*暫定婚約者の君と (ウーヴァ視点)
ウーヴァ視点です
先に通された応接間で僕がしばらく待っていると、ノックの音と共に部屋に入って来たのはペスカ――いや、モモコ様だった。
彼女と初めて会ったのは、僕が全てを捨てて町外れの小さな家に住み始めた時。
二回目は、その時の無礼を謝ろうとこの伯爵家を訪ねた時。
そして今日が、三回目だ。
「こんにちは。モモコ様」
「こ、ここここっこんにちは、ウーヴァさん」
少々俯きがちな様子で僕に近づいて来たモモコ様に立ち上がって挨拶をすると、戸惑いながらもぎこちない笑顔で返事をしてくれた。
彼女がペスカだった頃、僕はどのように彼女に接していただろうか。
確かに大切に思っていた。僕と同じ、やりきれない思いを抱える彼女を守りたいと思った。
――そこに、打算が無かったとは言えない。
家族を出し抜き、自由になりたかった僕のエゴに、ペスカを巻き込んでしまったことは事実だ。
「きょ、今日はどういうご用件ですか?」
「ああ、えーっと、実はメーラに呼び出されたんだ」
「お義姉さまに……?」
未だに拭えない罪悪感と共に、彼女の問いかけにそう答えると、モモコ様は小首を傾げた。
姿かたちは愛した彼女と同じ。だが、『別人になった』というメーラの言葉どおり、モモコ様はペスカと違っていた。
前回この家を訪ねた時。ペスカの母親であるメローネ様と遭遇し、叱責を受けていた僕の前に颯爽と現れた彼女は、身を呈して僕を庇った。
その時の瞳の意思の強さと真っ直ぐさ、そして清廉さに、僕は射抜かれたような気持ちになった。
彼女の一挙一動から目が離せず、今も俯きがちにぶつぶつと呟いている彼女をゆっくりと眺める。
「今はお邪魔だし……」「呼びにはいけない」「でも推しとふたりでこの空間……⁉︎」などなど、様々な声が漏れてくる。
「メーラは不在なのかな? だったら出直した方がいいだろうか」
「ぴえっ! い、いえ、いらっしゃるんですけど! でもあの、のっぴきならない事情でちょっとあの顔を出せないというか」
「そういえば、リーベスの姿もないね」
「あーーっ、リーベスさんもお忙しいみたい⁉︎」
きっとメーラとリーベスは一緒にいるのだろう。
モモコ様はそれをどうにかして誤魔化そうとしているようだが、その慌てた様子も可愛らしく、ついつい意地悪をしてしまう。
ふ、と思わず笑みが漏れてしまい、僕は慌てて口を押さえた。
「あ! そうだ、ウーヴァさん。もしお時間があるなら、一緒にチョコレートフォンデュを食べませんか? お義姉さまが、素晴らしいものを作ってくださったんです」
「ふぉんでゅ?」
「ええ。ほらほら、行きましょう。厨房に置いてあるので!」
名案とばかりに目を輝かせた彼女は、立ち上がると僕の方に来てぐいぐいと手を引っ張る。
その勢いに圧されて手を引かれるままに着いていく。
そんな僕たちを周囲の使用人たちは温かい目で見守っていて、今度は僕が慌てる番だった。
◇
「これは……素晴らしいね」
「そうでしょう! お義姉さまってほんと神だし天使だしなんかもう尊いんですよ」
モモコ様に勧められた菓子は、これまでに見たことがないものだった。とろけている温かなチョコレートに、果物などを直接つけながら食べるなんて、想像もしていなかった。
「……ふふ。モモコ様はメーラが好きなんだね」
「はい! お義姉さまはいつも優しいし、リーベスさんは厳しい時もあるけど、あのふたりのカップリングはもう天の采配って感じでたまりません。この家の方たちも皆よくしてくださってます。あんなわたしだったのに」
「……それは、君の力もあるんじゃないかな。君が素敵なレディだから」
愛されるのは、才能だ。
僕やペスカがずっと渇望して、それでも得られなかったもの。だからモモコ様は、僕の目にはこうして輝いて見えるのだろう。
少し掠れた声で僕がそう返すと、彼女はきょとんと瞬きをする。口の端に少しだけチョコレートが付いていて、僕は思わず親指の腹でそれを拭った。
「……えええええええええええ!」
一拍おいて、彼女は素早く後ずさった。
顔が真っ赤で、まるでこの皿いっぱいの苺のようだ。
「とても美味しいよ。――モモコ」
「ふわっ、推し、推しの破壊力がやばい……っ!」
もう少し、近づきたい。
君の明るさと、眩しさを。これからも見ていたい。
心の中に新たに生まれた渇望を確かに感じながら、僕はチョコレートフォンデュに舌鼓を打った。
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