高速で駆け去る結婚志望のカワウソ似少女を捕えるのは誰だ?
「リリ、悪いが君を我がパーティー『天狼』から追放する」
冒険者ギルド内で『天狼』リーダーの俺ラグは、シーフのリリの追放を宣言した。
ギルド内は騒然、よし、目立ってる目立ってる。
サプライズはこれからだ。
「そうですか。今までどうもありがとうございました。ではっ!」
「それで君をって、あれっ?」
リリの姿は一瞬にして消えていた。
呆れたように他のパーティーメンバー達が言う。
「だから止めとけって言ったのよ」
「でも今のままじゃどうにも進展しないだろうが!」
そうなのだ。
リリはシーフの腕も超一流だが、真面目でとても可愛い。
ちょうだいちょうだいをするカワウソのようなチャーミングさ。
しかも子爵家の令嬢。
俺はリリに相応しい男になるために、冒険者として必死で名を上げたのだ。
だがどれだけモーションをかけても、リリは俺の愛に気付いてくれなかった。
だからうちのパーティーのシーフから俺の嫁にジョブチェンジさせようとするサプライズだったのだが。
「リリの見切りはメチャクチャ早えよ」
「何度もその判断力には助けられたでござる」
「どうするの? って今の『スキップストライド』よね。待つしかないけど」
『スキップストライド』はリリの持ちスキルの一つだ。
超高速移動を可能にするというもの。
正直リリみたいな高レベル者が『スキップストライド』を使ったら誰も追いつけない。
とはいえ冒険者稼業を続けるつもりなら、冒険者ギルドには立ち寄らざるを得ない。
ここで待っていればいつかは会えるはずだ。
「冒険者ギルドはこの町だけにあるんじゃないんだぜ?」
「わかってるよ! ああああ、どうしてこうなった?」
『天狼』リーダーであるラグがリリの性格を掴みきれていなかったからです。
リリの脱退で索敵や危機察知に大きな支障をきたすことになったS級パーティー『天狼』は、その後大変苦労することになるのでした。
◇
「追放かあ」
私リリは思うのです。
ここは人生の考え時だぞ、と。
クビは悲しいことですが仕方ないです。
超優秀な冒険者であるリーダーのラグさんがそう決めたんですから。
私は『天狼』メンバーとしては限界だったのでしょう。
「次の就職口をどうするか。問題はこれです」
手持ちのお金はまあまあありますから、焦る必要はないです。
でも実家と折り合いが悪いので帰れません。
『天狼』を追放処分となったとなると、冒険者を続けるのは難しいですかねえ。
もとより冒険者に社会的信用なんてないでしょうし。
となると取れる手段は……。
「永久就職がベストですねっ!」
素敵な殿方に心当たりあります。
楽しみになってきましたっ!
◇
「コーヌスさん、こんにちはー」
「やあ、リリじゃないか。いらっしゃい」
カワウソに似た人懐っこい笑顔の冒険者リリだ。
昼食時の忙しい時間帯を避けてオレの店に来てくれたのだろう。
リリは可愛いだけでなく、そういう心遣いのできるいい子だから。
「今日は一人なのかい?」
「パーティーをクビになっちゃったんですよ。身の振り方を考えなくてはいけないんです」
「えっ?」
リリがS級冒険者パーティー『天狼』をクビになった?
確かにえらいことには違いないけれども、どうして急に?
「うーん、リーダーの考えはわかりませんけれど、シーフ職は攻撃力が物足りないですからね。高レベルになるほどお荷物なのかと」
「そ、そうなの?」
「この前読んだ追放物の流行本にそう書いてありました!」
追放物の流行本って。
実際には高レベルパーティーの受けなきゃいけないクエストほど凶悪な罠とかあって、シーフが必要なんじゃないの?
冒険者事情に詳しいわけじゃないけど。
しかしにぱっと笑うリリには悲壮感の欠片もない。
ああ、癒されるなあ。
「大変だったね。昼食まだなんだろう?」
「いえ、食べてきました!」
「そうなんだ? どうしてここへ?」
飯屋に飯食う以外の目的ある?
「コーヌスさんのお嫁さんにしてもらえないかと思いまして」
「えっ?」
「コーヌスさんの御飯はとても美味しいですから」
極上の笑顔から放たれるそのセリフズルい!
思わず抱きしめたくなったわ!
