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4,妹みたいな幼馴染

 目が覚めると、ひんやりとした床にうつぶせになっていた。

 身体が重い。

 背中に誰かが乗っているようで、立ち上がることが出来ない。


 俺は首を回して背中を見ると、千春がいた。

 彼女は無表情を浮かべながら、俺の両手を結束バンドで拘束していた。

 

「オイオイオイオイ」


 あんまりな現状に、俺は千春に向かって抗議の声を上げる。


「……もう気がついたの、この変態」


 心底俺を見下したような目を向けながら、既に着替え終わっている千春は硬い声音でそう言った。

 彼女は俺のことを性犯罪者と思っているようだ。


「俺は変態じゃない! お前の方こそ、なんで俺ん家にいるんだよ、この不法侵入者!」


「は? 意味わかんないんだけど。こわ……」


 結束バンドでの拘束を完了した彼女は、そう言ってからスマホを取り出し、操作をはじめた。

 通報するつもりのようだ。


「おまえ、この家の表札ちゃんと確認したか?」


 引っ越ししたばかりで、千春が帰る家を間違えた可能性はある。

「あ、ほんとー! お家間違えちゃった、ごめんねウフフ!」の可能性は低いが、無駄ではなかった。

 彼女はスマホを操作する手を止めて、俺に答える。


「我妻さんのお宅よね」


「なんで千春さんが我妻さんのお宅に当然のように入ってんねん!?」


 俺は関西弁でノリノリで突っ込んだ。

 千春の裸を見た後ろめたさで思い至らなかったが、こいつ普通に不法侵入しちゃってるよ、こわー。

 いっそ、あのまま通報してもらった方が良かったのかもしれない。

 そう思った俺に、彼女は答えた。


「なんでって、今日からこの家にお世話になるからよ」


「……ん?」


 千春が何を言っているのかは分かっているのに、脳が理解を拒んでいた。


「あたしの両親は仕事の都合で海外に行ったの。特殊な事情で私はついて行けなくて、その上高校生の女の子を家に一人にさせる訳にもいかないってことになって。そうしてあたしは、両親が親友同士で信頼ができる我妻さんの家に、今日からお世話になることに、って感じなわけ」


「そんなこと聞いてないんだけど!?」


 何一つ知らない情報だった。


「なんであんたに知らせなきゃいけないのよ。……こわー」


 ドン引きした様子の千春に、俺は言う。


「千春は俺の名前、覚えてないのか!?」


 はっとした表情を浮かべた千春。


「私としたことが迂闊だったわ。こんな要注意人物の氏名を覚えていないなんて……」


「俺は我妻、我妻一だ。2階の突き当りの部屋は俺の部屋で、その証拠は――机の上には昨日読んだ上田次郎の「なぜベストを尽くさないのか」が置いてある。今から確かめてこい!」


「……我妻、一? 分かったわ、今から確かめに行ってあげる。でもね、適当なこと言ってたと分かったら、即通報するから」


 俺が無言で頷くと、千春は階段を昇った。

 それからすぐに、青い顔をした千春が戻ってきた。


「……とりあえず誤解は解けたみたいだから、早く解放してくんない?」


 彼女の風呂上がりを見てしまったこと自体は誤解でも何でもない事実だったが、俺がこの家の住人であることがショックだったのか、そのことは忘れているようだ。


「はぁ」とため息を吐いた千春は、リビングから鋏を持ってきて、俺の自由を奪っていた結束バンドを切断した。


 俺は立ち上がる。

 千春の顔を見ても、文句を言う元気もなくなっていた。


「……あんたの隣の部屋が、どうやら今日から私の部屋らしいから。学校でも、私生活でもあんたの隣なんて、笑っちゃうわね、あはは」


 千春はそう言って、虚ろに笑った。

 なんだか普通に可哀そうだった。


「あたし、ちょっと一人になりたいから、部屋に戻らせてもらうわ。色々聞くのは、ママさん……あんたのお母さんに聞いといて」


「お、おう……」


 肩を落として2階に上がる千春の背中に、俺は何も言ってあげられなかった。





 その日の夜。

 俺は自室のベッドの上で、どうしたものかと頭を抱えていた。


 あの後、夕飯の買い物から帰ってきた母ちゃんに説明を求めたところ、悪びれることなく「そういうことだから」とだけ言われた。


 文句を言う元気もなかったし、文句を言ったところでどうなるわけでもない。

 三人で晩飯を食ったが、俺と千春は結局一言も交わしていない。


 千春は俺以上に文句を言いたかったはずなのに、遠慮をしたのかもしれない。

 そのことが非常に申し訳なかったが、だからと言って俺が家を出るとも言えない。


 突然こんなイベントが身に降りかかり、俺がハーレムラブコメ主人公だという説が現実味を帯びてきた。……いや、やっぱ意味わかんないな。


「……寝よ」


 悩みに対する答えは何も出ないまま、俺はもう寝ることにした。





 翌朝。

 頬をまだ冷たい風に撫でられて、俺は目覚めた。

 窓を開けっぱなしにしていただろうか? と思いつつ起き上がろうとベッドに手をつくと、


「あぁん……」


 という艶めかしい声が耳に届き、手には柔らかな感触があった。

 俺は驚き、ぱっと手をどけると、その声の主は起き上がる。

 それから寝ぼけ眼を擦って、


「ふぁ~。ハジメ兄を起こしに来たのに、気持ちよさそうな寝顔を見てたら、いつの間にか私も寝ちゃってたみたいー」


 てへ、と舌を出しながらその少女――。

 隣の家に住む、妹みたいな幼馴染の夏見七海なつみななみは悪びれもせずに、そう言ったのだ。

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[良い点] ヒャッハーーー!!!新作があ!!!新作が来ているうううううーーー!!!!嬉しいのじゃああ❤❤❤(^ω^) ベッタベタな学園ラブコメ!!(^ω^) 作者様の丁寧な構成力と描写力でこの題材を美…
[良い点] 新作楽しみです(*^^*)
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