書籍発売記念SS「推しの押しが強い」前編
\書籍になります/
12/8発売です。もりもり加筆しておりますので、よろしくお願いします
※ウーヴァ帰還前のモモコ視点
ウーヴァさんがもうすぐ戻ってくる。
お義姉さまからその話を聞いて、わたしことモモコの胸中は荒れ狂っていた。
心臓の中で威勢のいいお兄さんが和太鼓を打ち鳴らしているかのように、痛いくらいの激しい動機に襲われている。
「ドドドドドド、どうしようどうしようどうするどうする、わたし!!!」
手持ちのカードは""とりあえず同人誌を書く""一択しかない。なんてことだ。
だがそれも、混乱でままならない。
ちなみに今書いているものもブレずに主従カプ萌えの同人誌のはずだったのだけど、ああなぜだか、従者ヒーローの顔が全部ウーヴァさん似の前世の推しになってしまった。
…………いやいやいや、違う。違うってば!
気を取り直してぼーっと書いてみると、今度はちびキャラなウーヴァさんになってしまう。
こんな腑抜けた原稿では、同志であるカミッラさんやプルーニャさんを満足させることは難しいだろう。
「あーーーっ、だめだぁっ! 今日は大人しく魔道具を考えよう……」
全く集中できなくなり、わたしは邪念をなんとか頭から追い出そうと仕事に取りかかることにした。
「――ウーヴァさん、大丈夫かな」
昼間はそんな調子で落ち着かないわたしだったけれど、夜になりお風呂上がりに部屋の窓から外を眺めていると、ついそんな言葉が口をついた。
隣国である獣人国モルビド。
だけどずっと、国交は断絶していた。
一年前の夜会を契機に少しずつ二国間の交流が始まり、そこに目をつけた最強魔道具士のお義姉さまと敏腕商人のウーヴァさんの結託により、魔道具の売り込みに成功した。
まとめてしまえばそうなのだけれど、もちろん全てが上手くいった訳ではないことを傍で見ていたわたしも知っている。
一年やそこらで、この国に恨みをもつ獣人全員の気持ちが変わったかと言われればそうではないだろうし、こちらの国だって獣人への差別意識がある人は多い。
全てお義姉さまから教え聞いた事柄ではあるが、一応自分なりに新聞をスクラップにしたりして、情報を集めていた。
こういうの集めるの、大得意なのだ。
――リーベスさんは獣人だからいいけれど、ウーヴァさんは人だもの。何か大変なことになっていたりしないのかな。
夜空に浮かぶ月はまんまるだ。
黄色くぽってりと光り、あたりを優しく照らしている。
――心配だよお……
ウーヴァさんと爺やさんだけで、何かトラブルになっていたらどうしよう。
山賊に襲われたり、大雨が降っていたりしないかな。
考えれば考えるほど、心配は尽きない。
ぺスカの恋人だった人ではあるが、わたしはぺスカで、ぺスカはわたしだ。
言っていても意味がわからないが、実際そうなのだから仕方がない。
「『この商談が上手くいったら、君に求婚する』」
ウーヴァさんが言っていた言葉を、わたしはゆっくりと反芻した。
少し恥ずかしいけれど、口に出したその言葉は空に消えてなくなる。
「……ちゃんと、帰ってきてくださいね。ウーヴァさん」
祈りに似た言葉を満月に寄せて、わたしは眠りについた。
********
リーベスさんが先にベラルディ伯爵家に帰還してから一週間が経った。
満月期も終わり、彼の獣化も元通りとなったようだ。
熱に浮かされながらお義姉さまを押し倒したことをリーベスさんは覚えていないようで、その話をお義姉さまから聞いてひどく狼狽していた。
最高に尊い情報だったので、わたしはその様子を密かにしっかりばっちりメモした。
どんなときもこのお義姉さまカップルが常に萌えを供給してくれている。最高の環境である。
「……そろそろかしらね」
「はい。予定では、本日の午前中に到着するということでしたから」
お義姉さまの問いかけに相槌を打ちながら、リーベスさんが空いたカップに紅茶を注いでゆく。
お義姉さまの正式な婚約者となることが決まったからには、彼の従者業もお役御免になるはずなのだが……それでも変わらず、こうしてお義姉さまの世話を焼いている。
「モモコ様も、どうぞ」
「ありがとうございます。……わあっ、なんだかとってもいい香りですね!」
注いでもらった紅茶を口元へと運ぶと、芳醇な香りが鼻をくすぐった。
そのままこくりと口に含めば、普段よりも後味が爽やかで、柑橘の風味がする。
「わあ〜なんだか爽やか~!!」
「こちら、オレンジピールとレモンバームを使ったハーブティーです」
「へえ〜! 聞いたことあります。おれんじぴーる」
悲しいかな、乏しいハーブ知識では、オレンジピールがなんか柑橘の味というくらいの了見しか持ち合わせていない。
わたしの発言に、お義姉さまととリーベスさんは一度顔を見合わせて、それから二人で柔らかく微笑んだ。
「そのハーブティーは、リーベスのスペシャルブレンドなのよ。心を落ち着かせる作用があるのですって」
「えっ」
「モモコが随分そわそわとして落ち着かないようだから。大丈夫、絶対に無事よ。あのウーヴァだもの。存外逞しいってことを、私も昨年初めて知ったわ」
にっこりと微笑むお義姉さまと、手元の紅茶を見比べる。それから未来のお義兄さまを見た。
「ありがとうございます、リーベスお義兄さま!」
「え、あ、は、はい」
「まあ……いい響きね。ふふ」
思い切ってリーベスさんを『お義兄さま』と呼んでみる。
だってわたしのお義姉さまの旦那様ですもの。
その隣でお義姉様が幸せそうに笑うから、わたしもとても幸せな気持ちになった。
穏やかな時間が部屋に流れる。
――良かった。今の状態ならかなりいいかも。
随分と落ち着いてきたわたしは、そんな風に思ったのだけれど。
「メーラ様方。馬車が戻りました」
「がっっ、げほっ!!」
知らせるために急いで走ってきたカミッラさんのその一声で、わたしは飲んでいた紅茶が気管に入って大変むせた。
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後編に続きます( *˙0˙*)۶




