名探偵とは何かしら
ふわふわとした夢見心地のまま、1日がゆっくりと過ぎた。
リーベスがそばにいてくれたからか、悪夢に魘されることもない。
あれだけ食欲が無かったのが嘘のように、彼が作ってくれたふわふわのホットケーキだって、ぺろりと平らげる事ができた。
翌朝、すっかり身体が軽くなった私は、食堂に下りて食事を取ることにした。
すると、ちょうど入り口の前でモモコに出会う。
「お義姉さま、もう大丈夫なんですか?」
駆け寄ってきた桃色の瞳が、私を覗き込む。
眉をへにょりと下げて不安そうなその表情からは、モモコの気持ちが伝わってくる。
「ええ。ありがとう、モモコも何度も様子を見に来てくれていたわよね」
「はい……心配で……! でも、お元気になって良かったです」
にこにこと愛らしい笑顔を浮かべるモモコと共に、食堂に入る。
一緒に朝食を取りながら、私たちは久しぶりに工房で作業をする約束をした。
◇
工房で作業をしながらふとモモコを見ると、何やら楽しげに絵を描いている。
その白い頬に、うっすらと赤い線のようなものが見えて、私は思わず尋ねていた。
「モモコ、その傷は何?」
「ふえっ! あっ、いえ、えーっと、これはあの時お母さまの爪がぶつかったみたいで、えへへ」
突然の問いかけに驚いたらしいモモコは、慌てて紙を隠すように腕で覆うと、困ったように私を見上げる。
その紙からは、人物画のようなものがちらりと見えた。
「まあ、あの時の……」
「わたしも気がつかなかったんですけど、全体の腫れが引いたら傷になってて。ウーヴァさんに言われて気が付きました」
えへへ、と笑うモモコを暫く見つめる。
そこまで深い傷では無さそうだから、時が経てば消えてしまうだろう。その点は安心だ。
「……メローネ伯母さまは、その、よくペスカを叩いていたのかしら?」
あの日聞けなかったことを、私は尋ねていた。
ぶたれたモモコと共に屋敷に戻り、彼女の手当をしてもらっている間、私はずっと別のことを考えていた。
夕飯まではなんとか食べられたけれど、夜からはまんまと体調を崩したのだ。
「……そう、ですね。記憶によれば。この屋敷に来てから、何かとお義姉さまと比較しては叱られていたみたいです」
「知らなかったわ。伯母さまはいつも私の前ではペスカのことを褒めていたから」
「うーん、そういうのもあって、ペスカは色々と捻れちゃったのかもですね……って、まあ、わたしの事なんですが」
寂しげに笑うモモコの表情に、かつてのペスカの姿を重ねる。
――彼女も寂しかったのかもしれない。歪な家族の中で、私と同じように。
そう思うと、これまでのことが、少しだけ違って見えるような気がした。
「そういえば、モモコはあれからウーヴァと会って仲直りでもしたの? あの時は結局ばたばた帰ってもらうことになったと思ったけれど……」
さっき彼女は、傷のことをウーヴァから指摘されたと言っていた。
その話ができるような距離で、ふたりが話したということにはならないだろうか。
そしてそれは少なくとも、あの日ではない。
首を傾げながらそう問うと、何故だか顔を真っ赤にしたモモコが「お義姉さまの名探偵……っ!」と何やら恨めしそうに呟いていた。
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