7、ヒント
俺は秋保を見る。
彼女は長く綺麗な黒髪をいかにもな三つ編みにし、お洒落さのかけらもない分厚いレンズの眼鏡をかけている。
見た目は完全に、漫画に出てくるおとなしくて真面目な堅物図書委員。
なのに、目の前の彼女は何食わぬ顔で図書準備室を不当占拠し、ゲームに興じていた。
「生徒会庶務の我妻だ」
俺がそう名乗ると、「ふーん」と呟いてから、秋保は画面に視線を戻した。
「永田先生に頼まれた?」
興味がなさそうに、そう問いかけがあった。
永田先生、とは司書の先生のことだろう
俺は無言のまま、肯定も否定もせずにいたが、
「私のことを無理に追い出すつもりなら、永田先生の割とマジでヤバい秘密、教育委員会にばらすから」
と、冷たく言い放った。
図書準備室の不当占拠を止めさせたいという目的は、当たり前ではあるがバレバレのようだ。
「無理に追い出すつもりはない。だけど、教えてくれ。ゲームをしたいなら、自分の家でやれば良いだろ? なのにそうしないのは、どうしてだ?」
「厳しいからね、ウチは」
俺の質問に、秋保はよどみなく答えた。
適当に嘘を吐いているのか、それとも真実を述べているのか、彼女の態度からは分からない。
「それなら、もう一つ質問。永田先生への脅迫を止め、この場所の不当占拠もやめてもらうには、どうしたらいい?」
「私はゲームが出来れば、どこでも良いよ」
そう言ってから、彼女は挑発的に続けて言う。
「――それこそ、生徒会室でも、ね」
彼女の言葉に、俺は少々安心した。
「そういうことなら、交渉の余地はあるみたいだな」
俺が平然とそう言うと、秋保は分厚いレンズの奥の目を、僅かに細めた。
「……今日のところは帰るけど、あんまり先生に迷惑をかけるなよ」
俺の言葉には答えず、秋保はゲーム画面を注視していた。
やれやれ、と思いつつ、彼女の横顔を見ていると……確かに、高校入学式前夜に出会った謎の美少女の面影があることが気になった。
「最後に一個質問なんだけど。……俺たち、高校入学前に会ってないか?」
答えはNoと決まっていることは、分かっていた。
それでも俺は、たまらず聞いていた。
秋保は俺の質問を受けてから、じっくりと俺を見た。
「いや、会ってないけど……何なの?」
彼女の答えに、俺は少しだけ胸をなでおろした。
正直、この問題児が初恋の女の子でなくって、良かった。
「気にしないでくれ」
俺の答えに、彼女は「はぁ」とため息を一つ吐き、またゲームの世界に戻っていった。
☆
帰り道、俺は思案していた。
三つ編みをほどいて髪を下ろし、眼鏡をコンタクトレンズに変えれば秋保絢香は、間違いなく美少女だろう。
それこそ、俺が追いかけている、謎の美少女と同じレベルの。
――だがそれは、今の彼女のことだ。
秋保はこの1年で遅れてきた成長期がやってきたのか、身長は伸びたし、顔つきも随分と大人っぽくなっていた。
だから、入学式前夜の時点で完成された美少女だったあの娘と、当時ちんちくりんだった秋保が、同一人物であるはずはないのだ。
そこまで考えて、俺は一つの可能性に辿り着いた。
この学校では、女子生徒の学年は制服のリボンの色で判断できる。
謎の美少女は、俺と同じ学年である「赤色のリボン」をしていた。
だが、あの時点で赤色のリボンをしている可能性があるのは、同級生だけではなかったはずだ。
俺の三つ上、当時の「卒業生」も、「赤色のリボン」をしていたはずだ。
だとしたら……俺が探している彼女は、もしかしたら――秋保の姉、なのか?
秋保に姉妹がいるかは知らない。
だけど、秋保に似ている姉妹や親せきが、俺の探している「謎の美少女」である可能性は、高い気がする。
今度会った時、それとなく聞いてみよう。
帰り道を歩く俺の足は、なんだかとても軽やかだった。