独りでできる事なんてたかが知れてる
風呂はいい。疲れがおちてリラックスできるし、悩みも緩和される。身体を清潔に保つためにも必要だ。欲を言えば広い風呂に入りたいけど、狭い風呂もそれはそれでいいものだ。壺湯の存在を考えればそれは明らかだし、押し入れとかトイレとか狭い場所が落ち着くのと同じだ。
湯に浸かってぼーっと力を抜いていると悩みとかも一旦どうでもよくなる。そう例えば自分が獲得したクラスが【狂戦士】だったとか、迷宮からの帰り道で苛ついて挽き肉にしたゴブリンがよりによって血を遺して逝ったせいでゴブリンの悪臭にまみれたこととか。
しかしそうして一旦はどうでもよくなった諸々も風呂から出て身体を拭くうちに現実のこととして重くのし掛かってくる。ゴブリンの臭いの方は無事に落ちたからいいとして、【狂戦士】かぁ。
ワーストではないけどワースではある。組みたくないクラス三巨頭のうちの1つになってしまうなんてね。
【狂戦士】が弱いわけじゃない。むしろ強い方と言える。戦闘という面ではかなり有用なクラスだ。
クラスの強さの尺度は大きく分けて2つ、『身体能力・技能の強化度合い』と『習得可能なスキル又は魔法の強力さ』だ。
【狂戦士】はそのどちらも同格帯のクラスのなかでは群を抜いている。格上のクラスとも十分渡り合える程に。
じゃあ何故組みたくないクラス三巨頭になっているかと言えば、強力さに見合うだけの大きなデメリットを背負ってるからだ。
【狂戦士】のクラスは強大な戦闘能力と引き換えに理性を奪う。いつでも狂って頭がおかしいとかそういうことではなくて、戦闘になると戦意が過剰に高揚しペース配分とか敵味方の区別とかそういうのが全部頭からぶっ飛んで力の限り暴れまわるのだ。当然仲間と協力なんてできない。
迷宮に潜るのは普通1人の個人の力だけではやっていけない。深く潜れば潜るほどそうだし、たとえ浅くたって単独とパーティでは比べものにならない程に安全性に差がある。だからみんなパーティを組むわけだけど、それは前提として『パーティを組んだ相手と協力できる』というのがあるからで、つまり【狂戦士】はお呼びでないってことだ。
困ったな。僕も当然パーティを組む気でいたからこれは大きな問題なのだ。
しかし打つ手が無い訳でもない。実を言うと僕には【狂戦士】のデメリットが全く無い。迷宮からの帰り道で何度かゴブリンとの戦闘をしてみて分かったことだけど、いざ戦闘になっても僕の理性は少しも揺らがなかった。副作用として戦意過剰高揚がある【狂戦士】のスキルを使ってもだ。今使えるスキルを全部同時に使ってようやく少々ハイになる程度。
どうしてかは分からないけどそこは正直どうでもいい。重要なのは【狂戦士】であることを僕が黙っていればバレる可能性は低く、パーティを組める可能性が生まれるってことだ。
まあパーティを組むときには基本自分のクラスを公開するものらしいからそれが問題だね。クラスを公開するのは、ある程度自分の情報を公開することで信用の担保にするというのと単純に連携を組みやすいようにするという2つの意味がある。
パーティは迷宮で命を預け合うわけだから信用できる奴と組みたいものだ。迷宮のなかで後ろから刺されたり、裏切って大事な場面で逃げられたり、モンスターがレア物を遺して逝った時に強奪して一人占めしようとされたりすると困るから。普通に生死に関わる。しかし高専に入って初めて会った人間ばかりのなか信用できる奴を探すのは難しい。そこでクラスの公開だ。
対人でやりあうなら相手のクラスが判っているのと判ってないのでは戦い易さが全然違う。だから自分のクラスを公開するのは信用の担保に足りうるわけだ。揉めたり裏切るきはないという宣言になる。
連携はそれぞれのできる事できない事がはっきりしてた方が組み立て易い。できる事が何でできない事が何かの把握にはクラスの公開が一番手っ取り早いし信用できる。
そんなわけでパーティを組むときに自分のクラスを黙っておくのは難しい。後ろ暗いところがあると思われる。別のクラスだと騙るのも難しい。【狂戦士】に似たクラスが少ないしスキルと戦闘スタイルで簡単にバレそう。
まあでもやるだけやってみるしかないかな。正直【狂戦士】とクラス黙ってる奴のどっちが組める可能性が高いのかは分からない。なんとなく黙ってる奴の方がましそうな気がする。【狂戦士】はそれぐらい嫌われてる。僕にはデメリットがないって言ったって信じてくれないだろうし。クラス黙ったまま組んでくれる奴を探そう。