第十三話 明良の覚悟 (side明良)
突然理由も言わず飛び出していった湊に、俺は驚愕よりも焦りを感じていた。湊のことだ、いきなり走り出したのは、絶対に今話してくれたショッピングモールの事件に関係していると察した。
こんなことなら俺も隠し事などせず、湊にもっと早く打ち明けとくべきだったか。昨日の時点でみんなで行動することになったから、何かあっても大丈夫だと思ってしまったな。
一人で背負おうとするなって言っておきながら、俺も自分一人で解決しようとしすぎたか。
しかし、この状況。どうするべきだろうか。先ほど電話を終了させた警察官である長谷部さんにもう一度電話をしたほうが良い気がする。俺の予想では湊はショッピングモールに行くつもりだと推測している。
長谷部さんは自分も現場に行って指揮の一端を担うとおっしゃっていた。仮に俺の予想があっているのであれば、湊が本当に来た場合の対応を任せた方が良いだろう。俺はすぐさま電話を掛けなおす。
「こちら、九十九日市警察署の長谷部ですって、明良くんじゃないか。さっき電話を終えたばかりだけど、また何か分かったことでも出てきたのかい?」
「いえ、そういうわけではないのですが、先ほどお話しした俺の親友である雲雀湊が、突然どこかに走り出したみたいで、もしかしたら何か嫌な未来が視えてしまったのかもしれません」
「それを君に言わずに走り出したってことは危険なことをするつもりがある。つまりはショッピングモールにくる可能性があるってことだね」
流石長谷部さん、状況の呑み込みが早い。たまたま連絡を取り合う相手が長谷部さんになって、ここまで関係が続いているが、今ではとても強い信頼を彼においている。
「そうです。そして彼がもしやってきたらの話なのですが、湊のやりたいように、彼をカバーしていただけませんか?」
長谷部さんが息をのむのが分かった。二人の間に沈黙が流れる。長谷部さんは次の言葉を口に出せないでいるようだった。十数秒が経過したころだろうか、長谷部さんが口を開いた。
「君の親友であり、君がそこまで言うのであれば、湊くんは男との戦いになった場合に活躍してくれるんだろうとは思うよ。けどね、僕たちは警察官だ。市民を守るのが仕事なんだ。例え、異能力を持っていたとしても一般人に、それもまだ高校生の君の親友に、危険を及ぼすようなことはできない」
長谷部さんのいうことはごもっともだ。いくら能力者だろうと一般人に変わりはない。自分に何かができると錯覚した一般人がどのような末路をたどるか俺は知っている。
「言いたいことは分かります。それでもお願いできませんか? 彼は未來予知の能力者です。絶対に役に立ちます。このままだと市民は守れても警察の皆さんは無事では済まない可能性は高いですよね。湊なら、何とかできます。みんなが無事で済む方法を彼は知っているはずです」
これは俺の本心だ。今までの湊を見てきた俺だから信用できる。湊は運動神経や動体視力といい戦闘に関するスキルは高い。
鋼鉄化の異能力というなら基本は近接戦闘。完璧に相手の土俵ではない。未來予知の異能力と合わせれば何とかなるという勝算はある。
「みんなが無事に済む方法ね……。本当にそれを知っているなら、彼に任せるのが一番だろうけど、君は、どうしてそこまで彼を信頼できるんだい? 失敗したら、彼は死ぬかもしれないんだよ?」
「……これまでの湊を見てきたからっていうのもありますが、一番は勘です。俺の勘が湊なら何とかしてくれると言っているからです」
呆然としているだろうな。親友の命が懸かっている場面で出てきた答えが勘だ。到底信用できたものではないかもしれない。けれども俺にはそうとしか言えなかった。
「……西園寺明良の勘は侮るなかれ。それこそ、数々の著名人を輩出してきた西園寺の中でも、ひと際異彩を放ち、活躍している理由である。君のお父さんが言っていたのを思い出したよ」
