第九話 西園寺明良 (side明良)
俺の家、西園寺家は様々な事業に着手している大きな企業だ。日本中でその名前が知れ渡っている。
西園寺家と言っても、俺の家族だけが西園寺家ではない。父には二人の兄弟と三人の姉妹がいるため、西園寺という名を連ねる者の数は計り知れない。
そして西園寺の名を連ねるものは大抵何かしらの分野で活躍している人が多い。
父、西園寺豪徳もその一人。西園寺家の長男として生まれた父は祖父の会社を継ぎ、今まででも大きかった会社をさらに成長させた凄腕の持ち主だ。
父は会社を急成長させた後、ほどなくして一般人の女性と結婚した。西園寺家は由緒ある家系、現代ながらもお見合いや政略結婚なんてものもある。父の取った行動は今までの西園寺には受け入れづらいものだっただろう。
しかし、日本どころか世界にも名を知られるまで会社を急成長させた父に誰も反対することはなく、意外にすんなりと結婚を許してもらえたと母から聞いたことがある。
俺、西園寺明はそんな両親のもとに長男として生まれ、西園寺家に名を連ねる者の一員となった。
自分で言うのもなんだが、俺は異端だった。頭脳明晰で運動神経も抜群、何をやっても高水準。
なのに、何かを目指すことも無く自由奔放にやりたいことだけをやってきた。俺は西園寺家というものに特別さを感じていなかった。
(「君にはもっと相応しいやるべきことがある」)
周りから言われるのはこんな声ばかり。家が偉いからなんだ、能力があるからなんだ。うるさい。俺の人生は俺のもんだ。
俺のやっていることが無駄かどうかをてめえが勝手に判断するな。ちなみに父と母は放任主義で俺のやっていることに関して口を出されたことはない。
母とはよく会話をするが、父とはあまり会話をしない。放任主義と言っているが、父は内心俺の扱いに困って呆れているのだろう。
まあ、父からどう思われようなんて、それこそ気にしたことなんてないが、父には感謝しているし、尊敬もしている。
西園寺という名前を持つからこそ、人よりも多くの得をしてきたと思う。でも俺の人生にまで口を出されるのは困る。今の俺にはあいつらとの時間がどんなことよりも大切だ。
とはいえ、俺というよりみんなのことを悪く言われたくないから一応ノルマとして最低限、やることはやっている。
「ただいま。今帰った」
「おかえりなさいませ、明良様。今日はお早いお帰りで」
「たまにはな。何か早急の要件はあるか」
「いえ、今のところは何もございません」
「分かった。俺は部屋でやることをやっている。夜飯の時間になったら教えてくれ」
「承知しました。また何かありましたらお伝えします」
「ありがとう、頼む」
執事が一礼をして奥へ引っ込んでいく。俺はそのまま二階への階段を上がり、自分の部屋へ向かった。
九十九日市の都市部を線路沿いに二駅ほど北に向かったところ。そこは第二の都市部と言われており、九十九日市で二番目に栄えている。
その一角、やけに大きい土地と豪邸とも呼べるほどの大きな家が存在する。そこが俺の家だ。
家には数人の執事とメイドがおり、家事や俺たちの暮らしを手伝ってくれている。俺や母は堅苦しいと思っているが、これも西園寺家としての威厳を保つために必要らしい。主に外に対してじゃなく、内に対して。
全く、面倒くさい家である。俺も昔からの父親の影響で今みたいなやりとりをするようになってしまっている。上に立つものっていう感じが性に合わないんだよな。
けど、俺がこうやって自由にやれているのはサポートしてくれている執事やメイドのおかげでもあるからな。悩ましい話である。
自分の部屋に入り、俺は勉強机よりも一回り大きい机の椅子に座る。机の上には綺麗に並べられた資料の入ったファイルとモニターが三台並んでいる。
「さてと……、パパっと終わらせますか」
俺が今取り掛かっているのは、父の会社の事業の一つ。そのあらゆるデータをまとめたもの。大体の流れとして、何が出来ているのか、何が出来なかったのかをまとめ、やるべきことを洗い出し、優先順位をつける。
また、現在進行中のプロジェクトで違和感を感じるところを探したり、これからの予定を見て、違う段階を踏まなければならないか、無駄な過程を歩もうとしていないかを確認する。
基本的に急ぎの仕事は無いため、こうやって帰ってから仕事をすることが多い。早めにやった分だけ後が楽になる。
(土曜日にアウトレット、日曜日にショッピングモールへ行くっていう手もあるからな)
今日の分だけではなく、明日や明後日の分の仕事や学校の勉強にも取り掛かった方がいいだろうな。
俺はショートスリーパーの方で、一日四時間も睡眠すれば健康に活動できる。学校の課題や家の仕事をこなしながらも毎日のように遊んでいられるのはこの体質のおかげだ。成績も学年で五指には入っているし、仕事も抜群に成果を出している。
学校と遊びと仕事、大変なのには違いないが、俺は苦に感じたことはない。やりたいように、やらせてもらえるならば、それでいいからな。
ドアをノックする音が聞こえる。どうやら集中していたみたいで、もう夜飯の時間のようだ。
