第十四話 避けられない未来
アウトレットから急いで外に出た後、俺は最寄りの駅に向かった。幸いなことにすぐに電車が到着し、五分もかからず電車に乗ることが出来た。
アウトレットのある駅からショッピングモールのある駅までおよそ三十五分。揺れる電車の中で俺は考えを巡らせる。
俺が見落としていたもの、違和感の正体、それは雲雀渚という俺の母さんの存在だった。
未來予知の中で母さんは俺がショッピングモールに行っていたために、カフェにある新作スイーツの購入を俺に任せた。けれども現実はそうではなく未來は変わってしまった。
俺がショッピングモールにいないことによって、母さんが自ら購入しに行くという状況に変わった。みんなをショッピングモールから遠ざける目的でアウトレットに来ていることが逆に仇となってしまったのだ。
元々の未来を変えるということ、それがどんな現象を引き起こすのか、最悪な形で知らされることとなった。
先ほどから俺は母さんの携帯に何度も電話をしている。しかし、こんな時に限ってマナーモードにしているのか一度たりとも繋がらない。俺は内心焦っていた。
明良が電話してから実際に警察が到着するまでいったいどれほどの時間がかかるのだろうか?
金髪の男はいつになったら事件を起こすのだろうか?
前者は分からない。けど後者に関しては今さながら一つ予測ができる。あいつは多分何かの映画を見終わった後だ。それもアクション系のやつ。
それがもし明良の見たがっている奴だとすれば、終わる時間はこの時間帯だと、ちょうど俺がショッピングモールに到着する時間と同じくらいになる。
かなりギリギリだな。それでもやるしかない。仮に警察が事件までに到着していようと、俺が母さんの安全を確認するまでは安心できない。
携帯が振動している、だけども携帯に表示された名前は西園寺明良であった。俺は無視を決めこむ。いきなり叫んだかと思えば飛び出していったんだ。心配になるのも分かる。
だがこれだけは、本来予測できた事態を見落としていた俺が悪いのだ。警察が到着せずに事件が起こり、母さんにその拳が向けられる可能性があるのならば俺が戦わないといけない。
あの暴力の化身ともいえる男と。
「……」
未來予知の中で俺は死んでいた。戦うということは死ぬことなのかもしれない。駄目だ。たとえ勝算の低い戦いであっても諦めるわけにはいかない。
俺には俺を心配してくれる大切な仲間たちがいるのだから。イメージの中の烈花と明良の表情がよみがえる。考えろ俺。必ずあるはずだ、あいつを出し抜く方法が!
二度目の携帯の振動。これも明良だった。今からすることを言っても明良を心配させるだけだ。分かっている……。
ところが気が付けば、俺はおもむろに携帯のアプリを開いていた。
(「今、ショッピングモールに向かっている。母さんが映画館の隣のカフェにいる可能性が高い。安否を確認したら、すぐに一緒に避難する」)
俺のせいではないと言ってくれた明良。共に責任を負おうとしている明良。どうしても嘘をつくのが心苦しくなった。
こうなったらもうある程度覚悟をしないといけない。仮に金髪の男と戦うことになったらあいつに勝つ。勝ってまたみんなでどこかに遊びに行く。そのためにもっと考えろ。出し抜くどころじゃない、あいつに勝つ手段を見つけるのだ!
確かに俺は死んでいたとはいえ、途中までは互角の戦いをしていたはず。問題はあの必殺技なのだ。威力も高く、広範囲ではあるが隙は大きい。なんとか避けられないものだろうか?
……無理だな。あいつは俺が一歩間合いに踏み込む瞬間を狙っていた。あの大技はあそこまでやらないと出してくれないだろう。かといえ、間合いに入らなければ、あれほどまでに隙の大きい技は撃ってくれない。
その状態で逃げ切るという考えは甘いかもしれない。あいつが鋼鉄の体で突進してくれば障害物なんて関係ない。思ったよりも大きな隙を見せてくれないと追いつかれる可能性がある。
近距離での戦闘に移行してしまったら、どこかのタイミングで必殺技を打たせるしかないだろうな。鉄板を仕込んでいくか。いや、無しだ。途中の戦闘が鈍くなってあいつのパンチを避けきれない。
打つ手なし……、って訳でもないな。俺の異能力が残っている。未來予知であいつの技のタイミング、床の破片の散らばり方を視ることができれば避けられるルートを見つけられるかもな。
俺の未來予知はいつ発動した?
