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第2話  我が家よさらば

ドサッ


頭に鈍い痛みが走って覚醒する。

視界はぼんやりと薄暗く、すべてが反転して見える。

自分を取り巻く状況をうまく認識できていない。


「眠っちまってたのか……」

ベッドから派手に転倒したことに気付いて、俺は三転倒立の体勢でぼやく。

目覚まし時計を見るともう午前2時だ。


大軍を率いる夢、最近そんな夢ばかり見ている。

そして“いよいよ”というところで目が覚めて、この非情な現実を突きつけられる。


あの時合格していれば、俺だって今頃――


俺、黒田優斗くろだ ゆうとは大学受験に失敗し、それ以来引きこもり生活を送っている。


いままで勉強でつまずいたことなんてなかった。

模試の結果でも第一志望校はB判定を切ったことがない。

過去問の傾向と対策さえ怠らなければ、よほどの悪問以外は機械的に処理できる。


不合格を知らせる薄い書類が届くまで、俺はそう思っていた――


保険のつもりで受験した私立大学もツルっと総滑り。

マークミスなどは一つもない、完全に俺の実力不足だ。

かくして俺は進路を失ったのだった。


母の将来設計に息子の受験失敗は含まれていなかったらしい。

母は俺を激しく罵った。

一方の俺も自分の実力不足を棚に上げて、すべての責任を両親に押し付けた。

昼夜を問わない激しい銃撃戦の末、両親も俺を見放してついに家での居場所も失った。


19歳にして“高卒引き籠り”それが俺のプロフィールだ。


喉が渇いているので、手探りで飲み物を探す。

飲みかけの炭酸飲料があったので、一息にそれを飲み干した。


「あまっ……」

炭酸はとうに抜けていてぬるい。

ガツンとした甘さが口いっぱいに広がる。

しかしこれは人工的に作られた甘味料の偽りの甘さだ。


今日こそ“例の計画”を実行しよう――

例の計画とはこのクソみたいな家族からの脱出であり、新たな人生への門出であり、即ち世間で言うところの“家出”である。


1人で生きていくんだ、誰にも邪魔されないところで――


机の上にあった埃のかぶったキャップを取り出すと、深くかぶる。

床に放り出されているリュックを乱暴に手繰り寄せてそのまま背負う。

このリュックには俺の全財産と着替えやタオルなどの生活必需品が詰め込んである。

忘れ物がないか確認してから、そっと部屋のドアを開けて様子を伺う。


家族はとっくに眠っているらしく、廊下はしんとしている。

俺は思わずガッツ・ポーズをした。

昨夜は父が夜遅くまで起きていたので計画を実行できなかったのだ。


忍び足で家を出ると外の様子を伺う、深夜なのでまず人はいない。

外出なんて半年ぶりだ。夜風が冷たくて気持ちいい。

どこからかほんのりとキンモクセイの芳香が漂ってくる。


振り返ると平社員の父が背伸びして買った一軒家が佇んでいる。

父はまだコツコツとローンを払い続けているはずだ。

夜に見る我が家はどこか少し寂しそうに見える。


「さようなら――」

ぽつりと呟いて静かに我が家を後にした。


計画といっても特に行く当てなどはない。

とにかく遠くへ、誰も俺のことなんて知らない世界へ――


とりあえず、最寄り駅へ向かおう。

まだ始発まではしばらくあるので、路線図とにらめっこしながら行先を決めることにする。


どうせなら、海が見えるところがいい。

そんな呑気なことを考えながら、うわの空で車道を横断しようとする。


道路のセンターラインを越えたと同時に“キキッ"という鋭い音をたてて、すごい速さでジープが曲がってきた。

ちゃんと一時停止しろよ――

舌打ちしながら心の中でつぶやく。


ヘッドライトの鋭い光の洪水でぱっと目がくらんだ。

エンジン音はすぐそばまで迫っているが、運転手はブレーキを踏んでいない。


正気か――!?

光の洪水にジープの筐体がぬっと現れた。


ぶつかるっ――!!

そう思った瞬間、衝撃で体が吹き飛ぶ。


世界全体がスロー再生されたかのように、進む時間がゆっくりだ。

こんなところで死ぬのか――


別に死んだってかまわない、クソみたいな人生だった。

固いコンクリートの地面にたたきつけられるまで、もう少しだ。

薄れゆく意識の中でゆっくりと死へのカウントダウンを数える。


………………


 …………


 ……


やがて世界は完全に停止して真っ黒に塗りつぶされた。

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