誓いを
私を抱えたまま、リーベスは歩みを進める。
そのまま邸を出て向かった先は、庭園の一角だった。
四阿が設置されたその場所は、私が小さい頃からよくお散歩の途中に休憩していた場所でもある。
「メーラ様。この場所を覚えていますか。幼い貴女が、私を見つけてくれた場所です」
彼の腕の中にいる状態のまま、私はリーベスを見上げた。優しい瞳が私を見ている。その様子に、私はこくりと頷いた。
「ええ、もちろん。あっちの茂みから、黒いわんちゃんが出てきたの。よく覚えているわ」
「あの時、貴女が拾ってくれて本当に救われた。だから恩返しがしたいと思いました。アルデュイノさんは、突然また変化が解けて人の姿になった俺を保護してくれたのです」
「……じゃあ、あの時すぐにいなくなったのは」
「はい。事情を知ったアルデュイノさんが、匿ってくれました。俺が獣化をコントロール出来るまで。お陰で、満月が近づく数日以外は人の姿でいられるようになったのです」
そう言ったあと、リーベスは私を四阿のベンチにゆっくりと下ろした。
てっきり彼も隣に座るのかと思ったのだけれど、私の手を取ったまま、リーベスは座る私の前に跪く。
「……ずっと、従者としてお仕えするつもりでした。ウーヴァ様と結婚したその後も。忌まわしいこの身が許す限りは」
そっと指先に触れたのは、リーベスの唇だ。
その仕草にどきりとしていると、そのまま顔を上げたリーベスは、射るような瞳を私に向ける。その色は、燃えるような赤だ。
「……ですが、もう手遅れです。あなたは俺の番だ。愛しています。もう俺からは手放せません」
「つがい……?」
「獣人にとって、生涯の伴侶です。この先貴女が他の者を好きになったとしても、俺はそれを許さないでしょう。その男を鋭い爪で引き裂いてしまうかもしれない。……そんな俺が、怖くはありませんか?」
リーベスは真剣な表情を崩さない。私の右手を掴む彼の手に、少し力が入ったように感じる。
番という言葉を聞いたのは初めてだったが、それが獣人にとって大切な存在であることは伝わってくる。
「それに獣人は魔法が使えません。ウーヴァ様が思い悩んでいたように……その、貴女の稀有な才能が、この伯爵家の歴史が途絶えてしまうかもしれません。ただでさえ身分が違うのに、俺の存在は貴女にとって邪魔になってしまう。だからーー」
「ふふっ」
彼の言葉を頭の中で反芻した私だったけれど、出たのはそんな笑い声だった。
まだ話の途中だったがために、呆気に取られたような顔のリーベスが私をじっと見ている。
「だから」のその先は、聞かなくてもいい気がした。私がリーベスを好きで、リーベスも私を大切に思ってくれている。それでいいと思うから。
「それって、とっても素敵だわ! リーベスは、これからもずっと私と一緒なのね」
知らない人と家を出て行ったお母さま。
お母さまよりも仕事を大事にしていたお父さま。
遊び人として有名だった伯父さま。
いつも高圧的で、冷たい伯母さま。
私の周りにいたのは、そんな人たちだった。
「リーベス。私と、本当の家族になってくれる? 貴方のホットケーキを、ずっと食べたいわ」
ずっと欲しかった。そんな人が。
仮初めではない、大切な人が。
「ーーっ、もちろんです。お嬢さま」
「難しいことは、爺やに相談しましょう。もう、ひとりで悩んでいてはダメだからね」
これからのこと、身分のこと、きっと解決しなければならないことはあるけれど。
この伯爵領で、これまでと変わらない生活を送る分には何の問題もない気がしてくる。
左手をそっと差し出して、彼の頭に載せる。
そのまま柔らかな黒髪をふわふわと撫でると、不機嫌そうな顔のリーベスがそこにいた。
「……俺は、今はヒト型です」
「ふふっ、この姿の時も、撫でてみたかったの」
笑いながらそう言うと、無表情になったリーベスはさっと立ち上がった。あっという間に私を見下ろす形になる。
首を傾げた私に対して、リーベスは相変わらず憮然とした顔だ。
「じゃあ、俺も好きにしますね」
ずっとここに触れたかったので、という掠れた声が聞こえたあと。
彼の親指に軽くなぞられた私の唇は、そのままゆっくりと塞がれることになった。