今度は俺の時が止まった。俺は西園寺家の長男として生を受けた。西園寺家は家柄が良く、日本が誇る大企業の一つでもあり、当然ながら俺も昔から英才教育に近いものを受けてきた。
前にも言ったが、そんな家族の思いとは裏腹に俺自身は自分の出自に興味はなく、家の者から文句を言われないように最低限のノルマをこなし、ただやりたいと思ったことをやってきた。
いつも遊んでいる俺に呆れているのか、元々寡黙な性格であったからか、父から叱られることも褒められることも無かった。そんな父が俺のことをこんな風に評価していたとは知らなかった。
「湊くんが本当に未來が視えているというのであれば、私たちよりも幅広く対応ができるだろう。……君のその勘に、私ものってみようと思う。もちろん何かあれば責任は私がとる。本当に明良くんも、それでいいんだね?」
「はい、大丈夫です。俺も覚悟はできています。お願いいたします」
湊にどんな理由があったかは分からない。だが、あいつは覚悟を決めて行動しているのだろう。もう俺にできることはない。ならば俺も腹をくくらないとな。あいつなら上手くやってくれると信じるしかない。
「分かった。まだ現実になるかは分からないけど、万が一のときは任せてくれたまえ。他に何か伝えたいこと、僕にできることはあるかな?」
「湊が男との戦闘になったら、銃撃でのカバーをお願いします。近接戦闘になると撃つ場面は限られてくると思いますが、男が完全に停止するタイミングで有ればサポートできるのではないかと思います。それと、湊に寛大な処置をお願いします。湊の異能力は良くも悪くも危険ですから」
「心配しないでくれ、できる限りのことはさせてもらう。僕もそうなんだけど、自己犠牲の精神というのは嫌いではないのでね。ではそろそろ時間だ。失礼させてもらうよ」
「はい、ありがとうございました」
電話を切り終えた俺は、長い息を吐いて目を閉じる。今の俺にやれることはやったはずだ。後はどうなるか、お前にかかっているんだからな湊!
一応電話もかけてみたが、しばらく経っても電話には出てくれない。再度電話をかける。やはり一向に繋がる気配がない。マナーモードいうより電話に出る気がない。これは黒だな。
「あ、明良発見。こんな奥の方にまで行って何やってたのよ。って、湊はどこに行ったの?」
「そういえば、雲雀先輩が見当たりませんね。お手洗いでしょうか?」
「なんだか嫌な予感がするわね。西園寺くん、雲雀くんは今どこにいるの?」
女性陣もアウトドア用品を見に来たのか、こちらに向かってやってきたようだ。しまったな。千代ちゃんは湊に何かあることに勘づいていたし、星村に至ってはすでに異常事態であることに気づいているな。ごまかすことも難しいか。
「みんな驚かずに聞いてほしいことがある。ちょっとここでは話づらいことだ。ということで一旦、フードコートに戻らないか? 落ち着いて話がしたい」
「何よ、話づらいことって……。気になるけど、ここで長話って訳にもいかないか。分かった、一旦移動しましょう」
「分かりました。フードコートへ向かいましょう」
「納得できる話なら、いいのだけれどね」
俺と烈花さんの会話を聞いた二人も首を縦に振った。とりあえずどこまで話したものか。全てを話せはしないな。最悪、烈花さんと真白がショッピングモールに乗り込みかねない。
「ちょっと西園寺くん」
肩をたたいた星村が俺を呼び掛けてきた。
「どうした星村、フードコートについてからの話じゃ駄目か?」
「フードコートについてからだと、本当のことを話してくれないでしょう。だから今尋ねたいの。雲雀くんはどこにいるの?」
察しがいいな。星村は二人と比べたら冷静に話を聞いてくれそうだし、本当のことを話すのもありか?