いやいや待て待て、ちょっと待て。
オレよ冷静になれ。
『天狼』リーダーのラグはあれほどリリに執着していたじゃないか。
傍から見て何であれでリリは気付かないんだって、ラグに同情したくなるほど。
どこかにお互いの考えの齟齬があるんじゃないか?
「リリ、落ち着きなさい」
「はい、落ち着きます」
「くうっ、素直!」
嫁にしたい。
もう理性飛ばして嫁にしても許されるんじゃないかな。
いやいや、ソロでもリリは国中探してもほとんどいないS級冒険者の一人。
勘違いで食堂の女将になりましたじゃ許されない。
「もう一度ラグとよく話してみなさい」
「それがコーヌスさんの答えなんですね」
「……ああ」
一瞬リリの顔が曇ったことに後悔した。
「お世話になりました!」
疾風のように駆けだす少女に、料理人コーヌスは再び会うことはなかった……。
◇
「師匠、こんにちはー」
「あれ、リリちゃんかい?」
「そうです! 師匠は私の声がよくわかっていらっしゃるんですね」
いや、声ももちろん知ってるけど、ボクのことを師匠って呼ぶのはリリちゃんしかいないからだよ。
逆にS級冒険者で有名人のリリちゃんが師匠扱いしてくれるから、ボクことワスカールがちょっと世間に知られるようになったってことがある。
ボクなんてただのスキルマニアだからね?
実戦じゃとてもリリちゃんに敵いやしない。
「小汚いところへようこそ」
「アハハ、これお土産です」
「むっ、一角ウサギの肉だね?」
「さすが師匠! その通りです。たまたま途中で出遭ったんで」
「そうかい、ありがとうね」
にぱっと笑うリリちゃん。
ああ、癒される。
リリちゃんは国で神の使いと崇められているカワウソに似ている、と思ってるのはボクだけだろうか。
この辺に一角ウサギなんかいないということは知っている。
ボクの好物だからわざわざ狩ってきてくれたんだろう。
いい子だなあ。
「今日はどうしたんだい? 取得スキルの相談かな?」
「違うんです。実は所属するパーティーをクビになってしまいまして」
「えっ?」
所属するパーティーって『天狼』?
この辺りじゃ並ぶもののない実績を誇る?
何故に?
「私のこといらなくなっちゃったみたいなんですよ」
「そんなバカな!」
『天狼』のリーダーはリリちゃんに御執心だったろう?
まあ好悪の感情なんて移ろいやすいのかもしれない。
けどS級パーティーを率いるほどの者が、リリちゃんをメンバーから外すほど節穴だとは思えない。
リリちゃんのシーフとしての実力は、おそらく世界でも五本の指に入るのに。
「メンバー全員の総意なのかい?」
「わかりませんけど、皆がいたギルドで言われました」
「考えられない……」
「いえ、クビのことはいいんです。この先ずっと冒険者を続けていけるわけでもありませんし。切り上げ時だろうとも思っていましたから」
「そ、そうかい?」
切り上げ時って、リリちゃんまだ十代だよね?
キャリアはこれからだと思うけど。
まあ稼いではいるんだろうから、早めのリタイヤは悪いことじゃないか。
いや、リリちゃん個人はそれで良くても、S級冒険者を一人失う国への影響や庶民のマインドはどうなんだ?
混乱するわー。
「リリちゃんは今後どうするつもりなんだい?」
「師匠のお嫁さんにしていただこうかと思いまして」
「えっ?」
「ダメですか?」
「ダメなわけない! でもちょっと待って!」
「待ちます!」
メッチャいい子!
でもどゆこと?
何の御褒美?
ボクよ冷静になれ。
リリちゃんを妻にできるなんて幸運を授けられるほど、ボクは善行を施したか?
いやそんなことはない。
というかリリちゃんって確か貴族の令嬢だろ?
「……ボク以上にリリちゃんに相応しいお相手はいると思うけど、何故ボクに?」
「師匠はスキルに詳しくて頼りになるからです!」
はうわ! 笑顔が眩しい!
リリちゃんがお嫁ちゃんリリちゃんがお嫁ちゃんリリちゃんがお嫁ちゃん!
だーっ、だから落ち着けボク!
