*恋の病(モモコ視点)
*モモコ視点です
チョコレートフォンデュを堪能した1週間後。
(ん〜?)
何かが、おかしい。
わたしがそう気付いたのは、お義姉さまが作ってくれたお鍋で、今度は昼食にチーズフォンデュを楽しんでいた時の事だった。
とろりと蕩けるチーズに、軽く炙ったパンをつける。口の中に入れると、まろやかな塩味がじゅわりと広がって、とにかく美味しい。
鍋から串を持ち上げた時に、恒例のびよーんと伸びるチーズの様子もまた素晴らしい。
全くもって仕組みは分からないけれど、お義姉さまの作ったこの鍋は、とにかく完璧だ。
わたしがはふはふしながら次々に粉吹き芋や腸詰めなどを口に運ぶ間に、目の前のお義姉さまも優雅に食べ進めている……のだけど。
お義姉さまの後ろにちらりと視線を向けると、いつもどおりに黒髪のリーベスさんが凛とした表情で控えている。
この主従の尊い光景はいくらでも見ていられるし、お代わりだってしたいくらいなのに、そんなふたりの様子が、この前からどこか変なのだ。
「チーズのフォンデュも美味しいわね」
儚げに微笑むお義姉さまは、どこか元気がない。
「……でしょう! チョコとチーズは、二大フォンデュなんです! このお鍋だったら、串揚げも出来そうですね」
「あらあら、もう次のお料理なの?」
くすくすと笑ってくれるけど、その表情には影が差しているように思う。
(んー? んんーー?)
いつもなら必要以上に甲斐甲斐しくお世話を焼いていたはずのリーベスさんも、お義姉さまの隣に座るようなこともせず、ただじっと立っている。
やっぱりおかしい。
そう思いながら、わたしはどんどんとチーズフォンデュを食べ進めたのだった。
◇
食後、わたしは思い切ってお義姉さまを「お茶でも飲みませんか」と部屋に誘ってみた。
居候の身であるのに変だけれど、そんな事は言っていられない。
尊い主従には、いつも見つめ合っていてもらわないと困るのだ。わたしの生き甲斐なのに。
人払いをして、ふたりきりになった室内で、まじまじとお義姉さまの様子を見つめる。
物憂げな表情を浮かべるその人は、なんというか、前よりも色っぽいような、そんな印象を受けた。
「……あの、お義姉さま」
意を決したわたしは、お義姉さまにそう話しかける。
こちらを向いてくれたお義姉さまは、首を傾げながらわたしの続きを待っているようだ。くうっ可愛い……!儚げなお義姉さまも素敵……!
「リーベスさんと喧嘩でもしましたか?」
「っ!」
わたしの問いかけに、お義姉さまは分かりやすく肩を震わせる。やっぱり何かあったみたいだ。
少しだけ俯いていたお義姉さまは、顔を上げてわたしのことを真っ直ぐに見た。
「その……えっと、私が悪いの。リーベスの顔をしっかりと見ることが出来なくて。素っ気ない態度をとってしまって」
「え? お義姉さまがですか?」
「少し前に、彼が他のメイドと楽しそうに会話をしているのを見てから、私の体がおかしくて。リーベスを見ると、この辺りがこう、ぎゅっとなって」
「…………!」
お義姉さまが心臓のあたりを手のひらで押さえる様子を見て、わたしは絶句した。
慌てて両手でしっかりと、自分の口に栓をする。
だって今口を開いたら、叫んでしまいそうだ。
(尊すぎぃぃぃぃ!!!! 何これ何これ、お義姉さま可愛すぎやしませんか⁉︎ リーベスさんと話してたメイドさん誰か知らないけど、何やってくれてんですかぁぁぁぁーーー! でもグッジョブぅぅぅぅ!!!!)
お義姉さまの可愛らしさに、わたしは目眩を覚える。その「心臓のぎゅっ」は、わたしにも覚えがある。
あの、推しにそっくりなあの人が微笑みかけてくれた時――って、今はそんなことはどうでもいい。
「……私の体、どこかおかしいのかしら」と不安げなお義姉さまを、まずは愛でなければ。
すーはーと深呼吸をして、叫んでしまいそうな自分をなんとか落ち着かせる。
すでにお義姉さまとリーベスさんを題材にした尊い主従の薄い本は書き上げていて、侍女のカミッラさんやプルーニャさんには布教済みなわたしだけど、ここはひとまず鎮まらないといけない。
「お義姉さま、それは病気ではありません。まあある意味、病ではありますが」
「まあ、そうなの?」
びっくりした顔でわたしを見つめる、お義姉さまの無垢な翠の瞳が眩しい。尊い。
既にこの世界では成人している筈で、この伯爵家の当主なお義姉さまなのに、その辺りの知識は全くないらしい。
前世で知識だけは浴びるように得てきたわたしとは違って、穢れなき魂だ。泣ける。好き。
「――それはずばり、恋の病です!」
どこかふわふわした気持ちになりながら、わたしは興奮のまま高らかにお義姉さまにそう告げたのだった。
勢いで書きました。悪気はなかった……です( ˘ω˘ )




