第十五話 リベンジマッチ
「おらよぉ!」
胴を狙ったストレート、体を横にずらして回避する。すかさず中段蹴りが飛んでくる。俺はバックステップで後ろに退く。
体勢が崩れそうになるのを両足で踏ん張ってこらえる。
男が足を踏み込み距離を縮める。合わせて俺は後ろに退く。体を揺らしながら相手の出方を待つ。
男はストレートを選択。膝を使って上半身を屈める。間一髪で何とか避ける。
男はパンチの反動で動きが鈍くなる。腹ががら空きだ。
俺は拳を構えて反撃の姿勢を見せる。
しかし、男は動かない。動く気がない。俺はいったん距離をとって、男から離れた。
「どうした、打ち込んでこねえのか? 絶好のチャンスだったじゃねぇか」
避けてばかりじゃ倒せはしない。攻撃をしなければ勝つことはできない。
パンチを打とうとするタイミングは悪くなかった。相手のどてっぱらに一発ぶち込めただろう。
それでも、殴れない理由がある。
「お前の異能力、体を鋼鉄化するといったところだろう。なら、闇雲にやっても意味がないからな」
「ほおー、この喧嘩の中、いっちょ前に考察とはな。ご名答だ。んまあ、知られたところでこの鋼鉄の体には勝てねえだろうがよ」
未來予知の通りだったな。男がここで暴れていることと言い、戦闘スタイル、異能力が鋼鉄化であることと言い、俺の未來予知はかなり正確なようだ。
ということはあの必殺技ももちろんあるんだろうな。あの技を打たれたらかなり厳しい。
一応、あまりにも博打すぎる対策法を考えてはいる。さらにいえば警察との連携も必要になってくるだろう。
それよりもこの光景、セリフ、未來予知で視たという理由だけでは説明がつかない。
なんなら追体験しているのかと思うほどのとてつもない既視感を感じる。
やめだ。この状況で考え事をするべきではない。
男は屈強な体つきをしており、全てが大振りではあるが、スピードだけはある。紙一重で避けると風圧で持っていかれそうになるほどだ。
恵まれた体格と鍛えられた筋肉が鋼鉄となって襲い掛かってくる。一発でも当たれば、未來予知で視た殺された人たちと同じ運命をたどるだろう。
なんとかイメージトレーニングのおかげもあってか、こいつの攻撃は初見で余裕で上手くさばけている。あの警察官が言ったことが本当ならば、時間稼ぎこそが俺の勝ちにつながる。無理に攻撃をあてに行く必要はない。
それにしたって、この一方的な戦い、命のやりとりを喧嘩呼ばわりか。何を楽しんでいるのやら。
「おいおい、かかってこねぇのかよ。結局口だけかこいつは。俺をもっと楽しませてくれよ!」
「は? 何を言っているんだ? 異能力を使ってもさっきから一撃も加えられないお前のどこが強いんだよ。おいおいはこっちのセリフだ。強い証拠を見せてくれんじゃなかったのか?」
「んだとこらぁ!」
またストレート。早くはあるが、コンパクトではない。拳が放たれる前にどこを狙うのかが分かる。俺はすんでのところで体を横にずらし拳を交わした。男は自分の勢いのついたパンチを制御しきれていない。追撃が緩いのは助かるな。
こいつ、細かい攻撃とかが嫌なのか、一発で思い切りぶん殴って気持ちよくなりたいんだろうな。喜びを最優先にしているのがひしひしと伝わってくる。
けど、順調だ。挑発して相手が感情的になればなるほどすべての攻撃がより分かりやすくなる。これを続けていけば、いずれ特殊部隊が到着するだろう。
……安心するのはまだ早い。こいつには必殺技が残っている。さらに言えばこの男、感情的で向こう水のように思えるけど、思った以上に冷静な一面がある。
この分かりやすい攻撃も全てがあの場面への布石とも思えるほどに。今はまだあいつが狙っているのが必殺技だと分かっているし、そのことを知られていないから何とかなっているが。
何かの拍子で感づかれてしまったら予想外の動きをしてくるかもしれない。ゆえに悟られてはならない。あの技を打つことに思考を割かせるのだ。
「くそ野郎が! 大人しく殴られやがれ!」
「もっと強いパンチを打ってくれればな!」