確か、明良と接触して静電気が起こった時だった気がするが、一度しか発動していないのに関連する部分を見つけるのは無理に近い。
そもそも異能力とは自由に扱えるものではないのか?
それとも俺の異能力の練度に問題があるのだろうか?
どちらにせよ、不安定な要素が大きい異能力に頼るのは厳しいものがある。
俺は深呼吸をする。一旦ここで打ち止めにしよう。今回は警察が来ている見込みもある。なにかあれば警察と連携するのが一番手っ取り早そうだ。
それよりも途中のあいつとの近接戦闘をイメージして、確実にさばききれるようにした方が賢明か。
さらにいえば母さんを見つけた場合、どうやって逃げるかを考えたほうがいい。
ショッピングモールのある駅まで残り十五分。制限時間は刻々と近づいていた。
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映画の時間が終わる時刻と同時に電車が到着する。俺は誰よりも早く飛び出し、駅のホームを走り抜ける。改札を抜けた俺はショッピングモールの入り口を目指していく。
映画館は二階。加えて、俺が目指す出入口とは真反対の場所に位置している。近道も裏道も存在しない。俺の足だけが頼りだ。俺はただただ間に合うことを考えて走り続ける。
しかし、いざショッピングモールに入る手前で辺りの様子がおかしいことに気づく。明らかに人の数が普通よりも多い。まるで逃げてきたみたいに感じる。まさか、もう始まっているのか?
冷汗が流れるのを感じた俺だったが、よく観察すると警察官が数人おり、人々の誘導をしていた。この中に母さんがいるかもしれないが、上の階はまだ避難できていないかもしれない。
「ちょっと君! 今ショッピングモールには不審物があるとの情報が入っていて、ここは先ほどから立ち入り禁止になっている。ちょっと! 待ちなさい!!」
警察官の警告を聞き流し、俺は脇目もふらずに中へ入る。中も同じような光景が続いていて、警察官主導のもと多くの人々が避難指示に従っていた。ん?
どうやら二階から避難してくる人々が見当たらない。警察が到着したばかりなのかもしれないな。俺は避難する人々とは逆に向かって再び走り出し、エスカレーターを駆けあがる。
「本日はご来店いただきましてありがとうございます。ただいま、映画館で不審物が見かけられたため、本館外への非難を行っております。誠に申し訳ありませんが、ご協力のほどよろしくお願い致します」
避難指示を促すアナウンスが流れ込んでくる。同時に警察官による避難誘導が始まった。やはり二階はまだだったか。それにしてもタイミングが少し遅かった。
男が出てくる前であれば、母さんの安否は確実だったろうに。俺の相談するという判断、事件が起こる時間の予測、全てが遅すぎた。この場内アナウンスを男が聞いているなら不審に思うはずだろう。
明良には金髪の屈強な男と伝えている。警察官がマークをしてるはずではあるが……、どうだ?
映画館が見えるまであともう少し状況はどうなっている?
「ああん? どうしたんだよ警察が、俺に何か用か? 映画館で不審物が発見されたんじゃないのか?
さっきからずっと、俺に質問して何がしてぇんだよ」
「いや、君だけではないのだが、映画館にいた人物には不審物を仕掛けた容疑がかかっている。ゆえに、一人一人に質問をしているのだ」
「容疑ー? にしては他のやつら、どこかに行ったようじゃねぇの。明らかに俺が仕掛けたと疑ってんじゃねぇのか? おいおい、見た目で判断するのはよしてくれよー。ったく、それよりも気になるな。この状況で電話しているあの女。警察がいるんだから警察に電話しているわけじゃねぇよなあ。……ああいうやつなんだよ。こんな状況で誰かの心配をしている崇高な奴ならよぉ、土壇場で異能力が宿ってもおかしくないよなあ!? ああん!?」
「っ!! 全員構えろ!!!」
一人の警察官の怒号を合図に周りにいた警察官が銃を構える。にもかかわらず男は不敵な笑みを浮かべて走り出した。
ようやく見えた。映画館とカフェが。そしてカフェから電話をしながら避難している母さんの姿を見つけた。俺は胸をなでおろす。とりあえずは無事みたいだ。
が、ホッとしたのもつかの間、映画館の方から金髪の男が警察官をぶっ飛ばして走ってきた。狙いは誰だ!