……いいや、そうじゃない。湊の行動の責任は俺が背負う。星村にも背負わすわけにはいかない。それに星村は、少し気になるところがある。
「残念だが、フードコートに着くまでは話せない。そもそも嘘をつくつもりはないからな」
「私は、今日の昼から雲雀くんの様子がおかしいことには気が付いていたの。彼にもどうしたのか聞いたわ。でも話してくれなかった。さっき西園寺くんには打ち明けていたんじゃないの? ねえ、私たちにできることはないの?」
冷静に見えていた星村がいつもより必死に熱くなっているように感じた。一昨日烈花さんが強引に連れてきたときから、何か難しい事情を抱えているとは思っている。やっぱり本当のことを話すのやめておいた方がいいな。
「残念ながら、今の俺たちにできることはないな。心配するな。異常事態ではあるが、湊は無事だからよ」
腑に落ちないといった顔で俺のことを睨んでいたが、俺の強情な姿勢にあきらめたのか、そっぽをむいて歩き始めた。悪いなみんな、これは俺と湊の問題なんだ。
しばらくしてフードコートに着いた。昼ご飯のピーク時間を過ぎているのか、人はまばらで少なかった。
俺たちは机に座る。烈花は何が始まるのかといった顔で俺のことを見つめる。対して千代ちゃんと星村は頬杖をついて絡みつくような視線で俺を見つめていた。女性三人というのもあり、ものすごい圧を感じる。
「そんな目で見るなよな。別に悪い話をするってんではないんだからよ。それよか何か飲み物でも買わなくてもいいか? 少し長くなるかもしれないぞ」
「私は大丈夫よ。そんなことより、もったいぶらずに早く話しなさいよ」
「私も大丈夫です。私も早く話を聞きたいので」
「私もよ。西園寺くん、悪い話ではないというのは本当なのかしらね。ちゃんとした理由がないと納得しないわよ」
これは本当に変な嘘はつけないぞ。半端な内容の話じゃ絶対に納得してくれないって雰囲気だ。おい湊、恨むぜ。お前に何かあったら、俺がみんなの恨みを買うことになるんだからな。
「まあ、そう焦んなって。で、湊が今どこにいるのという質問についてだが、それに答える前に、まずしておかなければならない話がある。これは俺が今までみんなに隠していた話で今回の湊の件とも関わりの深い話だ。驚かないで聞いてほしい」
「ふーん、えらく仰々しい前置きをするじゃない。本当にどうなってるのよ」
「まず、昨日に遡る。九十九日市の第二の都心部、俺の住んでいる地域で異能力を持った能力者と思われる人物が確認された。警察からの機密情報だ。信憑性は高い」
「「「!?」」」
一行はおどろきのあまり言葉が出てこないといった感じで俺を見つめる。半端な嘘は通用しないと思った俺は、強烈な事実を交えながら湊が無謀なことをしようとしているかもしれないことを隠すことにした。
「ど、どういうことですか!? 異能力ってあの三年前に消えた異能力のことですよね!? 今更また復活したってことですか!?」
「千代ちゃん、ちょっと声が大きい。人が少ないとはいえ、どこで誰が聞いているか分かったもんじゃないからな」
一番最初に開口したのは千代ちゃんだった。想像通りの反応といったところだ。一方、星村は黙り込んで顎に手を当てて考え事をしているようだ。
烈花さんに至っては顔が青ざめていた。あれ、この人こんなに、異能力に対して嫌悪感のようなものを持ってたっけ?
