焦燥感にも似た
短いです……!
(リーベス……? どこへ行ったのかしら?)
賑わう厨房では、モモコを中心にみんなチョコレートフォンデュに夢中だ。
まだリーベスは食べていないはずだから、是非食べて欲しいと思ったのに。
キョロキョロと見回すが、やはりそこにあの馴染みの黒髪はない。
「メーラ様、どうしましたか?」
近くにいた料理人の一人が、私の様子を見かねて声をかけてきたため、私はリーベスの姿を探していることを告げる。
「リーベスさん……? あれ、さっきまでいましたけどね……?」
「あ。俺さっき、その裏口から外に出ていくのを見ましたよ」
ひとりは私と同じくリーベスの姿を見失ったようだったが、別の料理人が指を差しながらそう教えてくれた。その方向には、裏口の扉がある。
(爺やにでも、呼ばれたのかしら。それとも体調が悪いとか……?)
彼が私のそばを離れる時、こうして何も言わずにいなくなることは稀だ。何故か気になって仕方がない。
「そう。ありがとう、助かったわ。じゃあ私はリーベスを探しにいくわ。ここは任せていい? 火加減には気をつけてね。つまみの火力は最大にしないように」
「はい、分かりました!」
ぺこりと頭を下げる料理人にそう言って、私は裏口から外に出た。
あまり来たことがない場所ではあるが、全く知らない訳ではない。
表の庭園とは違って、少し生い茂った樹木があるこの場所は、風が気持ち良い。
思うままに建物の壁づたいに足を進めて、角を曲がったところで、見慣れた後ろ姿を見つけた。
「リーベ……」
声をかけようとしたところで、私はそこにリーベス以外の人がいることに気が付いた。
青空の下ではためく真っ白なシーツの前で、リーベスは誰かと会話をしているようだった。
(あれは……カミッラだわ)
モモコ付きの侍女でもある彼女は、いつも明るく、笑顔が素敵な女性だ。
そんなカミッラが、満面の笑顔でリーベスと話している。
角から足を踏み出して、彼らの名前を呼べばいい。
だけど、金縛りにあったように声も足も出ない。
ただ、視線だけは彼らに釘付けになって、食い入るように見つめてしまう。
二人は私が見ていることなんて、全く気が付いていない。
カミッラは何か言いながら笑ってリーベスの胸元をべしべしと叩いていて。
その時ちらりと見えたリーベスの横顔は、いつものきりりとした大人びた表情ではなく、どこか気を抜いた、柔らかいものに見えた。
(……っ! ……??)
どくり、と心臓が嫌な音を立てた。
それが何かは分からない。だけど、この場にいるのは嫌だと思った。
「お義姉さま、早く早く! なくなっちゃいますよ〜!」
急いで厨房に戻ると、ほっぺにチョコレートをつけたモモコが、両手に苺の串を持って私の元へと駆けてきた。
「……ふふ、ありがとう。モモコ、頬が汚れているわ」
その様子に安堵しながら、なんとか心を落ち着かせる。
あれは、なんだろう。そして、私の心の中のこのぐるぐるとした、焦燥感に似た気持ちは、一体なにかしら……?
モモコから苺の串をひとつ受け取って、空いた手で彼女の頬を綺麗にしてあげると、彼女はくすぐったそうに微笑んだ。




