第6話 蜘蛛の糸
全てを諦めて数分ほど放心状態が続いた
そんな時、手の甲あたりを何かがくすぐった。
反射的に手をはねのける。
そっと手元に目線を落とすと、黒いシルエットの何かがうごめいていた。
これって――!?
とっさに手に取って観察してみる。
間違いない――
手をくすぐった犯人は前足が発達したフンコロガシのような甲虫だった。
俺と同じように昼の間は穴を掘って熱さを凌いでいたのだろう。
この世界には生き物がいるのか――!?
少し冷静になって考えてみる。
この砂漠にはもう枯れてしまっているが、草が生えているのだ。
そもそも草自体が生き物であるし、その草を食べる昆虫がいても不思議はない。
甲虫はまだ掌の中でもがいている。
一度は手放した希望の灯りが心の中で再び灯されるのを感じる。
深呼吸をしてようやく平常心を取り戻した。
雲も掴むような話だが、この異世界にも人間のような知的生命体が存在するかもしれない。
エイリアンでもビックフットでも構わないこの世界で独りぼっちじゃないなら――
俺は初めて自分の“生きていたい”という正直な欲求と向き合っているような気がした。
「こんなところで死んでたまるかよ」
俺を見下す二つの月に向かってそう叫んだ。
砂漠での一歩はとても重い。
一歩踏み込むと砂がまるで液体のようになだれ込んできて足を包み込む。
砂の中のから死神に足首を掴まれているようだ。
そして、砂で重くなった足をなんとか持ち上げてまた一歩踏み出す、この繰り返しだ。
もう何千、何万歩とあるいただろう。
後ろを振り返ると俺の足跡が点々と続いていた。
寒い――
夜風が吹いて思わず身震いをする。
砂漠の夜は昼の熱気を忘れさせるほど恐ろしく冷えるのだ。
足元の砂は昼に溜め込んだ熱を放出すると貪欲に俺の足から熱を奪っていく。
それでも、持ってきた着替えをすべて着込んでなんとか凍えずにすんでいる。
目の前にはサイリウムをぶちまけたかのような輝きの星空が広がっている。
地平線と星空の境界線は暗闇にぼやけてはっきりとわからない。
あの光輝く星々のその先まで、永遠にも思える道のりを、今は一歩ずつ進むしかない。
もうそろそろ夜が明けるな――
ぼんやりとだが、視界が明るくなってきた。
足が棒のように固まって、もう一歩たりとも進めない。
それでも、最後の力を振り絞って直射日光を遮るシェルターを掘る。
もって今夜ってとこだな――
ぼんやりした意識の中で考える。
もう100mlくらいしか水が残っていない。
今日中に水源が見つからなければ、脱水症状で倒れてしまうだろう。
太陽が昇ると砂漠は相変わらずの熱気に包まれる。
昨日は一睡もできなかったが、さすがに今日は疲労が勝った。
目をつぶるとすぐに束の間の安らぎへと誘われた。