(よりもよってかよっ!!)
男の視線の先にいたのは携帯で電話をかけているであろう母さんだった。未來予知の中での携帯をかけながら逃げる烈花と姿が重なる。
「おい、そこの金髪脳筋野郎! 女を狙ってみっともねぇなあ! ダッサいにもほどがあるぜ!? なんだ? 自分の力に自信がねぇのか!?」
俺は声が枯れそうなほど張り上げて男を挑発する。こういう自分勝手で力を誇示したがるようなやつなら効いているはずだ。
「ああん? おいてめぇ、面白れぇな。今誰に向かって自信がねぇとぬかしやがった」
思った通り、こめかみに血管を浮かばせてこちらに振り返ってきた。
「お前しかいないだろう、どう見ても。周り見てみろよ、他に金髪脳筋野郎がいるように見えるか?」
「言うじゃねぇかガキが。この状況で電話してるやつにしようと思ったが、ここまでコケにされちゃ黙ってられねぇ。いいだろう、ノってやるよ」
良し思った通り、俺に標的を変えたのか、ゆっくりと俺のところに向かってくる。俺はその場を動かず、男がやってくるのを待つ。
「湊! 何やってるの!? 私のことはどうでもいいの!! あなたが無事ならばそれでいいのよ!!」
母さんの叫び声をよそに俺は近くにいた警察官にお願いする。
「すみません、この人を、俺の母を頼みます」
「頼みますってどうするんだね君は!? あの男は能力者だ!! 勝てるわけがない! 僕たちに任せて君も逃げるんだ!」
警察官の表情は覚悟に満ちていた。自分が死ぬことすら厭わないという感じだ。
「あの男が能力者だというならあなたたちでも無理だ。それに狙いは俺になっている。俺が耐えれれば誰ももう傷つくことはないでしょう?」
「……君の言う通りだ。彼は君を執拗に狙うだろう。そして僕たちではあいつを止められない。本当に馬鹿野郎だ! この人を助けるためだというのは分かる。けどね! その後のことを考えたのかい!? あいつを止められないのは君も同じだ!」
俺は自分の携帯を確認する。思った通り母さんからの着信があった。あの状況で母さんは俺の心配をしてくれていた。覚悟は、決まった。
「大丈夫です。あいつの異能力は鋼鉄化なのでしょう。勝てる算段はあります」
「君!? それをどこで……。そうか、君が明良くんが言っていた未來予知の能力者、湊くんなのか。 ……分かった。警察という立場でありながら君に無責任なことをお願いする。あいつを、頼む……」
「承知しました。何か私に伝えておくことはありますか?」
警察官は耳を近づけて俺に囁く。男には聞かれたらまずい話のようだ。俺が伝えた情報以外にも新たな発見があったのだろうか。
「今、僕たちとは別に特殊部隊がこちらに向かっている。一時間以内にはここに到着するらしい。その方たちなら、この状況を制圧できるはずだ。それと、これは巷では出回っていない噂なのだが、異能力の発動には何かしらの条件が存在するらしい。それが分かれば、あいつの異能力を無効化できるかもしれない」
そういうと警察官は母さんを引き寄せて俺から離れていく。ありがたい情報だ。男の攻撃を耐えても勝てるプランが組めた上に、男をどうにかするというプランも組める。それに、ようやく息も整ってきた。
「湊! 湊っ!! 待って!! 湊おおおおおお!!!」
耳を劈くような母さんの悲鳴。母さんたちの姿がどんどん遠ざかっていく。さてと、俺は男を見つめる。男はすぐそこまでやってきていた。
「待ってくれるとは意外だな。見送っている途中で攻撃してくるかと思っていたのに」
「俺だって誰彼構わず殺してぇ訳じゃねぇ。ただ、強えーやつとそれも能力者と楽しく戦いたいだけだ。お前がどうかは知らねぇが、女助けるために俺をここまで馬鹿にしたんだ。肝が据わってやがるじゃねぇか。……かなりイラついたのもあるがなあ。まあ、楽しませてくれや」
男が拳を構える。戦いの火蓋は切って落とされた。




