追い風の恩恵を受けちゃうから、それまでにしっかりと練習できればいいな」
「あら、気を付けないといけねいわね」
「俺は異能力を使った、新たな技術の発展とかを見てみたいな。意外と俺たちが想像していない何かが生まれるかもしれないよ」
「それ、異能力関係あるのかしら。やっぱり異能力が貢献するのはスポーツの発展よ。異能力サッカーバトルなんて現実になったら、とっても面白そうじゃない」
表情が変わっていないようで、少しはにかんでいるのが分かった。こうしてみると星村はユーモアがあるし、意外と表情に出るときは出る。こっちもまた一歩前進かな。
俺と星村の訳の分からない話はどちらかが看護師に呼ばれるまで続いた。俺たちはこのとき確かに喜びを分かち合っていた。
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病院での異能力の検査。一週間に一度という頻度だけあって、そんな大掛かりなものではない。
身長、体重、血液検査にレントゲン。体に変わったことは無いかを確認されると言ったのが主な内容であった。
(一体、こんなことして何が分かるというのやら。人間ドックみたいなことでもするかと思っていたのに)
仮に人間ドックをしても分かることがあるのかは知らない。それでも、あまりにも簡単な検査だなと思った。能力者の数が増えれば、対応も難しくなる。時間を考えればこれが限界ってところか。
一通り検査の終わった俺は、再び先ほどの待合室に戻される。検査の結果を異能力対策局に共有されるのは同意しているが、自分で検査の結果も見られないのはどういうことだ。ちょうど星村も戻ってきた。うーん、一応聞いてみるか。
「なあ星村、検査結果って言い渡されたか? 俺は検査結果見れなかったんだけど、これって変じゃないか?」
「あら雲雀くん、異能力対策局の方から聞いていないの? 無料の代わりに検査の結果は、想定外の騒動を防ぐために私たちには明かせませんって。そういう条件で同意したのだけれど、違うのかしら?」
「少しの変化でも異能力のせいだって、慌てないようにするためにってことか。俺は警察の方に同意を示したからな。その人も詳しい条件を知っていなかったのかもしれない」
俺は異能力対策局の人ではなく、警察署の長谷部さんに話を通してもらっている。あの時の長谷部さんは情報をまだ共有されていないと言っていたし、仕方のないことか。
「検査も終わったし、家に帰るか。星村は俺とは逆方面だよな?」
「ええ、駅までは一緒に帰りましょうか」
「すまない、そこの二人。ちょっと待ってくれないか!」
会話を割って入ってきたのは長谷部さんだった。こんな時間に病院へ直接?
俺の検査の時間に合わせたということは、大事な話でもあるのだろうか。
「お久しぶりです長谷部さん。どうかされましたか?」
「湊くんもすでに分かっているだろうけど、今日の検査の結果、見ることができなかっただろう。その件について結構時間をとってしまうが、話がしたいんだ。これから時間はあるかい?」
「あります。こちらも不思議に思っていたところだったんです。お願いできますか?」
「もちろんだとも。それじゃあ、空き病室を借りて話をしようか。そちらの君はどうしたいかな?」
「え!? 私のこと? それは私も話を聞いていいということであっているかしら?」
「うん、大丈夫だよ。ここにいるということは君も能力者ということだ。それに、君は湊くんの友達じゃないのかい?」
「ええ、その、友達、です……」
友達か。特別な言葉ではないかもしれないけれど、星村にそう言ってもらえると、とても嬉しいな。
「じゃあ、僕の方は問題ないよ。湊くんの方も問題ないかい?」
「はい、問題ありません。ありがとうございます」
「いいよ、気にしなくても。それじゃあ、行こうか」
長谷部さんからの直々のお話、どんな情報が待っているのだろうか。期待と不安が入り混じった感情が俺の頭を支配するのであった。
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病院側の確認をとって空き病室にに入った俺と星村。話をする準備が出来て早々、渡されたのはA4サイズの茶封筒だった。
「これは、もしかしなくても」
「察しの通り、君たちの今日の検査結果だ。気になるところがあったら僕に確認してみてくれ」
気になるところと言っても、この前検査したときは俺が無事かどうかの検査だけだしな。そういえば、あのときも元気かどうかの報告だけで、詳しい資料は何も見せてもらえなかったな。
ええと、身長は変わっていない。体重は、……一キロぐらい増えてるが、誤差の範囲だろう。血液検査は分からないし、レントゲンも素人なりにおかしいところは無いと思う。おや?
