5,問題
七海の言葉に、俺は大きく溜め息を吐いた。
「お前、いい加減そういうのやめろよな。もう高校生なんだぞ? いつまでも子供みたいなことしやがって……」
いつものように呆れたようにそう言ってから、寝ぼけ眼を擦りつつ、七海を一瞥する。
同年代の平均よりも少しだけ小柄で、栗色のサイドテールがチャームポイントの可愛らしい少女。
幼馴染というひいき目を抜きにしても、間違いなく美少女だと思う。
「ハジメ兄がすぐに起きてくれたら、こんな間違いおこらないのにー」
可愛らしく頬を膨らませる七海。
「そのハジメ兄もやめてくれ。中学の時でさえ恥ずかしかったのに……クラスメイトに後輩の女の子に【ハジメ兄】と呼ばせてるなんて思われたら、結構ダメージでかいからな?」
七海は、「ハジメ兄はハジメ兄じゃーん」と悪びれた様子もなくそう言っていたが、俺が無言のまま睨みつけると、少しだけ思案してから、
「えー、それじゃ……ハジメ先輩、とかは?」
と、何が面白いのか、楽しそうに笑いながら言った。
「そうしてくれ」
「うわー、まさかハジメ先輩が後輩属性好きとは思わなかったなー」
ニヤニヤと笑いながら七海は言うが、俺はそれを無視し、ようやくベッドから起き上がり、扉へ向かう。
すぐ後ろを七海がついてきていたが、俺は特に何も考えずに部屋から出て――。
目覚めたばかりの不機嫌そうな千春に遭遇した。
「お、おはよう千春」
俺の言葉を千春は無視して階段を降りようとしていたが、
「……え? ちょっと待って。この女、誰?」
背後にいる七海の声に足を止めた。
そして、振り返った千春は、俺の背後にいる七海を見て、両眼を見開いた。
「あ、あ、あ、あ、あんた……高校生のくせに何普通に女を部屋に泊めてるのよっ……!? 不潔だわ、この破廉恥漢!!」
顔を真っ赤にした千春は、俺を睨みつけながらそう叫んで一階に下りて行った。
説明するのが面倒くさいな、と思っていると、
「どういうことか、説明してくれる?」
どうしてかお怒りの様子の七海に、まずは説明をする必要があるようだった。
☆
その後。
千春と七海に対し、非常にわかりやすく簡潔な事情を説明し、誤解を解くことが出来た。
今は退屈な授業中で、教科担当の教師の説明をBGM代わりに思案にふけっている。
昨日の千春の出会いから、今朝の出来事を思い返し……ある結論に至った。
美少女転校生と一つ屋根の下での生活。
美人な先輩との生徒会活動。
妹みたいな可愛い幼馴染に起こされる毎日。
そして多分……入学式の日に出会った、謎の美少女
自らを取り巻く人間関係を総合勘案し、導き出された結論は――
俺はハーレムラブコメの主人公なのだという事実。
さすがに自分でも頭がおかしいとは思うが、あの自称神のおっさんの言葉を戯言と切り捨てることも出来ない状況証拠が揃ってしまっていた。
おそらく今のところはまだ共通ルートが進行中といったところで、彼女たちからの好感度はいまいち高くはないが、こんなに美少女が周りにいて、しかもラッキースケベにも遭遇するという状況に置かれる人間は他にはいないと断言できる。
そしておそらくは、今後も美少女たちと出会い、別れはせずにただラッキースケベを享受してしまうのだろう……。
それは正直言って悪くはない、と健全な男子高校生の俺は一瞬そう思ってしまう。
だが、ラッキースケベは決して許されることではない。
昨日、千春の風呂上がりを見てしまったこと。
今思い返すと、彼女の綺麗な肢体を見られた喜びよりも、酷いことをしてしまったという罪悪感が上回る。
正直不法侵入の恐れが上回っていたため冷静な判断が出来ていなかったが、裸を見られた千春の怒りはもっともだし、警察に突き出されていたとしても文句は言えない。
主人公補正でなんとかなったにすぎず、それがいつまでもつかもわからない。
社会的な信用が失われてしまう前に、現状を打破しなけれなならないのだ。
それには、どうすればよい……?
この訳の分からない現状を打破するには、何をすれば……?
俺は頭を抱えつつ、ちらりと隣の席の千春を横目で見た。
(……まつ毛、なげー)
彼女の美しい横顔に、悩みも忘れて思わず見とれそうになったが、
「……ッチ」
俺の視線に気づいた千春が舌打ちをしてから「こっちみんな」と小声でつぶやき、中指を立ててきたので現実に戻ったのだった。