「ね、ねぇ明良。湊は……、今どこにいるの? 凜も言ってたけど、悪い話じゃ、無いんだよね?」
震えた声で烈花さんが問いかけてくる。どこか焦燥感に駆られているような気さえする。この話の流れだと、湊が異能力に関する事件に巻き込まれたのかと疑う気持ちも分かる。
「とりあえず落ち着いて、湊が何かに巻き込まれたとかそういう話じゃない。ただ、……湊にも異能力が確認されたって話だ。ってより、異能力が発現したことをさっきと同じ話を聞いて自覚したらしい。それで今は警察の協力のもと、総合病院で秘密裏に検査を受けているはずだ」
ここでようやく嘘をつく。今までの話が突拍子もなさ過ぎてどこまでが本当か嘘なのか判別がつかないだろ。
湊が病院で検査を受けてるっていう嘘の導入としても悪くない。頼む、これで納得してくれ。
「雲雀くんに異能力が発現ねえ。当然異能力が発現したからには、何か特殊なことが出来るようになったのよね。本人も自覚しているってことは何の異能力かは当然分かっているのでしょう?」
「そうですよ。それにいくら異能力が発現したからってそんなに急ぐことなんですか? 西園寺先輩には伝えて、私たちには一言もなしに行ったていうのは、……少し寂しいですよ」
「それは、……俺にも分からない。湊にどんな異能力が発現したのかは教えてくれなかった。多分かなり厄介な異能力なんじゃねぇかと俺は思ってる。こればっかしは今日の夜か明日にでも電話してみねぇと分からないな」
みんなが電話をしないように言葉を付け加えた。三人は顔を見合わせ、どうするべきか悩んでいる様子だったが、なんとか各々の解釈で納得してくれたみたいだ。これで当面は誤魔化せるはず。後は湊が無事に帰ってくるかだな。
「さて、湊も帰ってしまったことだし、これからどうしたものかね。みんなでこのままウィンドウショッピングを続けるか? 能力者が現れたことが不安ではあるから、帰るってなら俺の家のものに車を出させる」
「今湊は病院で検査を受けてるのよね。午後からやる検査ってことは大掛かりなものではなさそうだし、しばらくウィンドウショッピングした後、病院に行って面会するっていうのがいいんじゃない?」
「私もそうしたいです。だって異能力が発現したなんてとっても気になるじゃないですか。だから小鳥遊先輩に賛成です」
「それに私たちに何も話さず行ったことを問い詰める必要があるわね。私もウィンドウショッピングから面会の流れで賛成よ」
面会か。ことが全て終わったら病院には連れていかれるだろうが、そこから検査を受けるとなると特別な面会を除いた通常の面会時間は過ぎてそうだな。
これはその内ばれるな。よし、予定変更。湊の無事が確認できるまで、みんなをだましきることにしよう。全部をごまかすことは不可能だ。
今はウィンドウショッピングに集中させて、気を紛らわさせた方がいいか。ここで別れると予想外の行動をとられることもあるだろうしな。
「分かった。湊にもアプリでメッセージを送っとくわ。とりあえず、病院に行くとしても車は必要だから、家に電話してくる」
「ありがとう、お願いするね」
電話をする前に湊にメッセージを送っとくか。ああん?
湊からメッセージが来てるじゃねぇか。何々?
(「今、ショッピングモールに向かっている。母さんが映画館の隣のカフェにいる可能性が高い。安否を確認したら、すぐに一緒に避難する」)
あんにゃろう、やっぱりショッピングモールに向かってやがったか。その上、湊の母さんが映画館の隣のカフェにいる可能性が高いときたか。
そういえば今日はあそこのカフェは新作スイーツの発売日だったな。モンブランタルトだったか。湊の母さんは俺と同じくかなりの甘党だ。いてもおかしくはない。
そうか、これが未來予知で視た未來が今日だと判断できた理由か。カフェにある本日新発売というポップを確認したということか。となるとショッピングモールは本格的にやばそうだ。
能力者がそうポンポンと問題を起こすとは思えないし、逆にショッピングモール以外は安全そうではあるが。
「どうしたんですか? そんな眉間にしわを寄せて。何かあったんですか?」
「いや、西園寺家の話題でちょっとな。別に問題ねぇから気にしなくて大丈夫だ」
なあ湊、今何してるんだ。見ろよ、お前のことを心配してくれる人たちがこんなにいるんだぞ。
だから頼む、絶対に生きて帰ってこい!
震える拳を握りしめ、俺は強く願う。またいつものように馬鹿やって、笑い合って、楽しんでいた日々が続けられることを。




