1,転校生
春休みが終わり、今日は高校の始業式だ。
昨日は入学式があり、新入生が晴れて入学をしていた。
通学路を彩る桜の木には、既に緑が混じっている。
もう少し早く入学式を行えば、満開の桜に彼ら彼女らの入学は祝ってもらえていたことだろう。
……何が言いたいのかと言えばつまり、現実というのはどうにも融通が利かない、ということを言いたいのだ。
高校の入学式前夜。
あの時出会った謎の美少女の姿を、俺は未だに見つけることが出来ずに、その影を追っている。
儚げな、寂しそうな笑顔の少女は、確かに同じ高校の生徒のはずだ。
それなのに、高校入学後学校中を探し回っても、見つけることは出来なかった。
これから一生、俺は彼女と再会できないまま、平凡で退屈な日常を送るのだろうか……?
俺は、弱音と共に大きな溜息を吐きつつ、曲がり角を曲がろうとして――
「キャア」
突然の衝撃に、俺は尻餅をついて倒れる。
「いっ、てー」
俺は目を開けて、前方を見る。
そこには俺と同じように尻餅をついて痛がる一人の女子がいた。
どうやら彼女とぶつかっていたようだ。
「悪い、ぼーっとしてた」
俺は立ち上がって、倒れている彼女に手を差し伸べる。
「私の方こそ、急いでたから。ごめんなさい」
そう言って彼女は、俺の手を取り立ち上がった。
同じ高校の女子の制服を着ているが、見覚えがない。
新入生だろうか? そう思っていると、
「え、あれ!?」
慌てた様子の彼女は、きょろきょろと周囲を見ている。
「どうした?」
「あたしの朝ごはんが、どっか行っちゃったのよ!」
朝ごはんがどっか行ったということは、コンビニで何か買っていたのだろうか?
そこらへんにレジ袋が落ちていないか、俺も周囲を見渡し……すぐに、おかしなものを見つけた。
「朝ごはんって……もしかしてあれか?」
俺はそう言って、地面に落ちていた食べかけのトーストを指さした。
「あああああああ、あたしの朝ごはんがーーーー!!!」
トーストを拾い、大げさに嘆いている彼女を見て、
「食パン咥えて登校とか、00年代のラブコメヒロインですらそんなことしないだろ……っ」
俺は思わずツッコんでしまっていた。
そのツッコミが耳に届いたのか、彼女は俺を睨みつけながら言う。
「は、はぁっ!? 急いでたんだから仕方ないでしょ! 空腹のせいで授業中にお腹が鳴ったら、どう責任を取ってくれるのよお!?」
「学校着いたら早弁でもしたら良いんじゃないか?」
「は、はははは、早弁んぅ~? そんな慎みに欠けた行為が、あたしに出来ると思ってんの!?」
「食パン咥えて登校してる女に慎みなんてものは存在しないだろ」
「なんですって~!?」
ムキー、と怒りを露わにした彼女を見て、朝からややこしい奴に絡まれちゃったなと頭を抱える俺。
「何人の顔見てため息ついてんのよ!?」
彼女が俺を指さしてそう言った時、唐突に風が吹いた。
その悪戯な風は思いのほか強く、彼女のスカートはいともたやすく捲られた。
「……白と水色の、ストライプ、だと?」
尊大な態度にそぐわないそのお召し物を見て、俺はまたしても反射的に呟いてしまった。
「変態クソ野郎……」
彼女はそう呟いて俺を睨みつけ、渾身の腹パンを俺にお見舞いしてきた。
「うぐぉっ……」
俺は腹を抱えて蹲る。
「死ね」
そう言い残し、彼女は立ち去って行った。
痛みが治まってから、俺は立ち上がる。
朝から酷い目に遭った。
あんな凶暴な新入生とは、出来れば今後一切関わり合いになりたくないな。
☆
そして、俺のそのささやかな望みは――。
「はじめまして、千春結夢です! 家庭の事情で転校してきました。仲良くしてくれると嬉しいです」
転校生として教室に入ってきたその少女を見て、叶わぬことを悟るのだった。




