第一話 何気ない日常のちょっとした変化
「……湊、湊っ、起きろっての!」
「うーん? 何だ、どうかしたのか」
俺は気だるそうにあくびをした。寝起きで意識が朦朧としており思うように体を動かせない。なんとか体を上げて、重い瞼を開くと、目の前には端正な顔立ちで、高貴なオーラを放っている(未だに少し慣れない)男が立っていた。
俺が女性だったら、びっくりして慌てふためいてしまうだろう。なんなら男性でもあまり面識がなければまごついてしまうだろう。
ところが、実際に俺がリアクションをとることはなかった。こいつは俺の親友、西園寺明良だからだ。
「湊……、気をつけろよ。HRで寝るとか委員長にどやされても知らんぞ」
「いや、分かってはいるんだが、なぜかどうしようもなく眠かったから」
正直、俺もどうして眠っていたのか分からない。気が付いたら寝ていたのだから。
しかし、居眠りとは往々にそんなものである。おかしいな、昨日は夜更かしした覚えもないのに。
「なんだ。せっかく起こしてくれたのが、美少女じゃなくて残念だったか?」
「いや、そんな事微塵も眠っていたのはしょーがないとして、今日帰り、どこかへ遊びに行かないか?」
真面目な顔して明良が放った一言はいつもと変わらないものだった。
「遊びに行くって、最近遊びすぎてどこにも行くところがないだろう」
俺の住んでいる地域は九十九日市という地方の都市である。人口は十五万人くらいだったかな。特に何かが盛んというわけでもない。
アウトレットやカラオケ、ゲーセンにショッピングモールなど大体遊ぶ場所は決まっているし、特別な場所や他県から人が来るような目ぼしい観光地なんてない。
ただ一つの場所を除いての話だが……。
「じゃあ、今日は湊の家でゲームでもしないか。最近はやってなかっただろ」
「そりゃそうだけど、ゲーセンには行ったばかりな気がするような……まあ、他に案もないから、別にいいか」
俺は早々に諦めることにした。代替案もない上にどうせ遊ぶのは変わらないだろうし、何よりなんやかんやで毎日でもみんなと一緒に遊ぶのは楽しい。仮に同じところに行こうと、このメンバーなら飽きることも無い。
「OK!それじゃあ、千代ちゃんと烈花さんにも声掛けとくわ」
「おう、任せたよ、って」
いうが早いか、明良は教室を出て行った。そんなに急がなくても、みんなは逃げたりしないっての。
「全く元気なことで……」
眠気がまだ残っていたからか、机に突っ伏して誰にも聞こえない声で俺が一人呟いていると、
「あなたは逆に元気がなさすぎるんじゃない?」
「余計なお世話だよ、委員長」
そう答えて声のする方を見る。腰までありそうな長い黒色の髪。大和撫子とはこのことかと思わせる顔立ちと容姿。そして、見るものすべてを引き込むような漆黒の双眸がこちらを見下ろしていた。
「HR中も寝ていたものね。昨日は夜更かしでもしたのかしら」
「見てたのかよ。すまん、悪いとは思ってる。HRがだるかったとかそういうわけじゃなくて、ちょっと気が抜けてたみたいだ、気を付けるよ」
「謝らなくていいわよ。私は怒ろうとも責めようとも思っていないもの。ただいつもはそんなことしないから、聞いてみただけよ。本当にどうして、私はそんなイメージを持たれているのかしら?」
そんなことを言っている委員長ではあるが、表情は一つも変わっていなかった。
そりゃ品行方正、こんな見目麗しい美人が淡々とした口調で表情も変えずに話しかけてくるからな。 明良とは違って人を畏怖させるようなオーラを纏っている。
「それはそうと雲雀くんたちは本当に毎日遊んでいるみたいね。雲雀くんは部活とか入らないの?」
「部活は道具一式揃えたりイベントの費用とかでお金がかかるし、土日も時間が無くなったりで面倒くさいからね。それに、あいつらに振り回されている方が面白いから。にしてもどうしたんだよ、いきなり」
訝しそうに俺は委員長をもとい、星村凜を見つめる。正直驚いていた。普段星村から話しかけられることなんて事務的な用事以外ではなかったからだ。
「いえ、ただちょっとね。あなたの友達に小鳥遊さんっていらっしゃるじゃない? あの人から、雲雀くんは運動神経がとても良いって伺ったから」
なるほど、そういうことか。
けれども、疑問がまた一つ増える。
「そういう経緯か。それにしても意外だな。烈花と繋がりがあるなんて」
烈花とは俺の一個上の女性の親友。人当たりの良い性格をしており、周りからの評価も高い。ただ烈花は何か部活や委員会をやっているわけではないので、学年の違う二人がどのようにして関わったのか不思議であった。
「色々と……色々とあったのよ。なんというか小鳥遊さんって世話焼きな人じゃない?」
俺は思わず笑みをこぼす。その一言だけで、どのような経緯があったのか想像がついた。
「ふっ、そうだね。何があったかは分からないけど、なんとなくは理解したよ」
