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鬼とキツネの守る町  作者: アヤ
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お面の少年 後編


 鬼門――それは日本では、古来より鬼が出入りする方角であるとして忌み嫌われてきた。現代でもその風習は残っており、北東(艮=丑寅)の方角は良くない事が起きるとされている。

 しかしそんな鬼門が、わざわざそっちの方から襲ってくるなんて誰が想像できようか。案の定、罠に嵌った私は鬼門と呼ばれた暗い渦に飲み込まれてしまった。


「きゃああ!!……痛たた」


 怖くてギュッと目を瞑っていたら、突然ドスン!とお尻から着地してしまった。

 ……ここがキツネくんの言っていた、鬼の世界なのかな?恐々と瞼をひらくと、耳をつんざくばかりの大歓声が聞こえてきた。


「いよぉっしゃーー!!!」

「やったぜ大将ぉ!!」

「やっとキツネ野郎の鼻を明かしてやりましたね!」


 ちょっと澄ましたキツネくんとは違う、賑やかで楽し気な声。

 鬼の世界と言うから、てっきり鬼ヶ島みたいなところを想像していた私の目に飛び込んできたのは、夏になるとよく見かける夏祭りの風景だった。

 至る所に出店が並び、暗い夜空を照らすように色取り取りの提燈が沢山揺れている。それに周りをよく見てみると、私が座っている場所こそが祭りに欠かせない櫓の天辺だった。

 ……こ、これが鬼の世界?


