土下座というらしいです
*
「メーラ! どういうことなの!」
翌朝。しっかりぐっすり寝過ごした私が遅めの朝食を取っていると、扉を開ける騒々しい音と、金切り声が食堂に響き渡った。
お陰で完全に目が覚めた。
「……メローネ様、朝からお行儀が悪いですよ」
食堂の侵入者――ペスカの母親であるメローネにそう投げかけると、元々怒りの形相に満ちていた彼女は、さらに苛立ちを露わにする。
ずかずかと食卓へと近付いてきた彼女は、その怒りを隠そうともせず私にぶつけてくる。
とはいえ、無駄に縦に長いこのテーブルのお陰で、いくらかの距離は保たれている。
「わたくしとペスカをこの家から追い出すなんて、どういう了見なのっっ!」
「……元々この家は私のものです。お父様があなた方を引き取ったのは、ペスカが成長するまでという条件つきでしょう。もうその約束は履行されました。ねえ、爺や」
私の言葉に、部屋の端に控えていた爺やは大きく頷く。
そして、「恐れながら」と恭しく話し出した。
「先日、ペスカ様とケルビーニ伯爵子息の婚約が成立しました。それに伴い、メローネ様とペスカ様はこの家の扶養から外れる事となります」
「そっ、それがおかしいと言っているのよ! ウーヴァ様と結婚するペスカが、この家の跡を継ぐはずでしょうっっ!」
激昂する彼女に、私は目を丸くする。
どうしたらそういう理論になるのか。
……もしかして、ウーヴァにペスカをけしかけたのは、メローネ様の策略だったのだろうか。
「……メローネ様。いえ、メローネ伯母さま。伯父様が亡くなられた後、確かに父はあなた方を不憫に思ってこの邸に招き、ペスカに至っては養子縁組をしました。ですが、このベラルディ家の現在の当主は私です」
お父様の兄であった伯父さまが不慮の事故で亡くなった際、幼い娘を抱える伯母様を手助けするために、お父様は二人を我が家の別邸に住まわせる事にした。
お父様が温和な性格だった事と、お母様が既に他界していた事で、メローネ伯母様は徐々にこの屋敷の女主人のように振る舞うようになっていた。
でも実際にはお父様と伯母様が再婚した訳ではない。
そしてそのお父様も、半年前に病に倒れてしまったのだ。この邸に取り残されたのは、私と伯母様たち。
伯母様が何を思って暮らしていたのかは定かではないが、このベラルディ伯爵家の正統な後継は私しかいない。
既に16歳で成人済みのため、爺やに手伝ってもらいながら、先月ようやく爵位を継承する手続きを終えたばかりだった。
当初の取り決めの際は伯母様とお父様で話をしていた筈だけれど……。
私が立ち上がると、リーベスや爺や、それから他の使用人たちも倣うようにメローネ伯母さまを見つめた。
その様子にたじろいだのか、伯母さまは半歩後ろに下がる。
「ペスカはもうウーヴァ様の元へ嫁ぐ事が決まったのです。彼は次男だから家督を継ぐことはないでしょうから市井に出るのかもしれませんね。でもきっと準備金は伯爵家から出るでしょうし、慎ましく暮せば問題ないかと」
「は……? な、どうして伯爵のウーヴァ様が市井に出るのよ!」
私の言葉に、メローネ伯母様はまた眉を吊り上げる。
伯父様と結婚した伯母様ならばその仕組みは知っているものと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
「ケルビーニ伯爵家の家督は長男が継ぐからです。ですから彼はうちに婿に来ることになっていたのでしょう。……ウーヴァ様は全て了承していると思いますけれど」
ペスカはどうなのだろう、と考えて、ようやくこの場にペスカの姿がないことに気がついた。
いつもは2人でセットなのに、今日はメローネ伯母さま単体だ。
「あ、貴女は私たちに、平民となって出て行けと言うのね! なんてひどい娘なの!」
メローネ伯母様は、ますますヒートアップしている。
「――勝手に婚約したのはペスカですが」
「っ、なんなのよ、あんたはいつもいつも取り澄まして、私たちを馬鹿にして……っ!!」
メローネ伯母様の碧の瞳が吊り上がる。
こうやって理不尽な怒りを向けられるのはよくあることだ。どうやら私は知らぬ間に耐性がついたらしい。
二人がかりで来られると厄介だが、相手が一人だと割と平気だ。
どうやってやり過ごそうかと思案していると、再び食堂の扉が開いた。
入ってきた少女はいつものふりふりピンクなものと違ってやけにシンプルなワンピースを着ている。
だがこのふわふわの淡い茶髪を揺らすのは、紛れもなくペスカだ。
「ああペスカ! 昨日は倒れたと聞いたけれど、もう大丈夫なの? きっとこのメーラに酷いことを言われたのね。貴女のお姉様は横暴だわ。婚約者を奪われたからといって、こんな非道な手段に出るなんて」
伯母さまは俯いているペスカに近づく。
婚約者を奪うとか言っている時点で、そっちの方が非道な気もするが、そんな常識的な話をしたところで意に介さないだろう。
「お嬢様、ここは俺たちが」
思案しているところに、後ろで控えていたリーベスから声がかかる。
顔を上げると、リーベスの向こう側では爺やや他の使用人たちは一様にいい笑顔を浮かべている。
「ほら、貴女もこの極悪非道の義姉に何か言っておやり! ……ペスカ?」
ペスカは、自分の名を呼ぶメローネ伯母さまの手を払うと、ゆっくりと私に近づいて来た。
半歩前に出たリーベスの背中越しに見える彼女は、やっぱりいつもとは違う。
そんな彼女の様子を不思議に思っていると、ペスカは私の――正確にはリーベスの正面に立ち、ようやく顔を上げた。
「お義姉さま」
凛とした桃色の瞳は、真っ直ぐに私を見据えている。
何を言うつもりなのかと私たちが身構えた瞬間。
「ほんっっっとうに、申し訳ありませぇえええぇぇん!!」
がばりと床に額をつけるようにうずくまったペスカは、これまで聞いたことがないような大きな声を上げた。
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