「あの、長谷部さん、でいいのかしら。この資料、おかしいところが見当たらないのだけれど。あえていうなら、体重が少し増えてるくらいね」
「星村もか。俺も体重が増えてるくらいしか分からないですね。実は何も変化は無いということですか?」
「そうだね。これまでの記録によると、能力者になったときの変化は体重の増加くらいしかない」
「では結局、検査をする理由は、一応ということですか? 結果を見せないのも異能力のせいだと間違わないようにするためであると」
「湊くんの言ってることは正しい。検査も結果を見せないのもそれらを含めて考えた上でらしい。けど、変化がないと言ったのは見かけ上の話なんだ」
不穏な言い方をする長谷部さん。俺と星村が顔を見合わせると、続けて長谷部さんが説明する。
「君たちは、最初の異能力事件で多くの尊い命が失われたことを知っているかな。実はその失われた命の中における数人が能力者だったんだ」
「そんな情報は知らない、初めて聞いたわ。……雲雀くんは驚かないのね」
「ああ、俺は小山内さんからその情報を伺ってたから」
「小山内くんがかい? うーん、彼はもしかしたら君の異能力に期待をしているのかもしれないな。まあ、それは今、置いておこう。それでその亡くなった能力者の解剖が遺族の同意のもと行われたんだ。すると、どうだろう。心臓の横に見えない何かが存在することが分かったんだ」
「見えない何か? 見えないのに何かがあることが分かったんですか?」
「うん。見えなくてもそれは触ることができた。どこにどうつながっているかも解明できないから、どうしようもなかったけど、ある日その成分を検査することはできるようになったんだ。そしたらね、その器官ともいえるものは、全てがダークマターでできていた。未知の物質だったんだよ」
これには流石に俺も唖然とした。未知の物質でできた器官が能力者にある。つまり、それは……、
「体重が増加している私たちの中にも存在しているってことね。……正直信じられないわ」
「それは単純な話、非能力者と能力者では体の造りが変化しているっていうことですよね? ちょっと怖いですね」
「僕も恐ろしいし、荒唐無稽な話ではあると思う。だけども、僕にとっちゃ、異能力というもの自体が存在しているからおかしな話ではないと思っているよ」
「その、見えない器官の物質は隕石を構成している物質と同じなんですか?」
「それは分からない。何しろ、見えない器官、【異能器官】も九十九日市隕石も未知の物質で構成されているからね。未知の物質と未知の物質が同じなのかは判断ができないよ。ただ、隕石が何かしらの影響を人体に与えているのは確かだろうね」
これまた、とてつもない話だな。昨日と言い今日と言い、本当にこの世界は変わったんだな。いつかこれを普通だと受け入れられる世界が本当に来るのだろうか。
「異能器官。器官っていうぐらいだから、人によって個人差があるんじゃないかしら。それが、異能力の強さに影響しているんじゃないの?」
「いいところに目をつけたね。そう、異能器官には個人差がある。それは異能器官の大きさだったり、それを構成している未知の物質、【異能物質】の密度の違いだったりする。これらが異能力の何に関係しているのかまでは掴めていないみたいだ」
小山内さんの言っていた、異能力の適応度、強さなどのどれと密接に結びついているかは分からないということか。
「可能性としては、君たちの世代に分かりやすく言うとMP、マジックポイントのようなものだと推測されている。能力者はこの異能物質を使って、異能力を発動しているというのが今のところの結論だね」
待てよ。それって俺がもし死んでも、異能物質が足りなければ過去に戻れないということじゃないか。元々、この命を無駄に扱うことは無いが、いざとなったときの発動タイミングが難しくなったな。ちょっとやそっとのイレギュラーでは発動しない方がいいかもしれない。
「さらに推測されているというか、器官という名前の通り、動かすにはカロリーを消費しているはずなんだ。湊くんは未來予知をした後にお腹が減った経験はないかい?」
「あ、あります! 未來予知をした後、急に糖分が欲しくなったという経験がありました。多分、それは本当のことだと思います」
死んだ後、どこの瞬間にタイムリープしたかは分からない。しかし、少なくとも、イメージが頭に流れ込んできた後に甘いものが欲しくなったのは事実。これはとっても信憑性のある話かもしれない。
「だから、湊くん。未來予知の発動を焦る必要はないよ。もしかしたら君の異能力にはたくさんの異能物質を使っていて、それが元に戻るまで発動できないということかもしれないからね。未來予知の異能力は強大だ。そんな理由があってもおかしくはない」
「では、逆に私は異能力をたくさん使って、どれくらいが限界なのか知っておく必要があるんじゃないかしら。異能力を受け入れた世界が異能力対策局の目的なのでしょう?」
「それは君が異能力に関わる仕事に従事するということかい? そうでないと基本的には異能力の使用は認められない。というか私にもそれを許す権限は無いんだけどね。この問題は僕より、西園寺明良くんを通した方がいいかもしれない。彼にどこまで権限があるかは分からないけど、西園寺家自体はかなりの権限を有しているはずだよ」