「いようっ!よく来たな、人間!!歓迎するぜ!」


 櫓の上に登ってきたのは、鬼の面を被った小学生くらいの男の子だった。真っ赤な短い髪をぼさぼさになびかせ、一人だけ目立つ黒地に黄色い刺繍をした半被を着ている。


「もしかして君が……噂の鬼?」

「おう!生まれ切っての赤鬼様だ!!なんだよ、もっと喜べよ。オレ様に食われるなんて名誉な事なんだぜ!?」


 明るく言ってるけど、食われるって……やっぱりこんな見た目でも正真正銘の鬼なんだ。

なんだか目から入る情報と現実に違いがあり過ぎて、私はだんだん頭が混乱してきた。


「どうした?なんか元気ねーな」

「こ、これから食べられちゃうのに、元気な人間なんているの?」

「んー、まあ言われてみりゃそうかもしれねーが……どうせだ、最期くらい楽しくやろうぜ、なっ!!」


 そう言って赤鬼くんは私の背中をバンバン叩いた。キツネくんとのテンションに差があり過ぎて、とてもじゃないがついて行けない。

 そんな頭を抱える私の目の前に、どこからともなくスッとイカ焼きが差し出された。


「食えよ、お前もうちょっと太った方が良いぜ?」

「ありがとう、えっと……赤鬼くん」

「どうせなら大将って呼んでくれよ!ここじゃ皆そう呼んでるぜ?」


 皆とは、櫓の下にいる鬼たちの事だろうか。よく見てみると、人間らしい姿をしているのは大将だけで、他は昔話によく出てくるような姿の鬼ばかりだ。


「ねえ大将くん、他の鬼と大将くんはどうして姿が違うの?」

「ん?あ~、上手く説明できねぇけど……オレは昔から居る鬼で、あいつらは後から人間がつくった鬼なんだよ」

「え?ごめん、もうちょっと詳しく説明して」

「だから、え~っと……殆どは『鬼はこうだ』って人間が決めたから出来た鬼達なんだよ」


 その瞬間、ふとキツネくんの言っていた『言霊』の事を思い出した。

 あれは確か人間の発した『言葉』が力の源になっていたけれど、もしかして大将くん以外の鬼は、人間の『想像』から生まれた鬼なのかもしれない。

 だからきっと絵本で見た様な分かりやすい鬼の姿をしているんだ。


「そう言えばお前、名前は何ていうんだ?」

「え?さく――」


 そこで私はまた、キツネくんの言葉を思い出した。曰く――得体のしれないものに、簡単に名前を教えてはいけない。

 もしここで本名を名乗ったら、元の世界に帰れるものも帰れなくなってしまう。気さくな大将くんを騙すようで悪いけど、ここは偽名を使わせてもらおう。


「さく……サクって言うの、よろしくね」

「へー、サクか。おもしれー名前だな!」


 そりゃ、慌ててつけた偽名なんだから当たり前だ。しかしそうとは知らない大将くんは、楽しそうに私に笑いかけてきた。


「なあサク、腹は一杯になったか?食いもんならまだ沢山あるぞ。タコ焼きに、カキ氷、綿菓子なんかもあるぞ!」

「ね、ねえ大将くん。ここって鬼の世界なんだよね?何でこんなに食べ物があるの?これなら私を食べる必要なんてないよね?」

「ん~っとな……これはお前らが食う為にあるんだよ。まあ、オレ様も食うけどな」


 はて?お前らが食う為とは、一体……?

 私が分からないと言いたげな顔をしていると、大将くんは必死に言葉をひねり出しているのか、唸りながら説明してくれた。


「だから、え~っとその、これは昔からの風習ってヤツなんだ。昔はここらが山だったのは知ってるだろ?んで、口減らしのために親が子供をここに捨てに来てたんだ」

「それじゃあ、お腹の減った貧しい子供たちの為にこんなに食べ物があるの!?」


 知らなかった、まさか鬼が口減らしに遭った子供たちを保護していたなんて。大将くん含め、櫓の下に居る鬼達を尊敬のまなざしで見ていると、大将くんは明るい声でこう言った。


「おお!いっぱい食わせて、いっぱい太らせてから食うんだ!やっぱ肉があるほうが美味ぇからよ!」


 って、やっぱり食べるんだ!?うぅ、鬼は鬼でしかないのかな?なんとか説得して、生きて帰る方法を探さなきゃ。

 取りあえずイカ焼きでも食べながら頭を必死で巡らせていると、それまで賑やかだった大将くんが急に大人しくなって、ジーッと物欲しげに私のイカ焼きを見つめていた。


「た、食べる?」

「良いのか!?んじゃ、いただきまーす」


 と言って大将くんは鬼の面を少しずらすと、イカ焼き――ではなく、私の手に嚙みついた。


「ええええぇぇぇ!!?」

「あれ?変だな、お前の手ぇ食えねーぞ?」


 納得がいかない大将くんは、その後もかじかじと私の手や腕に噛みついた。しかし軽い歯形は残っても、血の一滴すら滲むことは無かった。


「おかしーな、なんで食えねぇんだろ?お前、何者だ?」

「ご、ごく普通の一般人ですが……?」

「だよなぁ。仕方ねェ、取りあえずイカ焼きで我慢してやるか」


 そう言うなり、大将くんは大口を開けて、私の食べかけのイカ焼きを頬張った。


 突然でビックリしたけど、どうして本当に噛みつかれたのに無事だったんだろう……。まさかキツネくんが何かしたとか?

 でも、もし鬼の世界にまで神様の力が及ぶんなら、わざわざ0時の踏切を使おうとなんてしないよね?でも私に特別な力とかある訳ないし――


「……なあ、サク」

「な、何かな?」

「お前、願い事って何かないのか?」

「願い事?」


 いつの間にかイカ焼きを全部食べ終わった大将くんが、改めて私に話しかけてきた。

 それにしても、普通鬼が願い事なんて尋ねるものだったっけ?


