10、前借り
「……なんで?」
俺たちはただの同居人だ。
特別仲良くしているわけでもないし、何かイベントを乗り越えたわけでもない。
「たしかに、初対面の印象は最悪だったわ。……けどそれって、あたしにも悪いところがあったわけだし、この前謝ってもらったから、別にもういいって思って。いやでも、あんたあたしの裸まで見てたわね、それは正直まだ許してないから……!!」
責められるような視線を向けられたが、
「ごめん、そうじゃなくって、本当はやっぱり、心細かったから。気遣ってくれて、すごく嬉しかったから。優しい言葉を掛けられて、ときめいちゃった……って感じです」
と顔を真っ赤にして、千春はそう言った。
千春とは、もっといろいろなイベントを通じて仲良くなっていくものと思っていたが、どうやらそれは俺の思い違いだったらしい。
千春結夢は、とんでもないチョロインだったのだ。
……とはいえ、そんな風に思ったところで、彼女の告白を茶化したりはしない。
告白というのは、とてつもなく勇気が必要なものだと、理解している。
真剣に告げてくれた想いに、俺も真っ向から応える。
「告白をしてくれてありがとう、本当に嬉しい。だけど、……ごめん」
俺は一度頭を下げてから、彼女に向かって真っすぐに言う。
「俺には、好きな人がいる。だから、千春の告白には応えられない」
千春は俺の言葉を聞いて視線を伏せてから……力なく笑みを浮かべる。
「そっか。せっかくだし教えてほしいんだけど、あんたのその好きな人って誰? やっぱり……七海のこと?」
「それが……俺にも誰だか分からない」
「……はぁ?」
千春はとんでもなく不機嫌そうに、俺を睨みつけた。
俺に冗談を言われたのだと思ったのかもしれない。
「これには事情があるんだ。実はな……」
俺は千春に、「謎の美少女」のことを説明した。
説明を聞き終えた千春は、悲しそうに、そして苛立った様子で言う。
「たった一度見ただけの女に、あたしは負けたってわけね……」
確かに、千春からしてみれば腹立たしいことだったかもしれない。
馬鹿正直に説明するべきではなかったかもな、と思っていると、彼女は覚悟を決めたようなまなざしを向けてから言った。
「それなら。あたしもその「謎の美少女」を見つけるの、手伝うわ」
「は?」
「それからあんたは、その子に告白をしなさい!」
「ん?」
「その後速やかにかつ盛大にフラれなさい!!!」
「ちょっと待て!」
俺は一つ呼吸をしてから、キョトンとした様子の千春に問いかける。
「どうして千春が、何のメリットもなく人探しを手伝ってくれるんだ? そしてなぜ俺の告白が成功することを願ってはくれないんだ!?」
「なんだ、そんなこと? フラれた後の傷心につけこめばワンチャンあると思ったからに決まってるでしょ」
当たり前でしょ、とでも言いたげな表情の千春に、俺は何も言えなくなった。
「盛大にフラれて傷ついてるあんたを慰めてあげた時、あんたは本当に大切な人が誰だったのかにようやく気が付くのよ。そして、あたしへの想いが高まった時に……もう一度だけ告白してあげる」
それから千春は俺の胸元に人差し指を突き付けて、挑発的に告げる。
「だからその時はちゃんと、「はい」って、答えなさいよね?」
俺があっけにとられて何も答えられないでいると、彼女は微かに笑みを浮かべて、俺に壁ドンをしてきた。
俺は驚いたが、突然のことに逃げることもできない。
千春はゆっくりと近づいて、俺の耳元で囁いていた。
「明日からしばらくは、友達のまま。……だからちょっとだけ、前借りさせてもらうわよ」
そう言ってから、彼女は俺の頬にキスをした。
「……え?」
俺は戸惑いの声を漏らす。
千春はというと、顔を真っ赤にしてから、何も言わずに自分の部屋に戻っていった。