「明良様、ご飯の準備が出来上がりました。都合のよいときにお降りください」
「分かった。すぐに向かう」
ちょうど、今日の分は全部片づけ終わったところだ。お腹も空いたし、早めに食べるとするか。
「明良さん、お帰りなさい。今日はお早い帰りでしたけれど、遊ばなかったのですか?」
「ただいま、母さん。連日遊んでたから、今日くらいはな。その代わり明日は遊びに行く。明後日はまだ分からん」
俺に対して敬語を使っているこの女性は俺の母、西園寺朱莉。物腰が柔らかく、誰に対しても敬語を使う人で、お嬢様らしい高貴なオーラを放っているのに、一般人である。
この雰囲気と言葉遣いは結婚する前からだというから最初は思わず二度も事実なのか聞き返してしまった。
「父さんは今日も遅いのか。最近全然見かけないけど」
「そうですね。どうやら忙しいみたいです。詳しいことは話してくれませんので、私も困ってるんいるんですよ」
家ではできるだけ一緒にご飯を食べるという母さんのルールがあるため、みんなで食卓に着くことが多い。
最近は父さんが会社に籠りっぱなしみたいで、三人そろって食べることはない。大企業の社長ともなれば、想像もつかないくらい忙しいのだろうな。
「明良さん、体調はお変わりなくて? かなり頑張ってらっしゃるみたいですから。大変なら、仕事も勉強も手を緩めてもいいんですからね」
「そういう訳にはいかない。こっちは自由にやらしてもらってるんだ。昔は口うるさかったお爺様やお婆様も、今は大人しくなってるのは俺が最低限やることやってるからだろ」
「別に気にしなくてもいいんですよ。何かあれば、私や豪徳さんが言いますから。明良は明良のやりたいことをやればいいんです」
母さんは放任主義でも、俺のことに呆れているとかではなく、むしろ自由にやってほしいと応援してくれている。
逆に祖父母は厳格な人で、もっと俺に色んなことをやらせたがっている。俺がやりたいことを見つけて嫌がるようになるまでは、英才教育を施されたものだ。
「ごちそうさまでした。俺は週末の分まで仕事を終わらしてから風呂に入るから、母さん先にどうぞ」
「もう無理しなくたってよろしいのに。それでも明良さんがやりたいのでしたら、仕方ないですね」
メイドが俺の食べ終わった後の皿を片付ける。いつものように軽く礼を言い、俺はまた自分の部屋に戻る。残りの仕事と課題を片付けないといけない。
(にしても……)
広い部屋にベッドと大きなワークデスクとテレビだけ。ミニマリストではないが、最低限のものしか置いていない、とても簡素な部屋だ。この広い空間のように昔は俺の心も空っぽだった。
やりたいこともなく家の言われるままに生きる機械のような俺。俺に変化が訪れたのは中学一年の時。湊と出会って俺の運命は変わった。
あいつは俺のことを特別視していながらも、対等であった。あいつの言葉が俺の人生観を変えた。
(「驚いたね、西園寺くんの方から話しかけてくるなんて。俺とは関わることのない人だと思っていたから。それで、どうしたんだい、いきなり話があるって。俺に答えられるようなものであるといんだけど)」
(「んな風に思ってたのか。まあ確かに普通に暮らしていれば関わることはなかったかもな。話っていうか、雲雀に一つ質問があるんだ」)
(「質問って?」)
(「どうしてか雲雀が輝いて見えるんだ。いくら考えても、なぜか分からなかったから直接聞いてみることにした。心当たりあるか?」)
(「輝いて、見えるねえ……。答えるついでにこっちも質問していいかい?」)
(「いいぜ、何でも答えてやるよ」)
(「西園寺くんは、人生楽しんでるか? 命を懸けてでもやりたいことはあるか? 俺はある。俺はこの命に代えても守りたいものがある」)
(「っ!?」)
(「一度考えてみるといいよ。西園寺家を除いた明良という人間がやりたいことを、さ」)
(「……んなもん、考えたって分かんねぇよ。俺は西園寺家の用意したものしか知らん。だったらお前が教えてくれよ。色々と楽しいものを」)
懐かしい。あれからどんどん中を深めて、親友になっていったんだよな。今思えば意味の分からない質問。いきなりあんな質問されたら笑ってしまうかもしれないのに、あいつは真剣に向き合ってくれた。
俺はゲームや漫画、娯楽用品を買わない。そのせいで、こんなにもだだっ広い部屋になっている。
けどそれでいい。楽しいことは全部湊が、みんなが教えてくれる。俺の部屋には必要ねぇ。俺の心はこの部屋と違って、今は満たされているのだから。
俺は再び仕事に取り掛かる。仕事をを終えた分だけ、文句を言われず、みんなと楽しく遊べる。こんなもん、大変でも何でもないのさ。時間にして四時間は経ったころだろうか。
そろそろ一段落つこうとしたとき、携帯がけたたましく鳴り響いた。もう日付も変わる前だぞ。誰だこんな時間に。
電話の相手を確認する。相手は警察官の方だった。
「もしもし、西園寺明良です。こんな時間にどうかされましたか? え? その話、本当ですか!?」
突拍子もない嘘だと思えるようなその話題は俺の頭を深刻に悩ませるのであった。




