幽寂ノ徹宵、逢魔時-2
三人称です
「………行きましたね」
「行ったのじゃな」
ニーヴィスが現実世界に戻った直後。
《WMO》の世界、【ガイア】の世界神の神界にて、二人の女性がニーヴィスのいた場所を名残惜しそうに見つめていた。
「ああああああー!疲れました………」
「お疲れ様ー、オフェリアちゃん」
突然の声の主は金髪のエルフ。《十二星宮》の筆頭とも呼ばれる、《処女宮》のオフェリアからだった。
その口調は先程の威厳のある言葉から弱々しいものへと変わり、目からも鋭い眼光が消えている。
「人見知りなオフェリアちゃんからしたらかなり楽だったのではないですか?」
「多分……そうだと思います……。あ、あの……もう、魔法解除しますね……」
幽けき声で魔法解除の詠唱を行うと、そこには普段のオフェリアの姿をそのまま幼くしたような少女がいた。
しかし、内気そうな彼女の姿は、普段のオフェリアの雰囲気とは似ても似つかない。
前作、《NFAO》のプレイヤーでオフェリアを知っている者が彼女を見たら、『あ、やっぱりオフェリアちゃんじゃん』と言うだろう。
オフェリアのフルネームは、オフェリア・セラ・ランペルス。
《FLAO》の舞台【エデン】のエルフの国、ランペルス森王国の第三王女である。
《血月の使徒》の手により既に亡国となっているが。
彼女は【エデン】でも『引き籠もりの第三王女』として有名だった。
その理由は、彼女が極度の人見知りだからである。現代風に言えば、コミュ障ということである。
宮殿から外へ足を運ぶことも少なく、何かの祭事の時しか彼女を見た人はいなかった。
更に、次期女王として指導力を持った長女や騎士団長として武勇に優れた次女、更には幼い頃から聡明な四女とも比べられることが多く、このような蔑称とも言える諱が着いたのであった。
それでも、彼女らの仲は良く家族として幸せな日々を過ごしていた。
プレイヤー、所謂異邦人が【エデン】にやって来るようになってから幾許かの時間が経ち、オフェリアも出席しなければならない神への感謝を表す儀式が行われた。
その儀式にはプレイヤーがアウトローなクランとして名を馳せていた、《血月の使徒》が来るとの情報を得て集まっていたプレイヤー達だったが、そこに出て来た深窓の令嬢として存在すらも疑問に思われていたオフェリアが登場し、その庇護感を唆らせる容姿や仕草にプレイヤー達が狂喜乱舞したという裏話も存在する。
しかしその後、オフェリアの隣にいた第四王女ネオラステが、何処からともなく現れた矢に胸を射抜かれた。オフェリアは妹を守れなかったことによる無力感と、母や姉達に責められるのではないかという疑心暗鬼に陥り、心を閉ざしてしまったのだった。葬儀にも臆病になって出れない始末である。
彼女にはただでさえ、自分が何の役にも立っていない穀潰しである自覚があり、それも相まって宮殿の一室に本当に閉じこもってしまったのだった。
母や姉達がそんなことを考えている筈がなく、何度もオフェリアの部屋の前へ足を運んだが、被害妄想がオフェリアの脳内を支配し、結局外へ出ることが無いままあの悲劇が起こってしまった。
「正直に言って、《十二星宮》の権能は役に立つけれども、管理者様達に都合よく操られてるとしか思えない権能なのですよねぇ……」
「私も管理者様のことは信頼し過ぎない方が良いと思います……。【エデン】で異邦人から得た情報でも、自分達が愉しいのが一番、みたいな考えみたいでしたから……」
「今は向こうの戦力が圧倒的に上でしょうから、弱体化させてくれるのは嬉しいのですが……。それに、この世界で私に次いで強いオフェリアちゃんを起こす思考に至らない時点で不自然なんですよね」
「彼らの脚本通りに動かされているようで癪ですね……」
「慥かにそれは否めません。何処かで予想外の行動を起こして、一泡吹かせたいですね」
そんな彼女の本質はこの世界に来ても直らず、彼女が《十二星宮》の筆頭に選ばれてからその問題が再び表面化した。
《十二星宮》は、管理者、つまり運営に、オフェリアがルナリアに拾われてから暫く時間が経った後に渡された権能の一つである。
適正を持つ者に不老などの加護を与え、世界を守る存在へと昇華させる、というのがこの権能の特徴だが、《十二星宮》が最初から全員揃っていた訳ではない。
《十二星宮》はそのメンバーが死んだ時に、お決まりとも言える入れ替わり制が適用されないのだ。《十二星宮》に適正を持つ者は後にも先にも十二人しか存在せず、後世に生まれて来ることもある。
《十二星宮》は不老ではあっても不死では無い。病死等は加護によりあり得ないにしても、暗殺などは通用するのだ。世界最強の英雄様を殺せるかは兎も角。
まあ、つまるところ、全員が同時代に揃うことが保証されていない。
