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8,フラグを折る

「あんまりじろじろ見ないでくれる?」


 家に帰りつき、冷蔵庫から麦茶を取り出し飲んでいると、部屋着の千春と遭遇した。


「……露出度、高くないか?」


 千春の格好を見る。

 ショートパンツを履き、胸元が緩い服を着ている。

 もちろん彼女に似合ってはいるのだが……思春期男子には少々刺激が強い。


「仕方ないでしょ。おばさんしかいないと思ってたから、こういう服しか用意してなかったのよ」

 

 そう言って千春は、俺をびしりと指さした。

 その仕草のせいで少々前かがみになり、……胸元が見えそうになっていた。

 俺の視線に気づいたのか、千春は顔を真っ赤にして両腕で胸元を隠してから、


「この……ヘンターイ!!」


 と言って、俺の顎を固く握りしめた拳で打ち抜いた。

 俺の視界はぐらりと歪み、その場で倒れこんだ。


「ふんっ!」


 そう言って千春は自室へと戻っていった。

 それから10数分後。

 俺はようやく千春から受けたダメージから回復し、震える膝に活を入れながら自室へと入った。


 扉を開けると、制服姿の七海が俺のベッドに寝転びながら漫画を読んでいた。

 

「ん、おかえりー」


 何でもない様子で、七海は俺に向かって言った。

 こういったことはこれまでも何度もあった。

「なんでいるんだよ」なんて言うこともなく、淡々と指摘する。


「……パンツ見えてるぞ」


「もー、エッチ」


 とこちらに視線を向けることもなく、作業的に制服のスカートを正した。


 俺は椅子に座ってからふぅと息を吐く。


 胸元が見えたり、パンツが見えたり。

 この程度のラッキースケベだと、興奮するというよりも……むしろ安心する。

 この程度であれば、問答無用で警察に通報されることはないだろうし。


 それから俺は思案する。

 秋保綾香あきほあやか。文学美少女風ゲーマー美少女。

 ……絶対あいつも、千春と七海と同じく攻略ヒロインだよ。


 とはいえ、今のところ会長と同じようにラッキースケベは起こっていない。

 千春と七海、会長と秋保。

 ラッキースケベが起こるヒロインと、そうじゃないヒロインの違いは何か?


 ぱっと思いつくのは、よりパーソナルに近い関係の二人とは、ラッキースケベに巻き込まれている。

 ということは……単純に距離を置けば良いのだろうか?


「よし」


 試してみる価値はありそうだと思った俺は、七海に向かって言う。


「あのな、七海。少し話があるんだけど」


「えー、何? 改まって」


「お前もう俺の部屋に来るな」


「……え?」


 七海は俺の言葉に身体を起こし、呆然とした表情を俺に向けてきた。


「え、と。冗談、だよね?」


「いや、冗談じゃない」


 俺はそう断言をした。

 彼女は瞳を潤ませ、辛そうな表情をしていた。


「私、ウザイ? それとも……私じゃなくって、千春さんと一緒にいたい、ってこと?」


 彼女の言葉は震えていた。

 俺は、ゆっくりと首を振って答える。


「そうじゃない。いいか、七海。これまでは意識しないようにしていたんだが……お前は美少女なんだ」


「……え?」


「お前は可愛いんだ! 健全な男子高校生にはたまらないんだ!!」


「え、え、なんで? え?」


 俺の言葉に、七海は狼狽する。

 急なことに、思考がパンクしている様子の七海の肩を掴み、彼女の目をまっすぐに見つめて告げる。


「すまない七海。俺が理性を保てなくなる前に、……適切な距離を置いてほしい」


 俺の言葉を聞いた彼女は、顔を真っ赤にして視線を泳がせている。

「いや、でも……その」と小さく呻くように呟いてから。


「そ、そんなこと急に言われても……わかんないよー!」


 そう言って彼女は、俺の部屋から勢いよく出ていった。

 とりあえず、これで物理的に距離を置くことが出来るだろう。


 俺は立ち上がり、開けっ放しになっていた扉を閉めようとして、


「……あのさ、あんた今あの子に何したわけ?」


 千春の声が聞こえた。

 自室から俺の部屋を覗き込んでいる千春から声を掛けられたようだ。


「別に、何も」


 じろり、と千春は俺を睨んだ。

 俺の言葉は全く信じられていないようだった。


 彼女は自室から出て、俺の元に歩み寄ってくる。

 このままでは殴られ、なんだかんだでラッキースケベに巻き込まれてしまう。


 ……そうはさせない!


「千春に話がある」


 俺が真剣な表情でそう言うと、訝しんだ様子の千春は足を止めた。


「話? ……なに?」


 俺は彼女をまっすぐに見つめてから、頭を下げて言う。


「今までのこと、ちゃんと謝ってなくて……ごめん」


「な、何よ急に…」


 千春の震えた声が耳に届いた。

 急な謝罪に狼狽えているのだろう。


「まず、初めて会ったその日のこと。転校初日で不安な時に、暴力女だとか、ストライプだとかデリカシーのない失礼な発言をした。故意ではないとはいえ、お前の風呂上がりも覗いてしまった。俺が謝ったところで、千春の負った心の傷が癒されるわけではないとは思うけど……それでもごめん。本当に、悪いことをしたと思っている」


「え、ええと。その……」


 俺は顔を上げて千春を見た。

 彼女はあからさまに狼狽していた。


「それから、もう一つ謝りたいことがある」


「もう一つ……?」


 千春の言葉に、俺は頷いてから言う。


「転校して、親元を離れてろくに知らない一家に居候することになって、結構ストレスが溜まっていると思うし、俺のことは気にせずリラックスしてほしい。……とは思っているんだけど」


 俺はもう一度頭を下げて、言う。


「ごめん、千春は本当に魅力的な女の子で、自然と目で追ってしまう。出来れば、俺がリビングにいる間だけでも、軽く何か羽織ったりしてくれると、大変ありがたい。……です」


 返答はなかった。

 扉が閉まる音が聞こえた。

 お、おう、無視をされたのか?

 そう思って俺が顔を上げると、扉の隙間から千春がこちらを覗き込んでいた。


「こっちこそ、今まで叩きすぎたかも。……ごめんね」


 優しい声音でそう言ってから、千春は改めて自室の扉を閉めた。


「……自業自得だし、気にしてねーよ」


 俺は彼女の部屋の扉に向かって言った。

 聞こえては……いないだろう。


 さっきの声を聞いた限り、千春の俺に対する悪感情はだいぶマシになったことだろう。

 

 とにかく、これで千春と七海とは一線を引くことが出来たはずだ。

 ラッキースケベに巻き込まれない確証はないが、物理的に距離が離れている今は、随分と安心が出来る。


 しばらくは、様子見をしよう。

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