「特に思いつかないけど……」

「それじゃあ駄目だ、何か、えーっと、何でも良いから願い事を言ってみろ」

「どうしてそんなこと聞くの?」

「どうして……って、それがオレ様の仕事だからだ」


 願い事を聞くのが鬼の仕事だなんて、初めて聞いた。それとも普通の鬼とは違う大将くんは、何か特別な存在なのだろうか。

 考えても答えの出なかった私は、思い切って大将くん自身に問いかけてみた。すると大将くんは、思いがけず静かに語り始めた。


「昔から……オレ様は、願いを叶える代わりに人を食らってきたんだ。捨てられたガキ共は大抵が腹空かしてたから、目一杯食わして、満足させて、暖かい布団に寝かせて、良い夢見ている内に一気にバクッてな」

「それじゃあ、大将くんは良い鬼なの?」

「良いとか悪いとかはよく分かんねぇ、気が付いた時にはそれがオレ様の仕事だったからな。それは今でも変わらねぇ」

「今でも……って、夜に公園を通ると鬼に食べられるって話し?」

「それも気が付いた時にはオレ様の仕事になってた。まあ、おおよそ人間が“そうあって欲しい”って願ったんだろうけどな」


 それじゃあ私の予想は、半分は合っていたと言っても過言ではない。

 きっと大将くんは、昔の人が“そうあって欲しい”と願った『想像』から生まれた鬼なのだ。それが現代社会において少し形が変わってしまったから、他の鬼達とは姿が違うのかもしれない。

 詳しい事までは断言出来ないが、これでやっと家に帰る方法が見つかった。


「ねえ大将くん、私お願いがあるんだけど?」

「おお!何だ、遠慮なく言えよ!飯か?着物か?何でも叶えてやるぞ!!」

「私……お父さんとお母さんの待つ家に帰りたい」


 口減らしの子供達の為に生まれた鬼なら、この願い事は絶対に効果があるはずだ。その証拠に、目の前の大将くんの体から、気力が抜けていくのがはっきりと見えた。


「……お前らガキは、いつもそうやってオレ様を困らせるんだな」


 そう言った大将くんの声は少し小さかったけど、とても優しい声をしていた。


「良いぜ、その願い叶えてやる。その代わり――」

「なに?」

「また遊びに来いよ、サク」


 騒がしくて、大食らいで、子供みたいな見た目をしているくせに、誰よりも子供が好きで優しい赤鬼の大将は、そう言って私に笑いかけた。


「……うん!必ずまた来るよ!」

「へへっ、じゃあちぃっとばかし目ぇ瞑ってろよ!」


 言われた通りギュッと目を瞑ると、少しヒヤッとする風が私の体を通り抜けた。それからあんなに騒がしかった鬼達の声が聞こえなくなり、ゆっくり目を開けた時には、私はもう例の踏切の真ん中に立っていた。


「帰って……来た?」

「お帰り、どうやら無事だったみたいだね」

「キツネくん!?」


 後ろから声がして振り返ると、そこにはキツネくんが立っていた。もしかして、ずっと待っていてくれたのだろうか。真相は分からないが、私はまたキツネくんに会えた事が素直に嬉しかった。


「万が一を考えて、榊の葉を持たせて正解だったね」

「榊の葉?ああ、お土産って言ってくれた葉っぱのこと?」

「そうだよ。僕の力を込めておいたから、ちょっとした厄除けくらいにはなっただろ?そんな事より――」


 キツネくんは私の手を取ると、さっき大将くんが付けた歯形をジーっと見つめた。


「あいつの歯形が付いてる。僕の所へ戻ろう、神酒で清めてあげる」

「え?いいよ、これくらい何とも無いって」

「駄目、僕が気に食わない。さぁ、乗って、早く」


 これが言霊の力なのだろうか、キツネくんのその言葉を聞くと、どうしても自転車に乗らなきゃいけない気分になってしまう。


「それじゃあ、出発!」


 このちょっと強引な神様、そして以外に優しい赤鬼の2人と出会ったことで私の、佐倉美樹の平々凡々だった人生は、ほんの少しだけ波乱に満ちていくのでありました。



――めでたし、めでたし?





久々にやりたい放題妄想をぶちまけて、満足しています。

もしかしたら続編とか書くかもしれないんで、その時はまた宜しくお願いします。

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