私の秘密もあげる
「……ええと、つまり、さっきのわんちゃんは、リーベスだったってこと、なの?」
「……はい」
確認するように言葉を選ぶと、少しぐったりした様子のリーベスは、伏目がちにそう答えた。
着替えが終わったらしいリーベスに目を開けるよう促されて、私はその通りにした。
すると、先ほどまでそこにいた大きな黒い犬の姿は掻き消えて、代わりに髪型も服装も乱れたリーベスが立っていた。
そして告げられたのは、彼が獣人であり、黒い狼は彼が完全に獣化した姿であること。
――リーベスが私に話そうとしていた秘密は、このことだったそうだ。
獣人。人よりも大きな体躯と高い運動能力を持つ彼らは、普通の人にとって畏怖の対象であり、かつては迫害された歴史もある。
今でもその名残はあると、爺やに勧められて読んだ書物に記されていた。
私が思っていたより、ずっと大きな秘密だ。
これを話すのに、どれほどの勇気が必要だっただろう。
現に、リーベスは既に傷付いたような顔をして、私と全く目を合わせない。
「……リーベス」
私が彼の名前を呼ぶと、彼の肩は大袈裟なくらいに大きく揺れた。
「顔を上げて、リーベス」
「……メーラ様」
赤く揺らめく、美しい瞳。
とんだ勘違いで、彼の秘密を暴いてしまった事に罪悪感がある。
でも、それと同時に、彼が私に話してくれたことを、嬉しくも思ってしまう。
「ありがとう、話してくれて。その……私、ちょっと勘違いをしていて。貴方の秘密は、恋人のことだと思っていたから」
「恋人、ですか……?」
「ええ。カミッラととても親しげに話していたから、ふたりがそういう仲だと邪推してしまったの」
「カミッラとは、ただの仕事仲間です」
きっぱりと言い切ったリーベスに近づいて、私は彼の手を取った。
大きな手だ。これがさっきまであんなにもふもふしていたかと思うと、不思議な気持ちになる。
「……俺に触れるのは、気持ち悪くないですか」
「え?」
「俺は……穢らわしい獣人で……ずっとその事をお嬢さまに隠していました」
見上げると、リーベスは泣きそうな顔をしていた。彼が爺やに連れられてこの家に来たのは、確か私が10歳の時だったと記憶している。
その時には既に大人びた表情をしていたリーベスだったから、こんな風に幼い表情を見るのは初めてかもしれなかった。
「まあ……誰かにそう言われたの? リーベスが穢らわしいだなんて、そんなことちっとも思わないわ。いつも助けてもらっているし、それに、もふもふしたわんちゃん姿も楽しめるなんて、すごくお得じゃないかしら!」
彼の手を両手でぎゅうと握りしめながらそう告げると、泣きそうな顔のまま、リーベスはくしゃりと笑った。
「――は、はは……。お得って……全く、メーラ様は……」
「たまにあの姿のリーベスをもふもふさせてくれるなら、これまで内緒にしていた事は許してあげるわね」
彼の笑顔が嬉しくて、私もついつい頬がゆるむ。私はリーベスが好き。どんな姿でも。
モモコに相談した時は曖昧だった気持ちも、ようやく輪郭がはっきりしてきたように思う。
「あなただけ秘密を言うのは、フェアじゃないわね。私にも、とっておきの秘密があるの」
「メーラ様の秘密、ですか……?」
首を傾げるリーベスを前に、私は心臓に手をあてて、ゆっくりと息を吐いた。
私のとっておきの秘密を、あなたにあげるわ。
「私、あなたが好きよ。リーベス。今の姿も、さっきのもふもふの姿も――それに、小さい頃のあの仔犬の姿だって」
真っ直ぐに彼の瞳を見てそう言うと、彼の顔は弾けたように真っ赤になる。
そして、次の瞬間には、彼の姿は大きな黒いわんこになり、その場に伏せるように座り込んだのだった。
あっ……服が……
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