再度の挑発。男は思い切り腕をぶん回す。俺はまたも後ろに退き回避する。男が殴りたそうなぎりぎりの位置で挑発し、殴ってくれば後ろに避ける。
ストレートのタイミングで体の位置を入れ替えて、壁際に詰められないようにする。勝つことはできないが、負けることもないだろう。
この状態がどれほど続いただろうか、男は怒りでかなり興奮しているみたいだ。意地になっているのか攻めが単調になっている。
「おい、お前。どうやって能力者になったんだ。異能力は三年前を機に全て失われたはずだろう」
「そんなもん俺も知らねぇよ。気づいたら、使えてたんだ。体がうずいてしょうがなかったぜ。あー、この時代が戻ってきたんだってな」
気づいたら使えていたか。五年前に初めて能力者が現れたときも同じような感じだったな。何かが原因かは推し量れない。この場でいきなり、都合よく使えなくなるってのは考えない方がよさそうだな。
「んなことよりよぉ、てめぇは異能力を持ってねぇのか? 持ってねぇんじゃあ、この勝負、どうにもなりゃしねぇだろうよ。どんな異能力でもいいぜ。俺を楽しませてくれるならさぁ」
「さあ、どうだろうか。俺はお前と違ってそう簡単に手の内を明かすタイプではないのでね。お前の方は手札晒しすぎて、底が見えたんじゃないのか?」
「言ってくれるじゃねぇか。俺を楽しませてくれなら、俺は何でもいい、ぜ!」
話の途中で殴ってくる男、今度は下段蹴りのようだ。何をされようが基本はバックステップ、後ろに余裕があれば永遠に続けられる。大事なのは男から避けやすい攻撃を誘うこと。
男との距離を一定に保つ。追撃のストレート。これはサイドステップで回避し、男との位置関係を変える。
そして今の俺の背後は出口とは逆方向。どうする?
正直、これをいつ来るか分からない特殊部隊が到着するまで続けるのは厳しい。ここまで来るのに体力を使いすぎた。
客の避難はもうできている。次に体の位置を入れ替えたら、ここらへんで必殺技を打たせて、警察の援助を受けながら逃げ回るのが得策か?
「うーん、どうしたものかねぇ。なーんかきなくせぇんだよなぁ」
俺が男の間合いに入るかどうかを考えていた時、いきなり男が動きを止めた。まずい、何かに勘づきやがった。このままでは想像した展開とは違った方向にことが進んでしまう。
「きなくさい? お前の攻撃が当たらないところか? それはお前の技量がないせいだろう。何もおかしいことはない」
「いや、おかしいぜ。いくらなんでも警察が銃弾を打ってこねぇのはおかしいだろ? この状況で発砲許可が下りていない? にしては準備万端だったよなぁ?」
「それは俺がまとわりついているせいだろ。余計なことを考える暇があったら俺にパンチを当てる方法を考えたらどうだ?」
「そこだ。そこもおかしい。てめえの動きがいいのは認めてやる。俺もイライラしてんのは分かってるが、上出来すぎだ。当たらねぇにしても、余裕で躱されるのは納得いかねぇ。それとお前がまとわりついているから銃弾を打たない? じゃあ俺が最初に突っ込んでいくときに撃たなかったのはなぜだ? 誰かを巻き込む距離じゃなかったろうが」
やばい。想定しているよりもこいつは賢い。俺とのバトルの中でそこまで考えていたのか。ここまで冷静だと挑発はもう意味がない。
「さあな、警察のことは俺には分からない。けれども俺が攻撃を避けれているのは、あんたの攻撃の軌道を予測しているからだ。他にも納得できない部分があるなら答えてやるが」
俺は方針を変えた。予想外のことにはなっているが、言論で時間稼ぎできているのはいいことだ。どのみちもう逃げようとしていたことだし、逆にこの展開を利用させてもらおう。
「納得いかねぇ部分か、そうだな……。なあお前、予知系の能力者じゃねぇのか?」
「なっ!!!」
「へっ、その反応、当たりっぽいな! ならこの状況にも納得がいくんだよなぁ。ったく、俺ははなから嵌められてるってことかよ。くそうぜぇなぁ」
こいつ、俺の異能力を当てやがった!
