第9話 追跡者
スティオというトカゲ男と出会って五日間経ったが、旅は順風満帆だ。
砂漠の熱さには閉口するが、時々吹くさわやかな風がべたつく汗を乾かしてくれる。
しかし、スティオは昨夜から険しい顔をしている。
「どうかしたんですか?」
俺は気になって尋ねてみた。
「つけられてる」
スティオは耳を地面につけた姿勢のまま、静かに呟いた。
スティオら竜人族は耳がいいらしい。
時々馬車から降りては、このように耳を地面に当てて周囲を伺っている。
「えっ!?誰に――!?」
寝耳に水の話で思わず声が裏返る。
「詳しくはわからんけど、昨日から馬が三頭……一定の距離を保ちながら付けてきとる」
スティオは顔をしかめながら、説明した。
それを聞いてとっさに背後を振り返ってみるが、誰もいない。
「単に行先が同じなだけなんじゃないんですか?」
背後を注意深く見つめながら、淡い期待を込めて尋ねてみる。
「こっちが止まったら向こうも止まるんや」
「これはもう確信犯やで」
スティオは険しい顔をさらに歪めて呟いた。
「でも何のために……?」
当然の疑問だ。
わざわざ俺たちの後をついてきて何になるのだ。
ただのしがない商人と陰キャの引き籠りだぞ?
「奴らたぶん盗賊やな」
「馬車ごとかっぱらう算段や」
スティオの言葉に俺は耳を疑った。
この世界、めちゃくちゃ治安悪いじゃねーか――!!
「だとしたら、めちゃくちゃまずいんじゃ……?」
俺たちの背後にはくっきりと荷馬車の車輪の痕が残っている。
これでは俺たちが進む道を盗賊たちに教えてやっているみたいじゃないか。
盗賊が俺たちを見失うという可能性は万に一つないだろう。
「ああ、めちゃくちゃまずい」
「明日の昼には高低差の激しい砂丘地帯に入る。そこで仕掛けてくるやろうな」
「積荷を捨てて身軽になっても、逃げきれるかわからんで」
スティオはじっと前を見つめたまま答えた。
普段の陽気な感じはどこへやら、語気を荒げてほとんど吐き捨てるような言い方だ。
こちらは荷馬車で向こうは身軽な馬3頭だ。
砂丘を超えて俺たちが逃げ切れるわけがない。
安全に盗賊を撒いて逃げる方法を、俺とスティオは頭を抱えながら考える。
「もう、いっそのこと……」
ふとある妙案が浮かんで、スティオに相談する。
「……その案いただきや」
破れかぶれの突飛な作戦だが、スティオは乗ってきた。
「仕掛けるなら今夜やな」
スティオはそういうと、固い鱗に覆われた右手を差し出してきた。
スティオの意図を察して、俺は右手をスティオの手に重ねて固く握手する。
「ほな、景気づけに一杯やりますか!」
スティオはそう言って、荷馬車の奥から秘蔵の水を持ってきた。
俺とスティオは乾杯をすると一息に飲み干す。
これが俺の飲む最後の水になるかもしれないが、それにふさわしいほど甘くおいしい水だった。