俺は物思いに耽る。烈花と幼馴染だからこそ星村のいうことが良く分かる。俺と烈花が出会ったのも星村のときと同じだと思うから。烈花がなんで行動に移したのかも俺は知っている。それほどまでに長い付き合いだった。
「そうだ、俺から一つだけ助言しとくよ。その世話焼き、もしかしたらまだ続くかもしれない」
星村はたいして驚きもせず、いつもと変わらない様子で、
「そう、私もそんな予感がするわ。全く、お節介も良いところね」
ため息をつきながらそんな言葉を口にする星村だが、口元には笑みがこぼれていた。
相変わらず、人を絆すのが上手だなと思いながら、星村に別れを告げようとしたときだった。
「あら、珍しいじゃない。湊と凜が世間話をしているなんて」
噂をすれば影が差すとはよく言ったもので、件の人物である小鳥遊烈花が話しかけてきた。
「烈花が俺のことを委員長に話すからだろ」
「それは失敬。でもちょっとした会話の流れに使っただけよ」
「分かってる。別に責めてるつもりはないよ」
そんな会話の中、烈花の背後を見ると一人の女の子が立っていた。
肩に触れないくらいの長さの銀髪で、とにかく人形みたいにかわいらしいという言葉が当てはまる少女である。隣の烈花は姉御という言葉が似合うが、この少女には妹というのが良く似合うだろう。
「やあ、真白。話に置いてけぼりですまないな」
「大丈夫です。別に今日に始まったことではないですから」
「そ、そんなことないだろ。どっちかというと明良に当てはまるんじゃないか、それは」
「いえ、雲雀先輩も大して変わりません。どんぐりの背比べです」
真白からこんなことを言われるなんて。俺はは明良ほど身勝手では無いと思っているのに……。俺が思っているだけで、周囲の評価はそんなものなのかな。俺が益体もないことに頭を使っていると、真白の視線と星村の視線がぶつかった。
「あなたは、雲雀君たちと常に一緒にいる子よね。はじめまして、星村凜と申します」
「あ、ご丁寧にありがとうございます。私は真白千代と申します。よろしくお願いします」
二人は初対面らしい軽い挨拶を交わし、会話はそれだけで終わった。まあ、友人の友人っていきなり会話するの難しいよな。そろそろ俺の家に向かうとするか。って、ありゃ?
「明とは一緒じゃないのか?」
明の姿が見当たらなかった。二人を呼びに行っただけなのだから、他に用事はないはずだ。
「西園寺先輩は先に家へ帰りましたよ。ゲームのコントローラーをとってくるそうです」
「なるほど、久しぶりで忘れてたよ」
俺の家には三人分のコントローラーしかない。ほとんどのゲームは四人以上で遊べるのため、コントローラだけが足りない状況になるのだ。そういえばそうだったと思いながら俺は二人に確認をとる。
「烈花と真白は一度家に帰らなくても大丈夫か?」
「特に戻る用事もないし、このままで大丈夫」
「私も小鳥遊先輩に同じです」
二人がそういうのであれば、さっそくこのまま三人で家に行くとするか。
「それじゃあ、委員長また明日」
そうして教室を後にしようとすると、
「凜も一緒にどうかな?」
突如として烈花がそう言い放った。呆気にとられた俺は即座に烈花の視線の先、星村に注目する。
「私!? 私は別に……」
「大丈夫、みんないい人たちばかりだから。息抜きだと思って、ね?」
矢継ぎ早に烈花が畳みかけていく。今度は星村の視線と俺の視線がぶつかる。誘われて嫌であるというより、どうしたらいいのか困惑しているような感じだった。
「烈花、あまりにも急すぎないか?星村にも考える時間が必要だと思うよ」
「それは、そうなんだけど……。そうだ、この前の貸しを返すということでさ、どうかな?」
俺の制止を振り切って、さらに続けて星村を勧誘していく烈花。この前の貸しか。これが本当なら星村は承諾するだろうな。断れるタイプには見えない。俺の予想通り星村は、
「それを言われると……。はあ、私も同行させてもらいます」
「よし、じゃあ決定ね!」
「いや待て、俺たちの意見はどうした」
「駄目なの?」
「駄目なんてことはないさ……」
俺は基本、来るものは拒まず、去る者は追わない。もちろん苦手な人や価値観があまりにも合わなそうな人が来るのは躊躇する。
とはいえ星村が苦手なタイプかと言われると全然そんなことはない。だから、星村が一緒にくることは構わないが、
「真白は大丈夫か?」
「はい、私も構いませんよ」
それなら大丈夫か。真白は人見知りなところがあるので、それだけが心配だった。ちなみに明も断ることはないだろうし、これで全員OKということになる。
こちらは問題ないという風に俺は烈花に目で合図を送る。
「凜は家に一度戻る用事とかある?」
「いえ、私も何もありません」
「了解! それじゃあ、みんなで湊の家に向かいますか!」
こうして、いつものメンバー+星村が俺の家で遊ぶことになった。