確かに、この状況は俺たちに都合が良すぎる。落ち着け、まだ大丈夫だ。大事には至っていない。
「……ご名答だよ。うーん、納得いかないな。こっちも答えたんだ。なんでそう思ったのかを聞いてもいいか」
「なぜか、ねぇ……。まあいいだろうよ。まず、警察が準備万端すぎだろうがよ。銃弾を打ってこねぇってことは、どうせ全員俺の異能力知ってんだろ。次に警察がこんなガキに俺を任せるか? 束になって俺を止めてくると思ったのによぉ。蓋を開けたら、ガキ一人に任せたままにしてやがる。普通に考えてありえねぇだろ。最後に、お前の動きの出来が良すぎる。俺の攻撃スタイルなんか一度も見たことねぇのに、初撃から簡単にいなしてきやがった。俺の行動が見透かされていて、なおかつこの状況を任せられているお前が、予知系の異能力ををもってんのは明白じゃねぇのか」
完璧すぎる。これは危険だ。このままこいつ戦っていると死ぬ気がする。次こいつが喋っているときにタイミングを見計らって全力で逃げてやる。
「そうそう、逃げても追わないぜ俺は。この会話も、攻撃しないのも時間稼ぎだろ。ならもうやめだ。お前は合格点だが、真面目に戦う気がねぇなら面白くねぇ。なら俺も、一回とんずらこくとするか」
男は一階に繋がるエスカレーターがある場所へと走り出した。不味い!
ここで逃がしたらどうなるか分からない!
警察が発砲する。駄目だ。案の定足止めにすらなっていない。
「おい、逃げるのかよ! 強い相手を目前に怖気づいたのか! 一生俺に勝てなかったやつとして生きていくんだな!」
俺が叫ぶと、足を緩めながらゆっくりと邪悪な笑顔をしながら、男がこちらに振り返った。
「勘違いしてるなぁ、てめぇとはまた戦うよ。てめぇが大事にしていたあの女を殺した後になぁ。そうすりゃあ、てめぇの方から俺を殺しに来てくれるだろぉ?」
「なに、言ってやがる。お前えええ!!!」
反射的に体が動いていた。逃げる男に向かって突っ込んでいく。
「行くな! これは罠だ! 君は誘われている!」
先ほど母さんを託した警察官の声が聞こえる。戻ってきていたのか。大丈夫、んなこと頭では分かっているさ。
こいつは俺を挑発こそするものの、この状態で逃げるわけがない。逃げたことを耐えられるような奴じゃない。
これでいい。万が一でも逃げる可能性を無くすために、なんなら男を倒すために、こちらも仕掛ける。やつに撃たせる!
追いかける男の背中が近くなっていく。そこからもっと距離が縮まろうとした瞬間、男が反転した。
「かかったな馬鹿が! 俺がおめおめと退散するわけねぇだろうが! 挑発ってのはこうやるんだよぉ!」
男が両拳を振り上げる。いつもの攻撃より少し振りの大きいその拳は、必殺技が来ることを示唆していた。俺は即座に振り返る。男の顔は見えていないが、おそらくにやけているだろう。
男の作戦は二段構え。俺が挑発に乗って突っ込んでくれればぶん殴り、それを見越して避けようとすれば必殺技が命中する。男は確信しているはずだ。俺の勝ちだと。
集中しろ。タイミングは一瞬。刹那、全てがスローモーションに見える。極度の集中状態、ゾーンのようなものに入った。俺は右足を軸にまたしても振り返る。
男が驚いているのと同時にしゃがもうとしているのが見える。まさか逃げると見せかけて向かってくるとは思わなかったのであろう。勢いのついた体はもう止まれない。
俺は男がしゃがみ始め、拳を地面目掛けて振り下ろそうとしたタイミングで男に向かってジャンプする。すさまじい風圧。ギリギリで拳を飛び越えて、男の服をつかみ、背中に着地した後身をかがめる。
直後、フロア全体を揺らすほどの衝撃と勢いよく飛び散る床の破片。しかし、その破片は男の体によってすべて防がれ、俺に直撃することはなかった。
男の必殺技。完璧に見える攻撃には一つだけ穴があった。それは男が飛び散る破片を防ぐために鋼鉄にならなければならないということ。
つまりは、俺にとっての唯一の盾になってしまうということだ。さらに、この一瞬。男の体は完全に停止する。
