第5話 ようこそ、異世界へ
窪みに身を隠してからどれくらいの時間が経っただろうか?
日差しが少し弱まってきたように感じる。
結局一睡もできないまま、夜を迎えようとしている。
まあ、こんな過酷な状況で寝れる方がどうかしてると思うが――
窪みからひょっこりと顔を出すと、太陽はちょうど真後ろに沈んでいくのが見える、即ち背後が西なのだ。
日本といえば東にあるだろうという、安直なイメージだけで東へ向かうことにする。
リュックから水を取り出すと少し飲んで口を潤す。
唯一の食糧である一本充電バーを口にする。
満腹にはほど遠いが、食事をとって少し力がみなぎってきた。
さあ、いざ東へ――!!
そう意気込んで立ち上がると目を疑うような、信じられない光景が飛び込んできた。
熱さでついに気が狂ったのか――!?
「つ、月が二つある」
何度も目をこすって確かめたが、見間違いではない。
東の方角に、肩を並べるかのようにして二つの月が浮かんでいた。
二つの月はまるで暗闇に光る猫の目のように不気味な光を放ち、こちらを見つめている。
月が二つ浮かんでいる――
そこで俺は重大な真実に気付く。
何千、何万、何兆キロ歩いて、何万海里の海を渡ったところで俺は日本には帰れないだろう。
なぜならここは地球ではないから。
そうここは別の惑星、即ち異世界なのだから――
圧倒的な絶望感に襲われて体から力が抜け、その場に膝から崩れ落ちる。
俺はこの世界でたった独りぼっちなのだ――
俺は愕然としながら空を見上げた。
俺は一人で生きていく、そう強く決意して家を飛び出したつもりだった。
しかし、こんな状況になって初めて俺はどこかで他人や家族に甘えていたのだと気付く。
一人で生きていくと言いながら、いざという時になったら両親に助けを求めればいいと心の奥底で思っていたのだ。
もし、飢えで死にそうになったとしても、憐れんでくれる誰かが最低限の食べ物を恵んでくれるだろうと。
本当は一人で生きていく覚悟なんて全然できていなかったのだ。
心の中でダムが決壊したかのように感情が洪水となって溢れ出てくる。
俺はここで死ぬんだ――
そう思うと悲しくてたまらないのに、悔しくてたまらないのに、砂漠に体中の水分を奪われて涙の一滴も出ない。