身の丈に合わぬ幸運は不幸の元だ。
後でトラブルが群れをなして押し寄せるやつだ。
何より事情がわからない。
国力を左右しかねないS級冒険者の運命を短慮で決めちゃいけない。
「……冒険者ギルドに一旦戻りなさい」
「それが師匠の答えなんですね?」
「ああ」
「お世話になりました。さよならっ!」
疾風少女は駆け出した。
スキルマニアワスカールもまた、幸運を手に掴むことができなかった……。
◇
「護衛騎士はどうした!」
「す、全て引き離されてしまいました」
「くっ!」
予こと第二王子エドワードが辺境伯領に視察に来たら、魔物に襲われた。
護衛騎士が応戦している内に離脱するつもりが、一部魔物に気付かれ追われている。
何故こんなことになった?
いや、誰かが魔物を食い止めているようだ。
「む? 辺境伯の援軍か?」
「冒険者のようです!」
遠目でよくわからないが一人か。
しかし助太刀してくれるようだ。
助かる!
「彼の者が交戦している内に急げ!」
「御意!」
「待ってくださーい!」
「えっ?」
女の声?
さっきの冒険者か?
もう魔物を始末したのか?
どうして馬車に追いつける?
「魔物は全て倒しましたから、もうスピード落として大丈夫ですよ。あれ、エドワード殿下じゃないですか」
「リリ嬢? ユーイング子爵家の?」
「わあ、お久しぶりです!」
大輪の花のような笑顔を見せる、S級冒険者にして子爵令嬢のリリ嬢だ。
我が国の国獣カワウソのように可愛らしいな。
それはともかく、リリ嬢が何故こんなところにいるのだ?
「助かった。感謝する。王宮に招待するゆえ、同行してもらえまいか」
「残念ですけれども、私は隣国へ行く途中だったんですよ」
「隣国? ああ、単身で依頼でも請けているのか?」
「いえ、あの、追放と失恋で居場所を失ってしまいまして」
「ちょっと待て」
失恋はともかく追放ってどういうことだ?
執事ハンスが言う。
「殿下、冒険者パーティー『天狼』からの追放ということではございますまいか?」
「そうなんです」
「ちょっと待て(二回目)」
「はい、待ちます」
素直!
確かリリ嬢は継母と折り合いが悪くなって家を飛び出し、瞬く間に冒険者として頭角を現したと聞いている。
追放と失恋の事情はわからんが、我が国にいられない理由はふわっと察した。
しかし『天狼』から追放だと?
余計なことをしてくれたものだ。
S級冒険者が他国に流出するのを黙って見ていられるものか。
ならば手段は一つだ。
「リリ嬢、予と結婚してくれ!」
「はい! ありがとうございます!」
まさかの即答!
冒険者の決断力は違うなあ。
「ハンス、構わんな?」
「最高でございます」
冒険者であるリリ嬢の社交にやや不安な面はあるが、予は第二王子だ。
王位を継ぐ身ではない。
国民的人気を誇るリリ嬢にあやかり、王家に支持を集めるのもいいだろう。
センセーショナルなロマンスであるしな。
「殿下、御無事ですか! あっ、リリ嬢?」
「こんにちは!」
護衛騎士達が追いついてきた。
「皆の者、予はリリ嬢に救われた。よってリリ嬢と結婚することにする!」
「「「「おめでとうございます!」」」」
うむ、リリ嬢は嬉しそうだし、家臣達は祝福してくれる。
予は満足だ。
◇
エドワードとリリは大公夫妻として、末永く幸せに暮らしましたとさ。
素早いカワウソ似の少女を捕まえるという幸運を得られたのは、即断即決の男だったというお話。
躊躇するくらいなら当たって砕けろ。
――――――――――大公エドワードの呟き。
うむ、リリはすごいではないか。
正直冒険者というのはあまり縁がなかったが、意外な視点で我が国の国防上の問題点を指摘してくれた。
外国のこともよく知っており、またユニークな人脈も持っている。
最近では父陛下や王太子の兄もリリの意見を参考にしているくらいだ。
高レベルの冒険者とは人気だけでは務まらないと、改めて認識させられた。
その上カワウソ似の笑顔はとても愛らしいしな。
「リリは予の妃になってよかったか?」
「はい! 生活の安定は何よりもありがたいです!」
えっ? 評価されてるのそこだけ?
にぱっと笑うリリの笑顔は曇りない。
……予の一層の努力が必要なようだな。
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