ドンと空間を破裂する音がこだまする。先ほどの警察官が男目掛けて撃鉄を引いた。それを合図に俺は男の背中を勢いよく蹴り前方に転がる。
遅れて男が腕を後ろに薙ぎ払う。俺はすんでのところで回避し立ち上がる。反撃したということはやれなかったみたいだな。
男は顔を反らしていた。こればかりは仕方がない。男の弱点である目を狙う位置から撃つという行為は、男の目からも見える位置だからな。とはいえ、俺が逃げれる隙ができた。
「ああん!? くそが! どういうことだ!!! 完璧な一撃だったろうが! 何で生きてやがる!? ……ったく、ああーいいなぁ。やっぱりてめえ面白れぇよ!!!」
俺は男から距離をとっていく。これで男の狙いは完全に俺だけになったと言っても過言ではなくなった。逃げ回って時間を稼いでいけば何とかなるはず。
「気をつけろ湊くん! 後ろだ! 何かしてくるぞ!」
言われて振りかえると、男は足を後方に振り上げ、サッカーボールを蹴るかのような体勢をとっていた。
ぞくりと背筋を冷たいものが走る。俺はストリートから横にある店の中に飛び込んだ。
次の瞬間、トラックが衝突したのかではないかと思えるほどの轟音が響き、俺が先ほど走っていた場所を大きめな床の破片が通り過ぎて行った。
「んだよ! これも避けられんのかよ! 楽しませてくれるなぁ、おい!」
俺は荒くなった呼吸を落ち着かせながら思考する。今のは足で床を土みたいに蹴り上げることで床の破片をぶっ飛ばすという、先ほどの必殺技を範囲を狭めた分距離と威力を伸ばした応用技ということみたいだ。
危なかった。警察官の警告がなければ死んでいた。なんだ、この感覚。俺は前にも味わったことがある。そうおそらく死の感覚。そしてこの感覚は最初に未來予知でイメージが流れ込んできたとき、その最後に味わったものと酷似している。
俺の異能力が本当に未來予知なのか疑わしくなってきた。もしかして俺は一度体験しているんじゃないのか?
体験したことしか分からないから、再び未來予知ができないんじゃないのか?
今体験したから分かる。俺は一度死んでいる。あのイメージの最後で俺は一度死んでいるんだ。
それでタイムリープした。死の淵に立ったことで俺の異能力が発現した。全てが繋がった気がした。
(「それとこれは巷では出回っていない噂なのだが、異能力の発動には何かしらの条件が存在するらしい」)
死を体験するまでイメージが続いているということは、そこまで異能力は発動しなかったということ。タイムリープという大仰な異能力に見合った発動条件。すなわち、
「俺の異能力は死ぬことを発動条件に過去へタイムリープするってところか……」
だとすれば俺が死んだ後、世界はどうなったのか。明良や烈花は助かったのか。分からない。分かりようがない。
ならばせめてこの俺がいる世界だけは……、どうにかして見せる!
「こそこそ隠れたって何も解決しないぜぇ。さっきみたいにさぁー、俺を本気で殺しに来てくれよぉー」
男の足音が近づいてくる。俺はすぐさま立ち上がり店内を男とは逆方向に移動する。戦い始めてから感覚で十分くらいしか経過していない。
あれを回避しながらまだ来る気配のない特殊部隊が来るまで逃げ回るなんて、無理だ。
あいつはこの状況を楽しんで余裕を見せているだけではない。俺の反撃を警戒している。こっちに打つ手がないと分かれば、お構いなしに突っ込んでくるだろう。残された手段は一つ、あいつを倒しきるしかない。
俺は思い出す。イメージの最後に男のほほから血が流れているのを。あいつを倒す手段が俺の中では一つあった。大事なのはどうやってそこまで持っていくのか。
また、とんでもない賭けになるな。タイミングを見計らって俺はもう一方の出入り口からストリートに出る。
「おっ、やる気になったか? なぁ、俺を倒して見せてくれよ!? もっと楽しませてくれ!!!」
どうせ現状維持はできない。ジリ貧になるだけだ。俺は腹をくくることにした。
男が再び足を振り上げる。第二ラウンドのゴングが鳴らされようとしていた。