「学校の説明会で小山内さんから聞いた話だと、民間の軍事会社みたいなものが存在するのではないですか? そこと連絡を取れたりすることは可能でしょうか?」
仮にもし、星村が異能力で戦う力を身につけたいというなら、そういうところがあるはずだ。高校生でも入れる可能性は少ないだろう。それでも、星村が本気だというなら、やらないよりはマシだ。
「……湊くん、中々答えづらい質問をするね。その機関が秘密機関ということではないと思うが、公になるまで僕の口からは答えづらいんだ。正直これも明良くんの方がなんとかしてくれるかもしれない。要約すると、星村さんが異能力を扱いたいなら明良くんに相談するのが一番だと思う」
「なるほど、そういうことね。分かったわ、この件は西園寺くんに頼むことにするわ。色々とありがとうございます」
「いや、こちらも協力できなくて申し訳ないね。できれば力になってあげたかったんだが、異能力を有効活用するという案は、こちらではどうにも進行してなくてね。異能力事件と言い、異能力による被害を抑えることが第一だったみたいだから」
それもそうだろうな。あんな事件が起こっておいて、異能力を自由に扱う規律ができるはずがない。だが、これから能力者はどんどん増えていく。どうすればうまく制御することが出来るんだろうな。異能力による問題は暴力事件だけではないのだから。
「あの、長谷部さん。他に質問があるのだけれど、よろしいかしら?」
「問題ないよ。こちらにはまだ時間がある。何が聞きたいんだい?」
「私の目から見て、長谷部さんは雲雀くんのことを優遇しすぎていると思うわ。どうして彼にそこまでのことをするの?」
それは単純な疑問。はたから見た俺と長谷部さんの関係。気になるのは無理もない。
「……うーん、以前湊くんには言ったね。僕は湊くんに返しても返しきれない恩があるんだ。君も分かっている通り、湊くんがいたから九十九事件では死者が出なかった。本来なら僕も含めた九十九日市警察署のみんなはほとんど殉職していただろう。そんな運命を変えてくれたのは、まぎれもない湊くんなんだ。そこにどんな理由があったって構わない。ただ、彼には誰かを守りたいという心がある。僕はそれを応援したいだけなんだ。同じ無茶をしてしまう人間としてね」
「そうなのね……。納得したわ。どうも、ありがとうございます」
「一応言っておくと、君のことも応援しているよ。星村さん」
「私、かしら? 私は別に長谷部さんの恩になることはしていないと思うわ」
「そうじゃないよ。君が異能力を上手く扱えるようになりたいのは、君の大切な人たちを守りたいからだろう? だったら応援するよ。これからも頑張ってくれ」
星村は長谷部さんを直視できずに目をそらした。
「雲雀くんといい、あなたといい、眩しすぎるわ。その気持ちはありがたく受けとっておくから、これからもよろしく願いします」
「ははっ、これからもよろしく頼むよ」
二人は固い握手をする。交わらないと思っていたものが交わるんだから、人生っていうのは不思議だな。ここから先は特に質問もなく、俺たちと長谷部さんは解散した。
「あ、星村ちょっと待ってくれ。そういえば未だにアプリのID交換してなかっただろう」
「そういえば、そうね。というか小鳥遊さん以外、全員じゃないかしら。私、こういうのに疎いから、ごめんなさいね」
「気にしないでよ。俺も今まで忘れていたんだし。それじゃあ、QRコード出してもらっていい?」
「QRコード? 何か買い物でもするつもりなのかしら? お金が必要になるの?」
「……」
どうやら星村はかなりの機械音痴のようだ。俺が一から丁寧に教えることで、使い方を覚えてもらった。
星村は学年トップクラスの実力があるので、呑み込みが早くすぐに覚えることができた。
「よっと、これで交換完了だ。烈花のときにも一度交換したんじゃないのか?」
「あのときは、小鳥遊さんが私の携帯を奪ってパパっとやってしまったの。だから私は何も分からなかったわ」
流石烈花と褒めるべきなのだろうか。まあ今は交換できただけで良しとしよう。
(「雲雀湊です。これはテストで送っています。これからもよろしくお願いします」)
メッセージと共にいつもの味気ないスタンプを送る。星村はポチポチとゆっくり打ち込んでいるみたいだ。……フリック入力は?
いや、メッセージの送り方は人それぞれだ。やり方が分からないというのであれば、いつか教えればいいしな。
「ふう、やっとできたわ。こんな感じでいいのかしら?」
(「星村凜。十七歳。趣味は読書と運動。これからもよろしくお願いするわ」)
その後、ポンと送られてきたのは俺と同じ、デフォルトのスタンプ。あまりにも星村らしい返しに、
「ふふっ」
「あ、今笑ったでしょう。人が慣れていないのをいいことに。雲雀くんはやっぱり意地悪だわ」
「笑っていないよ。星村はやっぱり星村だって思っただけ」
「何よそれ。どういうことか説明してくれないと、私、機嫌を損ねるわよ」
「いや、悪かったって。本当に特別な意味はないんだよ」
俺と星村に刻まれた思い出の一ページ。こんな世界でも楽しいことあるのだから。俺は最後まで立ち向かってみせるよ。この理不尽な世界に。




