9、不意
翌朝。
いつもなら起こしに来るはずの時間に、七海は来なかった。
千春とは廊下でぶつかり、階段を滑り落ちそうになった。
このままではくんずほぐれつのラッキースケベが起こる! と恐れたが……強靭な意思と足腰で、階段の半ばで華麗に着地し、彼女を抱きかかえることに成功した。
「無事か、千春!?」
彼女を立ち上がらせてから、俺は心配そうに声を掛けた。
「う、うん。大丈夫……ごめん、まだちょっと寝ぼけてた」
「俺も少し寝ぼけてたから、お互い様だな」
そう言ってから、俺は階段を下る。
「もう、なんなのよ……」
背後から、千春の困惑したような声が聞こえた。
俺のキャラ変に戸惑っているのだろう。
確かな手ごたえに、俺は満足だった。
☆
登校後。
千春は隣の席だったが、やはりどこかよそよそしかった。
今朝の一幕で、キモいと思われてしまっただろうか?
ちょうど良い、学校でも出来る限り距離を置くことで、ラッキースケベに巻き込まれる可能性を無くさねば。
それから放課後、生徒会室。
相変わらず偉そうにふんぞり返る会長に、俺は昨日のことを報告していた。
「――というわけで、秋保綾香とは交渉の余地があり、ってところでした」
会長はふむ、と頷いてから楽しげに言う。
「交渉の余地ありと判断したということは、半分解決したようなものだね」
はぁ、と相槌を打つ。
「それで、どう対処する?」
試すような声音の会長に、俺は自分の考えた案を答える。
「昨年の3年生が卒業したことで部員が0名になったボドゲ部に、秋保を入部させます。あそこはゲーム機でボドゲをプレイすることもあったので、秋保がゲームをしていても問題はないでしょうし」
「なるほど、悪くはない。……が、部員0名のボドゲ部が存続するためには、生徒会規則により月末までに1,2年生の部員5名の在籍が必要となる。残り4名の部員のあてはあるのかね?」
「あてはあります」
俺の返答に、会長はうむと尊大に頷いた。
「よし。それなら任せよう」
会長から反対をされずに安心をした。……基本、会長が反対をすることはないのだが。
それから彼女はニヤけた笑みを浮かべて、続けて言う。
「それで? 彼女は例の「謎の美少女」の正体を探るヒントくらいにはなったかね?」
「……ええ、良いヒントになりましたよ」
会長は興味深そうに俺を見た。
「そうかい、それは大変結構」
会長のその表情の奥に隠された真意が何かは不明だ。
だが、その美貌を見て俺は改めて、会長とフラグを立てないように気を付けないといけないなと思うのだった。
☆
そして、後日。
「へー、本当にボドゲ部とかあったんだー」
「トランプ! みんなで大富豪しようよ!」
「あったよ、トランプあったよ、オリヴィアちゃん!」
ボドゲ部の部室にて、千春とオリビアちゃんと七海が楽しそうにはしゃいでいた。
彼女たちをボドゲ部に誘ったのは、もちろん俺だ。
部活動に入っていなかったオリヴィア、ゲーム好きな七海。
リラックスできる場所は多い方が良いと考え、千春にも声を掛けてみた。
3人とも入部をすると答えてくれた。
微妙な距離感が出来ていた七海も、千春も、二人とも即答だった。
俺は活動初日の今日以降は幽霊部員となる予定だから、彼女らと距離が近づくこともないだろう。
「あのさ、騒がしいのは苦手なんだけど」
そして、本丸の秋保は呆れたようにそう言っていた。
とはいえ、彼女も俺の提案に乗りはしたのだ。本当に嫌がっているわけではないだろう。
「ゲームさえできればどこでも良いんじゃなかったか?」
「こんなに人がいたら一人で集中してゲームできないでしょ?」
「何それ……部室から出て行けって言いたいわけ?」
秋保の言葉に反応をしたのは、千春だった。
彼女の硬い声音に、部室に緊張感が走った。
「はぁ?」
馬鹿にしたように秋保は応えた。
「結局、何が言いたいわけ?」
と、千春は既に喧嘩腰だった。
問題児の秋保と喧嘩っ早い千春を同じ部に所属させるのは悪手だったろうか、と思っていたところ。
「私が言いたいのは、一人でゲームに集中出来ないから、みんなで遊べるゲームをしなきゃねってこと」
秋保の言葉に、千春は一瞬あっけにとられていた。
「つまり……スマブラはXで良い? ってこと」
と言いつつ、秋保は照れ臭そうに鼻の頭を指先で擦りながら千春に聞いた。
「……もちろん、メタナイトは禁止よね?」
千春もどうやら、ゲーム好きだったようだ。
「それなら、明日はハードとソフト、人数分のコントローラーを持ってくるから。今日はトランプで一緒に遊ばないとね、お嬢ちゃん?」
秋保はオリヴィアに向かってそう言った。
「うん!」
オリヴィアはとても嬉しそうに頷いてから、慣れた手つきでトランプをカットしてから配り始めた。
「じゃ、大富豪しよーよ!」
「よし、良い手札だ……!」
オリヴィアの言葉に答えたのは、いつの間にか来ていた会長だった。
「って、なんで会長が!?」
「大富豪は6~8人くらいが最も楽しいと、君はそう思わないのかい?」
何の答えにもなってない。
そう思ったのは俺だけだったようで、既に俺以外のボドゲ部+会長はやる気満々で手札とにらめっこをしていた。
その様子を見て俺は思った。
会長を含めたこの連中が、ボドゲ部に入り浸りになれば簡単にヒロイン候補と距離を置くことが出来そうだ。
想定以上の効果を発揮しそうで、俺は内心ほくそ笑んでいた。
――のだが。
☆
「今、ちょっと話良い?」
その日の夜のことだった。
珍しく、千春が俺の部屋にやってきた。
「どうした?」
「その……ありがと。ボドゲ部に誘ってくれて」
そんなことを言いに来たのか? 意外と律儀な奴だ。
そんな風に少し不思議に思いつつ、俺は何気なく答える。
「気にするな、俺の方こそ助かった」
そう回答しても、千春はまだ自室に戻らない。
どうしたのだろうか、と思いつつ彼女を見ていると、
「……好き」
と千春は呟いた。
一瞬告白をされたのかと身構えたが、普通に考えてそれはあり得ない。
俺は千春のフラグを立てるようなことをした覚えはない。
「ボドゲとか、ゲームが好きってことね。お役に立てたようで、光栄だ」
俺の言葉に、千春は焦った様子で「うんうん」と頷いてから、
「そう! ゲーム好きだから! ゲーム好きな友達も出来て、本当に良かった!」
急に大きな声を出して、そう言った。
「それは良かった。みんなともっと仲良くなれるよ、千春なら」
俺の言葉に、「うん」と寂しそうに頷いてから……どうしてか、千春は首を振った。
「ごめん、そうじゃなくて」
どういうことだろう?
そう思っていると、千春が俺をまっすぐに見つめていることに気付いた。
「ゲームじゃなくて。あんたのことが――好きってことだから」
……聞き間違いだ。
そうに違いない。
千春が俺を好きになる要素なんて、一つもないはずなのに。
「あたしと、付き合っ……付き合えば良くない? じゃなくって、やっぱり……」
瞼を伏せて言い淀んでから、彼女は改めて俺をまっすぐに、潤んだ瞳で見つめて告げる。
「あたしと、付き合ってください」
どうして俺は今、千春から告白されているのだろうか?