そんなこともあり、その中で一番年上でエルフの最上位種に進化し、且つ神の使徒となりとっくに不老のスキルを得ていたオフェリアは、幼い見た目から全く成長していなかった。
【エデン】での悲劇からは立ち直ったが、ルナリア及びその他の神の使徒としか話さず、人見知りは直っていなかった為、オフェリア本人が『《十二星宮》筆頭としてこのままじゃ舐められる!』と慌てたのである。
彼女は普段人と接する際には魔法で見た目を大人の姿に変え、口調も態度も上に立つものとしてふさわしいようなものに変化させていた。所々粗が垣間見えるが、これでも彼女が必死に努力した結果なのだ。見た目を変化させる魔法の魔力は問題がないのだが、演技にかなりの集中力が必要な上、人と接することにより精神力がゴリゴリと削られる。それが大分楽だったということは、ニーヴィスと相性が良かったようだ。
まあ、ルナリアはそんなオフェリアのことも可愛いと惚気ているのだが。
「でも、やっぱりあの子、可愛いでしょぉ?」
「ううっ……はい……」
「顔赤くしちゃってー、あのオフェリアちゃんも可愛かったですよ?」
「だって……演技したままあの子と話すと、つい冷たくしちゃうんですよぉ……」
「知ってますよ?オフェリアちゃんが心の中で悶えていた所も」
「………ルナリア様がこれでも神なの忘れてました………」
当初、《十二星宮》にはメンバーが三人しか存在しなかった。
この三人が必死に時代を繋ぎ、秩序を保っていた。その努力が実を結び、つい先日《白羊宮》が誕生したことにより全員が揃ったのである。
ルナリアが天啓の森にて眠っていたオフェリアを起こし、厄災への対抗策を練るためにに十二宮議を開催しようと思案していた時に《巨蟹宮》の訃音が届いたのであった。世界中が度肝を抜かれた凶報だった。
更にその最悪のタイミングで厄災の侵攻も本格的に始まろうとしていた。
「さて、そろそろ仕事をしないと駄目ですね」
ルナリアの周囲の空気が変わった。普段の少女達に現を抜かすような彼女が、引き締まった真面目な顔になり、オフェリアもそれを察知したように、報告書のようにも見える書類の束を虚空から取り出した。
「《血月の使徒》に関する情報は、救世主様達から大体引き出しました。所々分からない部分がありましたけどもね」
「だったら、この辺りの情報は不要でしたかね……」
「後、敵が根城にしてると思われる……シルヴェス帝国周辺の様子が見えなかったんですよね……」
「は、はい。国境を既に接しているリードガル盾王国やゴコーナス砂王国も斥候を送っているようなのですが、誰一人として戻って来ていないそうです……」
「あの大陸の南部の国はまだ目を付けられていないのなら、北侵して来そうですね」
「二国の国境に怪しい人影の目撃情報もあったそうです。二国は現在、騎士団を動員中です」
シルヴェス帝国が位置するサハラ砂漠の雪原化は日々進んでおり、アトラス山脈、シナイ半島へと差し掛かろうとしていた。不穏な空気が国境近くの街では漂っている。
「後は……疫病ね……」
「感染源はトストーガ雪王国南東部のラルヴィータ湾に面した都市、ペルストです……。そこから各方角へ向けて広がっていますが、特に北の都市へ広まるのが早いことから、人為的……《血月の使徒》の仕業だと思われます……」
「南には他がいるようですからね……あからさまに避けていますし、病に関する能力を持った者がいるようなので確定でしょう」
「東にあるパリメル湖王国、カラセイム魔王国の封じ込めは《金牛宮》、《磨羯宮》がいたので大丈夫でしたが、北は対処が遅れ、ルグノー半島へと回っています……」
「……確か今、ウレミネア半島に《天秤宮》がいましたよね?今すぐ彼女を向かわせてください」
「わ、分かりました……」
フェノスカンジア及びバルト海沿岸のユトランド半島までの一帯を支配下に置くトストーガ雪王国でも正体不明の奇病が発生しており、混乱を巻き起こしていた。
「そして、更に一番の脅威がこれですね」
「はい……ノーダ雅王国もといノーダ死哀国。三百年前に急に領地の生物が灰となって消滅し、その邪な因子を持った魔力、瘴気を纏った灰を振り撒き、世界を一瞬で惨状に変えた現象が起こった国です……。事態の沈静化後、周辺の国が調査隊を送りましたが、人々の遺体は発見されず、原因は解明されませんでした……。その領土は周辺国家で割譲されましたが、王都ノーダだけはどの国もその事件を畏れて放棄していました。しかし、報告によるとつい先日、消滅したはずの瘴気が漏れ出し、辺りの土地を瘴地へと変えているようなのです……」
魔力は因子によって性質が変わる。
例えば『聖』に関する因子を含む魔力は、死霊を寄せ付けず、そこにいる人間に一時的に加護を与える恒常的な聖域を作り出す。
邪な因子の影響を受けた魔力の中でも、特に危険な魔力、瘴気。それは周囲の植生を全滅させ、生命活動が不可能な、神でさえ嫌う土地、瘴地へと変化させる。
