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0.プロローグ



初投稿になります。つたない文章ですが、楽しんでいただけたらなと思います。よろしくお願いします。

「このヘタレがっ」


この状況でそんなことを言われたのは、恐らく自分が初めてだろう、とスノウは思う。


鏡のように磨き上げられた漆黒の床。そこに映りこむのは、複雑な装飾を施した太い柱と豪華な天蓋。奇怪な姿の獣、絡み合う蔦、幾何学模様…それらが所狭しと彫りこまれている。

そして、そこに逆さに映り込む4つの人影…否、3人の影とひとつの異形の影。


「失礼な!」


言葉に反応して、憤然と言い放ったのは言われた本人…つまりスノウではなく、その隣に立つ小柄な女性だった。


「お前ごときに何がわかる。この方は偉大な勇者なのだ!」


その誇らしげな台詞にスノウは泣きたくなった。いや、実際泣いていた。それは彼女の熱弁に感動したわけでも、敬意を払われないことを嘆いているわけでもなく、ただひたすらにこの場から逃れたいが故だった。


「勇者?はっ、冗談も大概にするがいい。そいつのどこが勇者だと言うんだ。女子供の後ろでめそめそ泣いてる男の、どこが!!」


炎を吐く勢いで憤りもあらわに糾弾するのは、スノウの目の前、幾分距離をとった先にたたずむ細い影だった。

燃え立つ緋色の髪に真紅の双眸。整った容貌はどちらかといえば中性的で、その両眼に宿る鋭い輝きさえなければ「女性」と表現しても差し支えないほどのものだった。漆黒の長い衣に包まれた体も決して体格的に恵まれているとは言いがたく、その手にしている大剣の方がよほど頑強に見えた。

だが、その背に広がるのは紛れもない皮膜の翼。力ある、強大な魔物の証だ。


そう、スノウはその魔物と対峙している。

正確には、スノウと彼を「勇者」と仰ぐ二人の連れが。


故郷を離れ「勇者」としてあまたの苦難を乗り越え、やっとの思いで魔物の住まう地に足を踏み入れた。

敵地での戦いは熾烈を極め、大勢いた仲間は次々と斃れ…魔物の長の居城に踏み込んだときにはたったの3人になっていた。

スノウと剣士のメリル、そして今年12歳になったばかりのフレイ。


「僕は子供じゃないっ」


フレイが細い腕に弓を番えたまま、勇ましく言った。その様だけみればフレイの方がよほど勇者だったろう。だが残念なことに、彼は12歳の少年でしかなかった。構えた弓は頑丈ながらも彼の身長に合わせた小振りなものであったし、幼さを多分に残す面立ちで敵を見据えても――なんというか「可愛らしい」としか表現しようがなかった。


「おお、怖。勇ましいなぼうず」


魔物は小馬鹿にするように笑い、剣を持たない方の手を空中に伸べた。

漆黒の長い爪が空間をすっと薙いだ。


パキン


何ともあっけない音を発して地面に転がったのは、フレイの手にしていた弓であった。キレイな切断面を見せて、頑丈な木で作られた筈の弓が二つの木切れと化していた。


「…っ」


「お前たちのママゴトにつきあってやる時間はない。…しかし、この程度の<勇者>しかおらぬとはな…どうやら我らの勝利も近いようだ」


くつくつと笑って、魔物の指が宙を滑る。


「っ、勇者さま、フレイっ」


次に仕掛けられるのは、間違いなく致命傷になる。

それを感じ取ったメリルが、叫びざま胸元から何かを引き抜いた。

細い鎖につながれた、白色の石。


「退け魔物!炎の牙、闇の龍よ!」


途端に何の変哲もない白い石が、眩いばかりの輝きを放った。

漆黒の空間が白一色に染め上げられる。


「うっ!」


魔物が顔を覆い、ふらりとよろめいた。手にしていた剣が硬質な音をたてて床に転がる。


「今です!急いでっ」


メリルの足元に黄金色に輝く魔方陣(サークル)が浮かび上がる。フレイが慌てて陣の中へと駆け寄る。

意図に気付いた魔物が、顔を覆う手はそのままに、空いた方の手を差し伸べて不可視の力を揮おうとする。

スノウは半ば呆然とその光景を見ていた。

魔物の指の間から覗く赤い瞳から、なぜか目が離せない。


「転移っ」


メリルの叫びに呼応するように、魔方陣がひときわ輝いた。黄金色の光の柱が天井へと突き抜ける。その輝きの中で人影が徐々に薄れていった。




「…あ」


あまりにもぼんやりしすぎていて。

或いはあまりにも緊張感に欠けていて、気づけばスノウは一人だった。


一人、漆黒の空間に取り残されていた。


目の前には、魔物。

ぽつんと残された「勇者」に、さすがに驚きを隠せないようだ。



「…あれ…?」


それでもどこかのんきに呟いて、スノウは首をかしげた。


内心、とても穏やかではなかったけれど。




そうして、奇妙な物語が幕を開ける。





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