ほんとに、それ
「……眠ってしまわれましたね」
「ええ。疲れているのでしょう」
リーベスが呆れたように言う。
私も目の前でテーブルに突っ伏している義妹だった少女を見て、ふうとため息をついた。
「プルーニャは戻っているかしら。ペスカを客室に運んでもらいましょう」
彼女の住まいである別邸に、とも思ったけれど、今彼女は非常に混乱しているようなので、伯母様と共にいるのは良くないだろうと判断した。
その場にいるメイドに声をかけると、彼女は頭を下げた後この部屋から退室していった。
ちなみにプルーニャというのはメローネ伯母様を横抱きにして別邸まで運んでいった屈強なメイドだ。
彼女ならばペスカを軽々と運んでくれるだろう。
すぐに部屋に来たプルーニャは、ペスカを赤子のように抱き上げると、颯爽と部屋から出ていった。
ティーセットが並べられているこの空間にいるのは、私とリーベスだけになる。
もう少し話がしたいと我儘を言って、私はリーベスを隣の席に座らせることにした。
「……ねえリーベス。ペスカが……モモコが言っていたこと、どう思った?」
「俺は信用していません。お嬢様に許してもらうための狂言の可能性もあります。今までのペスカ様の行動を思えば、信頼度は低いかと」
私のカップに新しい紅茶を注ぎながら、リーベスは綺麗な赤い瞳を剣呑に細める。
そう言われれば、そうなのだが、いまいち腑に落ちないのだ。
「ぱふぇ、という食べ物を、リーベスは知っている?」
「……いえ、存じません」
「他にも色々と言っていたわね。ラノベにネトリに、スマホ……だったかしら。トラックという乗り物はどんなものなのかしら。あとは、デンシャ。それって、馬車とは違うのよね」
彼女の口から紡がれたのは、聞いたこともないような食べ物、乗り物。異なる文明、違う国の、お伽話のようなことばかりだ。
「モモコが暮らしていたニホンには、魔法がないんですって。でも、とても便利だと言っていたわ。デンキやワイファイがあるから、って。どんな仕組みなのかしら」
この国では、魔力が全て。
貴族が多く住む王都は魔力や魔道具に満ちていてそれなりに便利な暮らしが出来る。
その反面、魔力の供給がない田舎では、まだまだ不便な生活を強いられている。
便利な生活を享受していたという彼女はてっきりそのニホンの王族なのかと思ったけれど、平民だと言っていた。
そもそも貴族のような制度なんてとっくの昔に廃止されている、とも。
平民でも便利に暮らせる世界――それは、どんな世界なのだろう。
ペスカが言い逃れのために思いつきで話したにしては、あまりにもこの世界とは現実離れしていて――それでいて、どこか真実味があった。
「……お嬢様がその話を信じるのなら、俺も信じます」
モモコが話す世界の話に思いを馳せていると、仕方がないとでも言いたげに、リーベスは表情を崩した。
とても綺麗な笑顔だ。
「だって、空想だとしてもとても楽しそうな話じゃない? 研究のしがいがあると思うの。アンノウイモ、というのは、とても甘くて美味しい甘藷なのですって。私もそのぱふぇを作って、リーベスと食べたいわ」
「俺と……ですか?」
「ええ! だってリーベスは、昔から甘藷が好きでしょう。リーベスが我が家に来る前に、うちに迷い込んだ黒い仔犬も甘藷が好きだったから、タイミングが似ていてよく覚えているの」
「……っ」
私がにっこりと微笑むと、リーベスは短く唸って、さっと顔を背けてしまった。
心なしか、耳の先が赤い気がする。
その仔犬は3日もするといつの間にかいなくなってしまって悲しかったなあ、という事まで思い出してしまった。
「どうしたの? リーベス。おいもが好きでも恥ずかしくないと思うわ。ほくほくで美味しいもの」
「いや……違……」
「だから私、モモコからもっと色々と話を聞こうと思うの。なんだか色々なイメージが湧いて来て、今なら何でも作れそうだわ!」
モモコの話はとても刺激的だった。今すぐ工房に篭りたいくらい。
だけどあとひとつ問題が残っていることも分かっている。
こほん、と咳払いをしたリーベスは、表情をいつもの凛としたものに戻すと、口を開いた。
「ペスカ様が今後もあの状態だとすると……ウーヴァ様との婚約の件はどうなるのでしょう?」
「……それなのよね」
ほんとに、それ。
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