前編
「第一王女殿下、君のような美しくて賢い人が僕を愛してくれているなんて本当にありがたいと思っていたんだ。でも、か弱い女性をいじめるようなことをするなんて……僕はそんな人とは結婚できない。だから、君とは婚約破棄して彼女と結婚しようと思うんだ」
王宮の、学生たちを集めたパーティー。本格的な社交デビューに向けて貴族学院の生徒たちにパーティーの雰囲気と流れを伝えるための催しだ。
その催しの最中、婚約者から突然告げられた内容に唖然とする。全く身に覚えがないが、おそらく今彼の腕にしがみついて怯えている……いや、彼に見えないように第一王女に嘲笑を向けているのが「いじめられた彼女」なのであろう。
(突っ込みどころが多すぎる……! )
「……分かりました。婚約破棄は受け入れましょう。国王陛下への報告や手続きなどこれからございますが、反対されることもないでしょう」
何故なら国王はずっと婚約に反対していたからだ。を第一王女がどうしてもと言うのでしぶしぶ許していた形だった。
「では……」
「貴方がその後誰と婚約を結ぼうとわたくしの関知するところではありません。ですが、確認がいくつかございます。答えていただけますね? 」
「殿下、もちろんです。しかしその前に、彼女に対する嫌がらせについて謝罪いただけないでしょうか。今もこんなに震えているのに」
彼女が震えているのは恐怖からではありませんよ、と言っても通じないのだろうなと思いつつ聞き流すことにする。
ほら、今も嬉しそうに挑発的な視線を向けている。王女の男を奪った私良い女、といった感覚なのだろうか。愚かすぎていっそ恐ろしい気すらする。そもそも、仮に王女が嫌がらせをしていたとして、下級貴族(最悪平民)に謝罪などできるわけもない。婚約者も馬鹿だとは思っていたがそこまでだったのかと頭が痛くなった。
「彼女については後程。まずは、貴方。貴方、わたくしとの婚約について、どう聞いているのですか」
「え…」
そんなことをここで話しても良いのかという顔で周囲を見回す。
今その配慮ができるのであれば最初からこの場で婚約破棄だとか言い出すなと言いたいが。いや、言おう。と王女は思った。
どうせ全く違う話になっているのだろう。ため息が出そうになるのをすんでのところで堪えた。
「ここで話を始めたのは貴方でしょう。構いません。話してください」
「はい。あの、美しく、賢く、引く手あまたの王女殿下が隣国からの打診も断って侯爵家に嫁ぐほど私のことを愛していると……領地のことも思いやっていただき、その点は申し訳ないと思ってはいるのですが」
いや、第一声の時点で分かっていた。分かっていたが……侯爵夫妻を探して睨み付ける。とても良い笑顔を返されたので確信犯だ。
(あなた方は願いが前倒しで叶うと喜んでいるのかもしれませんが、最悪その願い、叶わなくなりますよ! )
侯爵夫妻は賢明な方々だ。ただ領地経営に絶望的に適性がないだけで。
わざと教えなかったのか、侯爵子息が誤認したのかは不明だが、息子の暴走を分かっていて止めなかった節がある。
「侯爵。このように教えていたのですか? 」
「まさか。ちゃんと真実を教えましたよ。まぁ、すべてではありませんが」
「はぁ……侯爵には後で話をうかがいます」
ひとまずこの話は置いておくことにして、侯爵子息と女性。伯爵以上は子息令嬢に至るまで把握しているので、顔を認識していないということは下級貴族だと思うが、いつ会ったのだろうか、と内心首を捻る。
「この話は一旦置いておくことにします。では、彼女のことを紹介いただけるかしら」
「知らないと仰るのですか」
「そう非難の眼差しを向けられても、知らないものを知っているとは言えません。彼女はどなたなのですか」
返ってきたのは辺境の男爵家の名前だった。男爵家の令嬢までは認識していなかったな、と彼女の父を探す。
男爵は目が合うと真っ青な顔で首を振った。令嬢が王女の婚約者と恋仲だったことは把握していなかったようだ。
「そうですか。では、わたくしがいつ貴女に嫌がらせをしたのか教えていただけるかしら」
王女がそう問いかけると男爵令嬢は信じられない、といった顔で応える。
「いつ、なんて。いつもですわ! 嫌味を言ったり、ノートを捨てたりなさったではありませんか! 」
「いつも、と言われましても。わたくしは貴女とお会いするのは初めてだと思います。貴殿方、わたくしと彼女が接触したことはございまして?」
少し離れたところに控えていた護衛騎士に話を向ける。
「いえ、我々は記憶にありません」
「護衛騎士もそう言っていますが」
「その方々は王女様の護衛ではありませんか! 王女様がそう言うように指示されているのでしょう! 」
王女はすんでのところでため息を堪えた。そろそろ盛大なため息をついてしまいそうだ、と思いながら。
「彼らはわたくしの護衛ではありますが、駒ではありません。彼らが仕えるのは国王陛下です。わたくしが王女として相応しくない振る舞いをするようであれば陛下に報告する者たちです。
いわばわたくしの監視役ですね。王女が臣下を蔑むような行いをすれば彼らは黙っていません」
「でも……」
「それから、わたくし、学院で一人になる時間などほぼございません。お友達と行動しておりますから。それで、いつ、嫌がらせをすると? 」
「実際にしていたではありませんか! 」
真っ青な顔で震えながら言い募る。迫真の演技だ。王女も、槍玉に上げられたのが自分でなければ、彼女の言い分を多少信じてしまったかもしれない。
ふと友人たちを見ると良い笑顔でこちらを眺めていた。なるほど。彼女たちも婚約に反対していたのだった。彼女たちが知っていて黙っていたことを悟った。ここまで愚かだとは思っていなかったかもしれないが……。
「ですから、いつです? 」
「一昨日も……」