おかえりなさい
まんまと体調を崩した私は、二日も寝込んでしまっていた。
時折、モモコが心配して部屋を訪ねてくるが、熱があるのかぼおっとしてしまっている私は、横になったままでいるしかない。
「お義姉さま……」
「さあ、ペスカさま。これ以上はメーラ様のお身体に障りますので。メーラ様、お薬を飲んだらまたゆっくりお休みになってください」
プルーニャに従い、ペスカは名残惜しそうに部屋を去る。
薬を飲んだ私は、またうとうとと睡魔に襲われることになる。
『ーーこんな家、嫁いで来たくはなかったわ!』
『さようなら、メーラ。もう二度と会うことはないでしょうね』
夢に見るのは、私と同じ緑の瞳を憎々しげに揺らす女性。
散々私とお父様を罵倒したあと、彼女は知らない人の手を取って家を出て行った。
あの歪んだ表情が、離れていく背中が、ありありと思い出される。
私の手を握るお父様の手に力が込められて、痛いくらいだった。
見上げたお父様の顔が、とても悲しそうだった。
ーーお母さまは、お父さまと私を、愛してなどいなかったのだと、幼心に理解した。
そうしてそこから、私とお父様は2人で暮らし始めて、幾年か経った後で、この家に伯母様とペスカを迎えた。
家族になれる、と期待したのはほんの数日で。
私はまたすっかり全てを諦めた。
家族とは儚く、手に入らないもの。
私の中には、そう擦り込まれている。
苦しい夢の中で、私は額に触れるものの気配を感じて、うっすらと瞳を開けた。
部屋はうす暗いが、カーテンの隙間からはほのかに光が見える。明け方のようだ。
「……申し訳ありません。起こしてしまいましたか?」
「リー……ベス……?」
「はい。ただいま戻りました」
うす暗い中でも、目の前のその人が、リーベスであることはすぐに分かった。
明日の昼に戻ってくると聞いていたのに……もしかしたら、予定を早めて帰って来てくれたのかもしれない。
「大丈夫ですか? 随分とうなされていらっしゃいましたが。遅くなってしまい、申し訳ありません」
私の額に、新しい布が載せられる。
先程の感触は、額を冷やすための布をリーベスが取り替えてくれていたものだったようだ。
「リーベス、おかえりなさい……!」
「……っ、どうされましたか。お嬢様」
彼の存在に安心して、何故だか瞳がじわりと熱くなってくる。
急に泣き出した私に、彼は戸惑っているようだった。
「あの、手を握ってくれないかしら」
そっと手を差し出すと、すぐに彼の両手に包まれる。あたたかで、とても心地がいい。
「……これでよろしいですか? お嬢様がお眠りになるまで、ここにおりますので。安心してお休みください」
ベッドの横にある椅子に腰掛けたリーベスは、そう言って微笑んでくれる。
「ありがとう。絶対よ? 眠るまでそこにいてね?」
「今日のお嬢様は、随分と甘えん坊ですね。――仰せのままに。ごゆっくりとお休みください。そうだ。絵本でもお読みしましょうか?」
冗談っぽくそう告げるリーベスに、私は安心して笑顔を返した。
先程までの悪夢が少しチラつくけれど、指先から伝わる温もりが、それを溶かしてくれる。
「……ううん。そこにいてくれるだけでいいわ。ありがとう、リーベス。帰ってきてくれて」
「メーラ様……?」
ゆっくりと瞳を閉じる。
私は二日ぶりに、穏やかな気持ちで眠りにつくことが出来たのだった。
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