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鬼とキツネの守る町  作者: アヤ
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お面の少年 前編

 ――ねえねえ、知ってる?学校の近くにある古い公園。あの公園には鬼が住んでいて、夜公園を通り抜けようとすると、鬼が現れて食べられちゃうんだって……。



 私が生まれ育ったこの町には、そんな噂話が沢山あった。他にも午前0時に踏切を渡ると過去に戻れるとか、繁華街の交差点で事故が多いのは呪われた人形の所為だとか、とにかく眉唾物の話しばかり。

 それもこれも、この町が山に囲まれた田舎で、都会の様な新鮮な話題に乏しい所為だろう。最近になってやっと町の開発が進んできたけど、まだまだ発展途上なところが多い。


 そんな町に生まれ育った私、佐倉美樹。平々凡々な高校3年生で、これと言った取柄もない。今は大学進学のため、放課後は学校の図書館で勉強するのが日課になっている。

 今日も図書館で勉強をしていたら、気づいた時には夕日が沈み、空には綺麗なお月さまが輝いていた。


「は~、今日もよく頑張った」


 こんなに毎日勉強尽くめで、我ながら良く続くなあと思う。こんなに頑張ってるんだから、ご褒美に何か良いこと起きないかなぁ。

 なんてのん気なこと考えながら帰り道を歩いていると、いつも通っている道が開発工事で通行止め。

 夜遅いのに迂回してこれ以上遅くなるのも嫌だし、仕方なく私は近道として噂の古い公園を突っ切る事にした。


 その古い公園は、私が小さい頃よく遊んだ公園だった。その姿は変わっておらず、懐かしさに浸りながらブラブラ歩いていると、後ろから柔らかい風と共に声が聞こえた。


「ねえ、君――」

「へっ?」


 振り返ると、そこには狐のお面を被った中学生くらいの少年が、古い自転車に跨ってこちらを見ていた。

 いつの間に――と不思議に思っていると、少年は私の横に素早く自転車をつけた。


「乗って、早く」

「え?え、ええ?」

「良いから、もう時間がない」


 少年の声は急かしてはいるものの、年頃とは思えないほど落ち着いていて妙に威厳があった。何が何だか分からないが、私はその少年に促されるまま自転車の後ろに乗ってしまった。


「しっかりつかまってて、急がないとあいつが来る」

「あいつって?」

「鬼だよ、聞いたことない?この公園には鬼が住んでるって」


 この子、何言っているんだろう。あんなのただの噂なのに……。

 つい勢いで自転車に乗ってしまったけど、考えれば考えるほど変な子だ。妙なところに連れていかれる前に、自転車を降りよう。


「ねえ君、悪いけど自転車を止めてくれない?お姉さん子供の悪ふざけに付き合うほど暇じゃないんだけど?」

「……悪ふざけかどうか、後ろを見てごらんよ」


 言われるがまま後ろを振り返ると、なんと――黒い渦の様なものが背後からどんどん迫って来ていた。

 少年は小さく舌打ちをすると、先ほどよりも自転車の速度を上げた。

 何あれ、何あれ、何あれ!?公園の鬼とか、只の噂じゃないの!?あれに捕まったら、まさか本当に食べられちゃうとか!?


 怖いとかの前に頭が混乱していた私は、何も考えられず少年の背中にギュッと掴まった。

 少年は細い路地を右へ左へと自転車を走らせ、気が付いたら私の知らない道に出ていた。


「ここから先は、目を閉じてて」

「ど、どうして?」

「いいから早く、あいつに追いつかれる」


 私はもう訳が分からず、頭の中は完全に混乱していたが、とにかく言われた通り固く目を閉じた。

 すると何がどうなったのか、それまで感じていた夜風の雰囲気がふっと変わり、まるで春風の様な穏やかな空気に変わったのが分かった。それから間もなくキーッと甲高いブレーキの音がして、自転車が止まった。


「さあ、もう目を開けて良いよ」


 少年の声に促されゆっくりと目を開けると、そこは白い霧のような、または靄のようなものに包まれた広い祭壇の上だった。


「こ、ここは?」

「んー、僕の領域って言うか……強いて言えば神様の世界?いや、ちょっと違うか。はぁ、人の言葉で表すのは難しいなぁ」


 少年はちょっと疲れた様にため息を吐き、自転車を脇に止めた。


 ……え?何これ、夢だよね?それとも私、受験勉強のしすぎで頭がおかしくなったとか?

 試しに頬をつねってみると、普通に痛かった。じゃあこれは現実?でもさっき神様の世界って――という事は、もしかしてここは天国?