だが、その瘴気が発生すること自体珍事だ。
どれだけの事があっても下位互換の負の魔力止まりだった。
それが大量に発生し、欧州から世界に撒き散らされたのだ。
その影響は想像を絶する程で世界の人口の三割が死滅した。
《十二星宮》達の対応が遅れたら、人類は絶滅していただろう。たった三割の犠牲で食い止めた結果がほぼ最高の戦績なのだ。
オフェリアは気持ちよく寝ていた所をルナリアにいきなり叩き起こされ、眠い目を擦りながら辺りを見ると、目を思わず見開いてしまう程の地獄が広がっており、当時の《十二星宮》が総出で浄化に当たっていたのを思い出し、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「全員を向わせるのは難しそうですね……セレスちゃんと《双児宮》を向わせて結界を張らせて下さい。セレスちゃんがいれば結界で封じ込めは出来るはずです。私も手伝うことが出来れば良さそうなのですが、そうも言ってられそうに無いのです……」
「………え?」
「太陽と月がやられました」
そこはかとなく焦った表情でそう呟くルナリア。
オフェリアは想像を絶する答えに震えてしまう。敵の魔の手が自分達の予想より近づいて来ていたことに愕然として。
「あまりにも静か過ぎて気が付きませんでした……。既に操作権は奪われていますね。あまりにもあっさりと奪られてしまったので、恐らく太陽神と月神か、それに準する力の持ち主が来ているのでしょうね……」
「月……?……まさか……【新月姫】っ!」
『月』というワードが出て来たことに反応し、怒りを見せるオフェリア。
自分の復讐の相手を見つけ、我を忘れてしまいそうな程憤っている。
「オフェリアちゃん、落ち着いて下さい」
「でもっ……でもっ……!」
「……オフェリアちゃん、自己犠牲の精神を持ってはいけませんよ」
「私には、もう失う物なんて……」
「オフェリアちゃんの家族全員が、貴女を逃す為に言ったという言葉を覚えていますか?」
ルナリアはふわりとオフェリアを抱擁する。
白雪姫にも同様に行った、優しく諭す様な声色で囁く。
少女達が間違った道へと踏み外さない様に。
「る、ルナリア様っ⁉︎………うっ………『ごめんね、生きて』です………」
その言葉を聞いてオフェリアの頭にその時の状況がフラッシュバックする。
血を吐き、骨は折れ、人としても尊厳も奪われた母と姉達の姿。
それでも絶望せずに、オフェリアを逃すための、禁忌とも言える世界間移動の転移魔法を唱えた際に、皆一様に口にした短い言葉。
「ええ。オフェリアちゃんの家族はオフェリアちゃんに生きて欲しくて必死に逃したのです。オフェリアちゃんの心を開かせることができなかったことを謝りながら」
「うっ………ひぐっ………」
「貴女にも、守りたいものができたのでしょう?死に急いではいけません。この危機が終わった後、誰一人欠ける事無く笑顔で会いましょう!」
「………はいっ!」
ルナリアはオフェリアを優しく抱きしめながら、ニーヴィスにもしたように諭す。
彼女はオフェリアの記憶から、この世界に来た際に起こった出来事は朧げながら知っていた。だが詳しいことは本人がその記憶を拒絶し、閉じ込めていた為に知り得なかった。それでも、オフェリアの家族のその言葉ははっきりとルナリアにも読み取れたのだった。
「太陽も月も、この神界にも攻撃を仕掛けているようです。ただし、本格的にではなく脅しですね。軽い嫌がらせの様なものです。神界を離れて下に降りたらここを陥とすぞという警告ですね」
「では………っ!」
「私が何とかするまで、救世主様達や住人達に余計に頑張って貰わねばなりませんね。幸い、ここからでもできることはありますので、精一杯支援させて頂きます」
オフェリアから離れたルナリアが、微笑みながら励ますようにそう伝える。
「さあ、全面戦争の始まりですよ」
加筆:2021/01/10 瘴気、瘴地に関する説明を大幅に加筆。
加筆修正:2021/02/21 全体的に大幅加筆。
ル ナ リ ア 様 お 仕 事 回
この後オフェリアに抱き付き時間止めてまで愛でた模様。
因みにオフェリアは引き籠もっていた時に魔法の研究をしていたので、その時からそれなりに強かったです。
皆さんお久しぶりです。剣葉です。
更新遅れて本当に申し訳ないっ……!
長期休暇中に忙しくてストックを全く溜められなかったんですよね……(泣)
ということで今度から不定期でやります!週一で投稿できたらいいな……。
明日も投稿する予定です。次回は裏側、運営の話ですね。この辺りで運営の話を入れとかなければ説明不足な部分があるので。
フラグ撒き撒き………
面白い、毎秒投稿しろ、『毎秒投稿しろ(大事なことなので二回)』、という方は、評価、感想、ブックマーク、レビュー等、是非お願いします……!(懇願)




