*理想のふたり(モモコ視点)
お義姉さまとリーベスさんを2人にして、小一時間ほど経った。
な、何か進展があっただろうか。
わたしの心臓はドキドキし続けている。
「……モモコ様、絵がとてもお上手ですね。ウーヴァ様の姿絵、でしょうか」
「うぎゃっ⁉︎ ち、ちち、違いますぅぅぅ! これはわたしの理想の男性で……」
「ふむ。モモコ様の理想はウーヴァ様なんですね」
「違うってばあああ!!!」
無意識に、わたしの手はまた推し様の絵を描いてしまっていたらしい。これは断じて決して絶対にウーヴァさんではないのだけど、もしかしたら、ほんのちょっとの可能性があるとしたら、それはウーヴァさんにそっくりなのかもしれなかった。
わたしの私室と化している客室で、側に控えているカミッラとプルーニャにしたり顔で頷かれて、居た堪れない気持ちになる。
リアルな推し様が目の前にいて、なんだか寂しそうな笑顔で、色々と切ない事情もあって、未だに婚約者なんだって思ったら、そりゃ意識してしまうでしょ!?そんなものでしょ!?
心の中で大きく言い訳をしてみるも、勿論誰にも聞こえていない。
手元のイラストに視線を落とす。
――確かに、この絵の人物は推し様よりも少しだけ淡い金髪だし、少しだけ優しげな表情だし、服装なんかもまさにあの初めて会った時のラフな格好で……
「ああああ! お義姉さまよりも、わたしの方が重症っぽいいいいいい!」
思わず雄叫びをあげてしまう位には、結論としてそのイラストの人物は『推し様』より『ウーヴァさん』にそっくりだった。
◇
部屋を出て、なんとなくお義姉様の部屋の方へと向かう。
邪魔してはいけないことは分かっているから、近くの廊下をうろうろしているだけだ。
「……おや、モモコ様」
「あっ、爺や様」
廊下で出会ったのは、爺やのアルデュイノさんだった。
ペスカだった時にはわたしに鋭い眼差しを向けていたように思うけれど、今ではその目尻は優しく緩められている。
「爺やに『様』は不要ですよ。お嬢さま」
「……えっと、でも……じゃあ、爺やさん!」
穏やかな口調で話しかけてくれるのが嬉しくて、わたしはついつい笑顔になる。
そんなわたしに、爺やさんは「ところで」と質問をした。
「リーベスを見ませんでしたか? 手伝って欲しいことがあるのですが、姿が見えぬのです」
「あっ、リーベスさんですか。えーっと」
「ご存知ですかな?」
「……今は、お義姉さまの所にいます」
誤魔化す事ができず、正直にそう告げる。
爺やさんは顎のあたりをひと撫ですると、ふうむ、と訝しげな視線を奥の扉の方へと向けた。
お義姉さまの部屋の方向だ。
「……少し、声をかけてみますかな。ありがとうございます。モモコ様」
「あっ! 爺やさん、ちょっと待ってくださいいいいいい!」
「ほっほっほ、どうしたんですかな。そんなに焦って」
「いや全っ然焦ってないですよ! でもほら、大事な話をしてるかもしれませんし! ね?」
なんとか爺やさんを引き留めようとするが、笑顔を崩さずに早足で進む爺やさんは、あっという間にお義姉さまの部屋の前についてしまった。
(ああああ! もし、大事な告白シーンだったらどうしよう! ……あっでも、ちょっと見たい。ダメダメ、止めないと。……いややっぱり見たいぃぃー)
心の中で、天使と悪魔なわたしが暴れ回る。
わたしが立ち止まってもだもだしている間に、爺やさんはあっさりとその扉をノックしてしまった。
「……メーラ様。失礼ながら、リーベスはそちらにいらっしゃいますか?」
(ああーーーっ! 爺やさんっ!)
部屋の中に爺やさんが声をかける。
そのすぐ後に、鍵が開く音と共に扉が開かれた。
「爺や。ちょうど良かったわ! リーベスが大変なの」
部屋から顔を覗かせたお義姉さまは、そう言って爺やさんを手招きする。
「……え? おっきなワンコ……」
ちらりと見えたその扉の向こうには、大きな黒い犬が寝そべっている。
爺やさんは中の様子とお義姉さま、それからわたしへと視線を順番に移すと、「おやまあ……」と小さく言葉を漏らした。
(え? いや、全く状況が掴めないんですけど……?)
呆然としているわたしに気付いたお義姉さまは、「いいから入ってちょうだい」と爺やさんと2人まとめて部屋に入れると、また鍵をかけた。
「……メーラ様。知ってしまわれたのですね」
「ええ、さっきね。そんな事より、リーベスがぐったりしてしまっていて……どうしたらいいかしら? 撫でてもいいかしら?」
「ふむ。状況を詳しく教えていただけますかな」
(……ふむ。ふむ⁉︎ えええっ、あれ、リーベスさんなの⁉︎)
深刻そうな顔をしている二人を尻目に、空気と化していたわたしの視線は、黒いわんこに釘付けになる。
これってあれだ。獣人。なんて甘美な響きなんだろう……!まさにこの前わたしがこっそりと書き上げた、薄い本第二弾そのものだ。
(尊い。ううっ、尊いよぉぉぉ)
異様な空気のこの部屋で、わたしはある種の感動に包まれていたのだった。
いつも通り、モモコです。




