第8話 スティオ
荷馬車にゴトゴト揺られながら、今置かれている状況を考える。
トカゲ男は様々なことを教えてくれた。
ここはエルドラド大陸のボルド砂漠という場所であること。
オオトカゲはボルド砂漠を横断中に点々と続く足跡を見つけて、心配になった彼は足跡を追跡し、行き倒れている俺を見つけたこと。
そしてこれが一番うれしい情報なのだが、このエルドラド大陸には人類がいること。
今度は俺がこのボルド砂漠に来た経緯を説明しなければならない。
「事故にあって目が覚めたら砂漠で倒れてて……」
自分でもよくわからない部分は多いが、出来る限り丁寧に説明をする。
「そんな話、信じられるわけないやろ」
トカゲ男は間髪入れずに話を遮る。
「だから、本当なんですってば!!」
さっきからこの繰り返しだ。
「まあ、ええわ」
トカゲ男は不承不承といった感じで、納得してくれた。
「とりあえず人間がいる一番近くの村までは送ってやるわ」
トカゲ男はカラッとした笑みを浮かべてそう言った。
「ほんとうですか!?」
渡りに船のような申し出に、うれしさで声がうわずる。
このトカゲ男はおっかない見た目とは裏腹に、とても親切らしい。
「あ、ありがとうございます――!!」
トカゲ男の好意に甘えて、このまま荷馬車に乗せてもらうことにする。
「ほんま感謝しいや~」
「俺が見つけてへんかったら、今頃カラッカラの干物やで」
トカゲ男は冗談のつもりで言ったのだろうが、実際に干物になりかけた身の上としては全く笑えない。
「そういえば、喉乾いてるんちゃう?」
トカゲ男が首をかしげながら尋ねる。
「あ、確かに……」
すっかりそれどころではなかったので、つい喉の渇きを忘れていたが、声がガラガラだ。
「ほれっ」
オオトカゲが革製の水筒をこちらに投げてよこした。
栓を抜いて恐る恐る飲んでみる。
「甘いっ!」
水が喉を流れて、口の中にじんわりと甘さが広がる。
「この水、砂糖か甘味料でも入ってるんですか!?」
今まで飲んできた水とは全く別物のように甘いので、そう尋ねずにはいられない。
「はっはっは――。砂糖なんて高級品入ってるわけないやろ」
「これはボルド砂漠が育んだ自然の甘さよ」
トカゲ男は大きな口を開けて、誇らしそうに笑っている。
そう、これが水本来の甘さなのだ。
もとの世界で飲んだ炭酸飲料のような、人工甘味料の偽りの甘さではない。
一瞬だけだが、もと居た世界がまがい物の世界のように感じてしまった。
「ありがとうございます、めちゃくちゃおいしかったです!」
「ええっと――」
そういえば、まだ自己紹介をしていなかったことに気付く。
「俺は竜人族のスティオ、行商人や」
こちらの意図を察して、オオトカゲが名乗った。
彼のようなトカゲ男は竜人族というらしい。
「ありがとうございます、スティオさん!」
「僕は黒田って言います。人間族の黒田優斗」
自己紹介なんて久しぶりなので、少し照れくさい。
肩書としては引き籠りなのだが、説明が面倒なので伏せておいた。
「これも、何かの縁や!よろしくなクロダ」
独特なイントネーションでスティオは俺の名前を呼んだ。
こうして、陽気な行商人スティオと引き籠りの俺との奇妙な旅が始まった。