 不安になって辺りを見まわしてみると、大きな木や立派な鳥居がある。その先には長い階段があり、そこから上は雲の様な白い霧と光に覆われて全く見えなかった。

 このどこか神聖な感じ――不味い、ますます天国っぽい気がする。


「ねえ、君……キツネくん。もしかして私、死んじゃったの?」

「まさか、その逆だよ。死なせない為にここに連れて来たんだ、安心して良いよ」


 狐の少年――改めキツネくんは、そう言いながらその場に胡座をかいた。

 お面を被っているから顔は分からないが、黒い髪をさっぱりと切り、白いシャツと黒いズボン姿から、どう見ても中学生としか思えない。

 私がキツネくんをじーっと見つめていると、キツネくんは僅かに首を傾げた。


「なに?」

「ねえ、キツネくんって何者?どうして私を助けてくれたの?」

「うーん……まあ0時までまだ時間があるし、少しならおしゃべりに付き合ってあげるよ」


 そう言うと、私に向かって座れと言う風に手を振ったので、少し戸惑いながらも私はキツネくんの正面に座った。


「さてと、何から話そうか?」

「じゃあ、まずは君の名前から……」

「残念でした。これでも一応神様みたいなもんだから、簡単に人に名前は教えられません」

「どうして?」

「君、言霊って知ってる?」

「い、一応……」


 言霊とは――確か、言葉には霊力が備わっていて、良い言葉を使えば良い事が、悪い言葉を使えば悪い事が起きるという考え方だった気がする。


「名前は言霊の中でも強い力を持っている。仮にも神様に近い僕が人である君に名前を教えたら、それこそ大変なことが起きてしまう。だから教えられないし、君も得体のしれないモノに簡単に名前を教えちゃだめだよ」

「それってキツネくんも含めて?」

「そうだね。さ、そんな事より次、次」


 そんな簡単に次と言われても、正直分からない事だらけで、何から聞いて良いのやら。私は少し悩んだ末、先ほどの黒い渦について尋ねた。


「ああ、あれは鬼の世界に通じる門だよ。あの公園の出入口は鬼門になっていて、鬼たちが門を開くには恰好の場所なんだ。おまけに夜は鬼や妖の力が強くなるしね」

「鬼って、本当にいるんだ……」


 鬼なんて、昔の人が考えたただの迷信だって思ってた。でも神様であるキツネくんが存在しているから、この世に鬼が存在していてもおかしくない……のかな?


 そんな風に考え込んでいると、何やら強い視線を感じて私はキツネくんの方を見た。お面のせいで表情までは分からないが、何だかすっごく凝視されているのだけは分かる。


「な、なに?」

「ん~……君、どこかで僕と会ったことある?」

「い、一応初対面のはずだけど……」

「そうだよね、僕も一度会った人は大抵覚えてるんだけど……誰かに似てるんだよなー」


 誰だったっけ?と、キツネくんは首を傾げた。

 ……そんなこと言われても。顔はどこにでもいそうな平凡な顔だし、生れてこの方キツネのお面を被った神様にご厄介になった覚えもない。

 キツネくんは納得いかないように暫く私の顔を眺めていたけど、飽きたのかその内「まあ、いいや」と言って視線を外した。


「もうそろそろ時間だ。ねえ君、時を遡る踏切の噂は知ってる?」

「え?あの0時に踏切を渡ると、過去に戻れるって言う噂がある、あの踏切?」

「うん、そう。知ってるなら説明はいいね、これからあそこに行くから」

「どうして?家に帰るならここからでも……」

「いくら僕が力を貸すって言っても限度はあるし、それに君はもう鬼に匂いを覚えられた可能性があって危険なんだ。だから踏切の力を使って過去に戻り、鬼がいる公園を通る前に戻る」


 それって、タイムスリップして過去を書き換えろって言っているんだろうか。でもそうしたら、キツネくんに出会った記憶も書き換えられちゃうのかな?……それは、少し寂しいな。

 シュンとした私の顔を見ると、キツネくんは何故か鳥居の傍に生えていた木の葉っぱを一枚摘んで、私に差し出した。


「これ、持ってて。僕からのお土産」

「キツネくん……」

「よし、じゃあ行こうか。0時を逃したら大変だ」


 キツネくんはそう言うと、再び古い自転車に跨り、私を後ろに乗せた。

 神様の世界は、特別楽しい場所っていう訳じゃなかったけど、出来ればずっと覚えていたい。

 私はそんな願いを込めてキツネくんから貰った葉っぱを胸ポケットに仕舞った。


「僕が良いって言うまで、目を閉じてて」


 言われた通り目を瞑ると、突然ふわっと体が浮くような不思議な感じがした。

 来た時のような春風の中の空気とは違う、何もない無重力空間に放り出されたような感覚。それがちょっと不安で、キツネくんに掴まっていた手に少し力を込めた。


「もう目を開けて良いよ」


 キツネくんの声で目を開けると、そこは噂の踏切の前だった。

 夜の風が少し冷たく、私は神様の世界から本当に帰って来たんだと実感した。


「あと少しで0時になる。そうしたら踏切を渡って」

「……うん、色々とありがとう」

「気にしなくても良いよ、これも仕事の内だから」


 素っ気ない言葉だけれど、キツネくんがお面の奥で少し微笑んでいるのがなんとなく分かった。

 きっとキツネくんはこんな風に、沢山の人を助けて来たんだろう。そしてその度に「無かった事」にしてきたのかもしれない。

 そう思うと、喉の奥に石が詰まったような息苦しさを感じた。


「さあ時間だ、振り返らずに勢いよく渡って」

「分かった、じゃあね!」


 苦しいけど、ここで駄々をこねたってキツネくんを困らせるだけだ。

 私は出来る限りの笑顔を見せると、走って踏切を渡ろうとした。その時――踏切の真ん中に、突然あの黒い渦が現れた。


「きゃあああ!!」

「しまった!」


 咄嗟に振り返って、キツネくんの方に手を伸ばした。だがその手が届くことはなく、私はあっという間に黒い渦に飲み込まれてしまった。





これは私が見た夢が元になっています。あまりに楽しい夢だったので、記念に小説に直してみました。

後半はうわさの鬼がメインになります。もし良かったらそちらも読んでみて下さい。

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