テレビの教えてくれる知識も案外馬鹿にできない
迷宮の中は迷路になっていて比較的細い道部分と少し開けた空間部分の組み合わせで構成されている。
さっきはその道部分でゴブリンを奇襲気味にブッ殺したわけだが調子にのってはいけない。なぜなら迷宮でのメインの戦場は空間部分のほうだから。道部分と空間部分では広さ等の違いからやはり戦い方も違ってくる。
何故空間部分が迷宮でのメインの戦場になるのかというのは、モンスターの生態というか全ての種類に共通する特徴が理由だ。
そもそも迷宮のモンスターというのは文字通りの動物ではあっても生物ではない。なので食事等の生命維持活動は必ずしも必要なものではなく、発生したモンスターは一部例外の種類を除いてその場にとどまる傾向にある。そしてモンスターの発生率は空間部分:道部分=9:1くらいだ。
そんな訳で迷宮のメインの戦場は空間部分なのだ。道部分は逆に罠やギミックがメインだ。この間の迷宮特番でそう言ってた。
さっきのゴブリンは珍しく道部分で発生したか同じく珍しく徘徊する個体だったんだろう。
地上5階層までは罠やギミックの類いは無いけど、さっきみたいにモンスターに出会うことはそう珍しくもないからやっぱり警戒は必要だ。一度の油断でもそれが死に繋がれば取り返しがつかない。
ソロソロソロソロとさっきまでと同じように道部分を進んでいくと、少し先に初の空間部分が見えた。戦闘になるかもしれない。
警戒しながら壁に沿ってゆっくりと近づくと中にゴブリンがいるのを見つけた。先に続く道のそばに陣取ってるから戦闘は避けられそうにない。そこそこ距離があるから奇襲も難しそうだ。
となればそうだな。大きく息を吸って、折れて尖った方を前に向けて角材を腰だめに構える。
「死ぃねぇぇえー!!!」
列帛の気合いと共に全力でゴブリンに突進する。身体中の殺意を集めてゴブリンを睨みつけて視線を逸らさない。
僕達現代日本に生きる人間は本気の殺意を向けられたり命のやり取りをしたりする経験に乏しい。というか殆どの人はそんな経験無いと思う。
だから大半の人は本気の殺意を向けられたり自分が命を奪うことを意識したりすると途端に動けなくなる。恐怖とか、まあ色々で。
そうなるとゴブリンにもわりと簡単に殺されてしまう。ゴブリンの運動能力は中学生が殴り勝てるくらいでも戦闘能力はそうではないのだ。
奴らは殺すことに躊躇いがないし殺意を向けられてもそう怯まない。馬鹿だから死ぬことへの恐怖も大して感じてなさそうだ。よって基本的に一般人より戦闘能力は高い。
だからこうして殺意を向けられる前にこっちから殺意を叩きつけて、大声で威嚇しつつ自分のテンションをおかしくして余計なことを考えないようにしてる。まあ正直なところ僕には必要ない行為だけどこのほうが簡単に殺せるから。
ゴブリンは突然のことに驚いているのか動かずに、いや動けずにただこちらを見ている。
「ェァ!」
しっかり狙った訳ではないけど丁度角材が喉に突き刺さった。そのまま勢いに任せてゴブリンを引き摺るようにしながら更に角材を押し込む。勢いが止まったところで角材を手放しながら膝蹴りを叩き込んだ。
ゴブリンは仰向けに倒れて動かないが念のため喉に突き刺さった角材を捻って完全に止めを刺した。
さっきと同じく魔石だけを遺してゴブリンが吸い込まれるように消える。今度のは普通のゴブリンサイズの魔石だ。さっきのが幸運にも大きかったお陰でなんとなく損してる気分になる。
立ち止まる理由もないし角材拾ってさっさと先に進もう。
迷宮のモンスターは大きな音に反応して集まってくるらしいが、多少の物音じゃ動こうとしないとも聞いたことがある。
さっきの声がどういう扱いになるのかは知らないけど、地上10階層はモンスターの数が少ないからまあ集まってきても大した数ではないと思う。けど囲まれたくはないから早くこの場から離れた方がいい。
実際に2匹殺ってみて分かったが、やはり単独のゴブリンなら大した驚異じゃない。真正面からやっても怪我することもないだろうし先手が取れればただの作業だ。最悪この心細い角材を失ってもどうとでもなる。
奇襲されるのだけはマズイし奇襲する方が楽だから進み方は変えないけどガンガン行こう。今日のメインイベントは地上9階層に着いた後にあるんだから。